しくじり症例から学ぶ総合診療
事例 電子カルテの操作に悪戦苦闘した事務スタッフのAさん
父からの医院を継承しスタッフも引き継がれた,医師1人,事務スタッフ3人,看護師1人の小規模な医院である。ほとんどのソロ診療でもそうであるように,筆者が院長兼事務長であった。継承前に電子カルテ,レセプトコンピューターが導入された。
事務スタッフの1人であるAさんは,先代の開院当初より勤務している70歳代の女性である。彼女は電子カルテ業者から電子カルテおよびレセプトコンピューターの使用方法を教わっていたが,操作方法にいまだ悪戦苦闘していた。再診患者の受付入力だけでも時間がかかっていたが,新患が来院した場合は,その入力にさらに時間を要し,診察時間よりも長い時間を費やしており,完全に診療の流れのボトルネックとなっていた。他の新人スタッフはすぐに使い方を覚えていたが,彼女だけは1年後も変わらなかった。
スタッフは大切であり,「早くしてほしい」とも強く言えなかった。それから1年以上状況が変わらず,スタッフ教育に失敗していることに気づいた。
しくじり事例の過程の考察
Aさんは先代の頃から長年お世話になっているベテランスタッフであり,患者のこともよく知っている。患者への接し方も良く,院長変更後も“ついてきてくれる”貴重な存在である。そのような方に気分を害するかもしれないことを言うのは自分の中で葛藤がある上,「歳はとっていてもパソコンは使えるようになるはず」と考えていた。「慣れるにも時間が必要」と考えていたことも対応が遅れた原因であった。直接,自分が電子カルテの使用方法を指導するのも筋違いであり,「同じ事務スタッフ同士で教え合うべきだ」と考えていたのもしくじりの原因となった。
スタッフに苦手分野を克服させることや,信念を変えさせることは困難と気づいた。この場合の信念とは「私はパソコンを使えない」という考えである。むしろ強みを活かし,信念を利用するほうがより効率的で,スタッフ自身もイキイキと仕事ができるようである。チームで成果を向上させる必要があり,それぞれの強みを活かし,弱みをカバーし合い,弱みがなくなることが理想的である。マネジメントの大家,P.F.ドラッカーも,「人々が組織で成果を上げるようにするのであれば,その人たちの弱みを強調するのではなく,強みを活かすべきである」1)と言っている。
スタッフの強みを見つけるために定期個人面談を実施することや,普段からのコミュニケーションと観察を行う必要がある。個人面談では,それぞれの自主的な目標設定をお願いしてもよいだろうし,どのような点で評価されたいかを尋ねてもよい。あるいは各自の「私はこうされたら困る。こうしてもらえれば助かる」という内容を聞き,それを他のスタッフにも共有すべきである2)。
初心者のスタッフには技術と知識を教える必要があり,最初はゆっくりでも構わないが質の基準は保ってもらう必要がある。患者の待ち時間は診療の質,特に患者満足度に影響を与える重要な要素であるため,この部分はできるだけ短くしたい。診察時間が長くなり待たせてしまうのは仕方ないとしても(それでも極力待たせないように努力するが),受付や会計の時間がボトルネックとなることは許容しがたいと考えている。初心者がある程度時間がかかるのは仕方がないが,許容範囲は超えさせるべきではない。この事例では明らかに許容範囲を超えていたので対策をとる必要があった。
スタッフを成長させる最も良い方法は,教師になってもらうことである。ある程度,技術と知識を習得したスタッフは教えることによりさらに成長する。今回は他の新しい事務スタッフがその役割を担うことになったのだが,年長者,経験年数の長さから積極的に指導しづらかったようである。
新規開業のような全員が初心者の場合は,手順などをともに構築していく必要がある。構築する過程において同時に作業マニュアルを作成することは,次回からの新人教育の際に非常に有用であるだけでなく,やむをえないスタッフの急な欠勤の場合などに,普段は領域外のスタッフがその業務をする際に役立つので必要である3)。
しかし,マニュアルだけでは良い医療を提供できない。さらに良いチームをつくり,チームで良い医療やサービスを提供するためには,組織の理念とともに一貫したシステムが必要である。このシステムの枠組みの中でスタッフに自由と責任を与えることが必要である。マニュアルはこのシステムの中でスタッフにより常に改善され,書き換えられていくものである。マニュアルで対処できないことが生じた場合,その都度,組織の理念や使命,ビジョン,行動指針あるいはクレドと呼ばれるものに従い対処し,必要であればマニュアルを更新する4)。
今回のケースでは理念や使命はまだ作成されていなかったが,それが大きな原因とは考えづらい。苦手を払拭しきれず,強みを活かせなくなっていることが原因であった。また,業者が作成した電子カルテ操作マニュアルは,実際に操作をするスタッフが作成したものではないために現場に即したものになっておらず,使用しづらかったことも原因のひとつであったと考えられた。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
まず,当院の理念と使命を作成した。そして,毎朝,朝礼で理念と使命の唱和をし,理念と使命のスタッフへの浸透をはかった。毎朝していると暗唱できるようになっても,なくなると寂しいもので,一度,「もう浸透しているのでやめましょうか?」とスタッフに聞いたが,始まりの合図としてやりたいということなので続けている。理念や使命を作成した後は戦略的目標と行動指針(何をして,何をしないか)も作成し,スタッフへの浸透をはかった。
さらにAさんと相談し,Aさん自身も電子カルテの使用に苦痛を感じており,操作したくないと考えているのがわかった。Aさんの強みを活かしてもらい,いきいきと仕事をしてもらうため,今後は電子カルテの操作はせず,受付業務に専念してもらう方針とした。電子カルテの操作は他のスタッフが常に担当することとし,同時にマニュアル作成のためのマニュアルをつくった。その後,電子カルテ操作マニュアルや受付業務マニュアルの作成も事務スタッフにお願いし,作成してもらった。
また,スタッフ満足度向上のために院内で「ほめほめカード」を導入した。「ほめほめカード」とは,スタッフ同士でその日に相手の良いと思ったことや感謝したことを書いて渡すものである。口に出して直接伝えるのが最も効果的であるが,それがお互いに気恥ずかしい人にも与えることができる良いツールだと考えている。当然,リーダー,マネジャーは毎日1枚以上書くべきである。このカードは『心のなかの幸福のバケツ』5)を参考にした。
個人面談は四半期に1回実施するようにし,個人の悩みや課題,目標や進捗状況を確認するようにした。
そのような工夫もあってか,現在のところ1人も離職することなく続けてくれており,クリニックの患者数も伸び続けている。
このしくじりは,就業上のミスマッチが基礎にあり,特に採用時によく見かけることです。仕事をする上でmindとskillは非常に重要な要素で,どちらが欠けても業務に支障をきたすことになります。共に働く仲間としての優先順位をつけておいて,譲れない線を明確化しておく必要があります。これは継承であったとしても,自分が採用してその人の人生に関わっていくという意気込みを示す必要があります。
筆者の施設では,クリニックの理念・方針に興味があって,最低限の指示に従ってくれる人であるか,求人への応募封筒を見るだけでわかるような工夫をしています。また,大企業の採用担当者で,年間千人単位の面接をしている人でも面接は難しいと言っています。筆者は面接だけで人を判断する自信もないため,適性検査,心理検査,遂行機能を評価する前頭葉機能検査,PCの入力試験も組み込んでいます。小さな組織ではスタッフの人間関係が非常に重要であり,院長を含めた面接官のみならず,所属するすべてのスタッフから一緒に働いても大丈夫と言われる人である必要があります。
この先生は,非常に頭が良く努力家で優秀,文献を頼りに今まで何でも自己解決できていた人だと推測します。「何のため,誰のために医療を行っているのか」という視点と,採用・労務を含めた経営に関することで苦労した経験や,他業種と交流があって日々工夫して仕事をしている仲間がいると,さらなる発展が期待できるでしょう。筆者の施設の事務長は一部上場企業の元海外支社長で,顧問にも企業経営者が複数おり,外部との交流を大切にしていて様々な業種の経営者の友人・知人も多数います。さらに,現在のお互いの経験と知識を共有するために,CMA(clinic management association)という,臨床と経営を学ぶ勉強会を主宰しています。徐々に参加者が増え,30人弱の仲間たちと年数回の勉強会とともにFacebookで閉鎖グループをつくって,オンライン上で相談をしたり,時にスカイプ会議をしています。
人員に関しては,パートのスタッフを1名追加で採用しておくことをお勧めします。ギリギリの人員ではスタッフが有給休暇を取得することが難しくなりますし,家族行事や体調不良などで欠勤者が出たときにはクリニック運営に困ることになります。
「ほめほめカード」の運用に関しては,院長が毎日1枚以上書く決心と継続が最低条件になります。当院でも試みたことがあり,書いた枚数によって「お小遣い」が出るというニンジン作戦を決行しましたが,院長である自分が書かないこともあってカードが記入されることはあまりなく,そもそも書くのは面倒な作業ということもあって長続きしませんでした。書くことが難しくても,話をするだけだったら負担が少ないし,続きやすいのではと考えて取り入れたのがgood&newです。good&newを実施して感じた効果は,まず,スピーチで同僚への感謝の言葉を述べる習慣がついたこともあり,互いに褒め合ったり助け合う風土が醸成されてきました。新入職員に対しては,事前にアドバイスをして先輩に助けてもらったエピソードを積極的に発表してもらうようにしていますが,この感謝の言葉も先輩スタッフたちには響くようです。実際にやってみると上手くいかないところもあり,現在は1人40秒の時間制限と1日3人の当番表をつくって運用しています。
good&newとCMAについて
good&newは,米国の組織活動研究者Peter Klein氏の組織活性化の手法です。参加者が円陣を組み,最近あった良かったこと,新しく知ったことなどを簡単に話すというものです。「クッシュボール」というボールを渡された人が順次発表していきます。内容は何でもよいのですが,「同僚の良い働きぶりや,助けてもらったことなどがあればこの場を利用して伝えて下さい」とお願いしています。good&newの話を聞くことで,職員は同僚の新たな一面を知り,親近感を抱きます。話をする職員も,経験談を話すことで「共感してもらった」という喜びを感じることが可能です。クッシュボールは場を和ませる演出で,ボールを持つことで肩の力が抜ける・視覚刺激で元気になるメリットもあるといわれています。また,職員が物事を前向きにとらえる訓練にもなります。物事には二面性があり,一見うれしくないことでも,見方を変えればポジティブにとらえられるかもしれない,「良かったこと」を意識的に話してもらうことでそうした考え方が身につくようになります。
CMAは2015年に結成し,翌年に活動を開始しました。勉強会の内容は主に,①検査機器のそろわないクリニックでの診療に役立つ臨床レクチャー,②クリニック経営,③ひとりの人間として自己成長するためのワークショップの3点です。クリニックを経営していても,経営していなくても役に立つ内容で,初回は10名弱でしたが,回を重ねるごとに参加者が増えてきています。開催は主に浜松駅前で,日曜日に行っています。詳細はホームページをご参照下さるか,「クリニックマネジメント協会」で検索して下さい。
https://cma.jp.net/
文献
- P.F.ドラッカー:非営利組織の経営―原理と実践.上田惇生,他訳.ダイヤモンド社,1991,p186.
- マーカス・バッキンガム:最高のリーダー,マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと.加賀山卓朗,訳.日本経済新聞社,2006,p95-128.
- マイケル・E.ガーバー:はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術.原田喜浩,訳.世界文化社,2003,p197-209.
- ジム・コリンズ:ビジョナリー・カンパニー2―飛躍の法則.山岡洋一,訳.日経BP社,2012,p192-229.
- ドナルド・O・クリフトン,他:心のなかの幸福のバケツ.高遠裕子,訳.日本経済新聞社,2005.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社