しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Cさん,60歳代,男性
筆者は,認知症,慢性心不全の80歳代,女性の訪問診療を開始した。60歳代の息子(Cさん)と20歳代の孫(男性)の3人暮らしであった。孫は自閉症があり,平日は自立支援の施設で就労していた。Cさんは60歳で定年退職後は経済的に裕福とは言えず,警備のアルバイトを平日週4日行っていた。夜は母の介護と息子との時間,家事をするなど忙しく生活していた。母は週4回の日中にデイサービスを利用し,月に1回2泊3日でショートステイを利用していた。
訪問開始後,数回訪問したところで,筆者はCさんの嗄声に気がついた。Cさんより「風邪をひいてしまってから声枯れが改善しない」と聞いていた。10歳代の頃から1日当たり40本以上を吸うヘビースモーカーであったこともあり,症状が長引く可能性や症状改善が乏しい場合は受診を勧めた。その後はチームで訪問診療を行っていることもあり,1~2カ月に1回程度の訪問は行っていたが,しだいにCさんの嗄声は症状の有無とは別に気にならなくなってしまっていた。
訪問開始から10カ月程度が過ぎた頃,Cさんより「最近,食事をとるとなんとなく詰まった感じがたまにある」との訴えがあった。その際,筆者は以前の嗄声について思い出し確認したところ,「症状は持続していたが介護が忙しく,できるだけ息子との時間もとりたいと考えていたため受診することができなかった。そのうち家族に指摘されることもなくなり,あまり気にしていなかった」とのことであった。
筆者は精査の必要性を感じたため,すぐに紹介状を作成し近医を受診してもらったところ,胃内視鏡検査にて食道部に腫瘤を確認し,総合病院での検査の結果,食道がんstageⅢの診断となり,術前の化学療法を施行し,その後,手術の方針となった。諸検査から治療にかけて入院が必要であったため,Cさんの母は長期のショートステイを利用,息子は親戚の家で生活するという事態になってしまった。
家族の異変に気づき受診を勧めたが,その後のフォローを怠ってしまったため,結果的に精査や治療のための入院が必要となり,患者,家族が生活の場を一時的に変更することとなってしまった。また,今後の介護体制にも影響が出るような事態となってしまい「しくじり」を自覚した。
しくじり診療の過程の考察
訪問診療でCさんの嗄声に気づいた。Cさんの「風邪をひいてその後から改善が乏しい」という言葉や年齢,ヘビースモーカーであることからも悪性腫瘍の検索は必要であったと思われるが,Cさんの主治医ではないこともあり,受診をお勧めする程度になってしまった。また,カルテのプロブレムにその旨を残しておらず,その後はチームで訪問診療を行っていたこともあり,Cさんの病状のフォローを行わないまま経過してしまったことや,ヘルパーや訪問看護といった多職種との連携においても,Cさんの病状の共有を行っていなかったことが「しくじり」につながったと考える。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
訪問診療で患者と関わっていく場合,患者の過去から未来につながる物語に名誉ある登場人物として関わっていることを意識しなければならない。病気は患者のすべてではなく,患者の長い物語のごく一部であり,病気以外の多くのコンテクストが目の前の患者をつくり上げている。その大きなコンテクストのひとつが家族である。
在宅医療における家族の役割として,①介護者としての役割,②病状の変化時に対応する医療者としての役割,③本人の代理としての役割,④家族そのものとしての役割1)と述べられており,訪問診療における家族の役割は本来の「家族」という役割だけでなく,多岐にわたり非常に重要な役割を担っている。そのため,訪問診療において「家族の状態」を常に意識することは,訪問診療の継続において非常に重要なポイントである。
今回の症例では患者家族の健康状態の変化に気づいていたが,「家族の主治医」という意識が低かったためにしくじりが生じてしまった。また,グループ診療の場合は,家族の状態について経時的な変化を共有するのが難しいことを実感させられた。そのため,グループ内のカンファレンスでの共有はもちろんだが,カルテには必ず「家族の介護負担」や「家族の健康状態」といったプロブレムを設けることを徹底するようにしているとともに,多職種との連携においても,このような情報を細かく共有することを強く意識している。
今回の症例でもこのような項目を設けておけば,個人としてもグループとしてもC さんの病状変化に注意することができたのではないかと考えている。
症例の先生の立場になると,「しくじった」と感じてしまうことにとても共感します。一方で,診療について責任ある立場ではないCさんと何気なくかわした「風邪をひいてしまってから声枯れが改善しない」といった会話から慎重なフォローアップに結びつけることの難しさもありますし,仮に10カ月より前の段階で受診に結びつけられたとしても,Cさんの母は長期のショートステイ,息子は親戚の家での生活へ移行せざるをえなかった可能性も十分あります。むしろ,Cさんの症状に対して責任を持って情報提供書を作成し受診に結びつけ,その後のご家族の安全な生活に結びつけたことが素晴らしい,とも言えます。このように視点を変えるとポジティブにとらえられる症例でもありますので,「しくじった」と感じた症例では,同僚とSEA(Significant Event Analysis)などの枠組2)で振り返りをすることをお勧めしたいと思います。
「こうすればよかった」の項にあるように,在宅医療において家族,特に主介護者の状態を評価し気を配ることは,患者のケアの方針を大きく左右するため非常に重要です。患者やその家族のファミリーライフサイクルを把握しておくこと,家族図を作成しておくことで3),患者家族に発生しそうな課題を感度高く見逃さずに拾いあげることができるかもしれません。
カルテへの記載やグループ内のカンファレンスにより,自身の診療施設のスタッフとの情報共有は漏れなく行うことができると思いますが,診療施設外の多職種との情報共有は意外に難しいものです。最近は,他施設・多職種での情報共有を安全・迅速に行える情報通信技術を使ったシステムを利用できます。筆者の勤務する地域では,帝人ファーマ社が提供する「バイタルリンクⓇ」というシステム4)を利用しており,患者の病状のみならず,家族に関する情報についても共有しています。患者宅に置く申し送りノートなどの従来の方法と比べて,簡便で迅速,SNSやEメールとは異なり個人情報の保護の視点からも安全であり,有用性を実感しています。
文献
- 在宅医療テキスト編集委員会:在宅医療テキスト.
[http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/docs/text/text.pdf] - 大西弘高, 他: 総説Significant Event Analysis 医師のプロフェッショナリズム教育の一手法. 家庭医療, 2008;14(1):4-12.
- 松下 明, 監訳: 家族志向のプライマリ・ケア. 丸善出版, 2012, p26-39.
- 帝人ファーマ: バイタルリンク医療・介護多職種連携情報共有システム.
[https://medical.teijin-pharma.co.jp/zaitaku/product/vitallink/]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社