しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Aさん,60歳代,男性
筆者が100床の小規模病院で,一般内科医として後期研修をしていたときの出来事である。ある平日の夕方に,60歳代前半の男性が畑仕事中に蜂に刺され,呼吸困難が出現したため当院に救急搬送された。それがAさんであった。
来院時,意識は清明であったが,血圧:86/56mmHg,脈拍:108/分,酸素飽和度は室内気で80%後半と低値であった。診察では体幹部全体に膨疹を認め,両側前胸部~側胸部に広くwheezeを聴取した。蜂刺症によるアナフィラキシーショックと診断し,直ちにアドレナリン0.3mgを筋肉注射,補液を開始した。治療開始後バイタルは速やかに改善し,wheezeも消失した。体幹部の膨疹は淡くなったものの残存しており,重症のアナフィラキシーであったため補液を継続しつつ,ステロイド投与も開始し経過観察目的で1泊入院の方針とした。
Aさんは高血圧で,自宅近くの診療所がかかりつけであったが,それ以外に大きな既往歴や問題となるようなアレルギー歴はなかった。これまでも蜂に刺されたことはあるが,このような症状は初めてであった。Aさんと遅れて自家用車で到着した妻に,「蜂に刺されたことでアナフィラキシーという重症のアレルギーが起きた。治療によってなんとか持ち直したが,経過観察のため本日は入院となる。経過が良ければ翌朝退院になる」と説明した。
幸い,入院後も症状の再燃はみられず,翌朝には皮疹もすっかり消失したため退院可能と判断した。今後も畑仕事は続けるため,エピペンの携帯が必須と考えられた。当院では土地柄,蜂刺症によるアナフィラキシーの患者が数多く来院・搬送されるが,エピペンの処方医登録をしている医師がおらず,当院ではエピペンを処方できないため,後方病院の皮膚科に紹介することになっており,今回もそのように対応した。
退院前にベッドサイドでAさんに,「アナフィラキシーは時として命に関わる恐ろしいアレルギー反応である。今回も搬送時はショックという重篤な状態であった。今後同じ症状が起こったときのためにエピペンが必要である」と説明した。Aさんは「わかりました」と頷きながら説明を聞いており,理解は良好であるように見えた。後方病院の皮膚科宛の紹介状を手渡し,退院後できるだけ早く受診するようにお願いしてAさんを見送った。
当院と後方病院は電子カルテシステムが共有されており,受診した場合には必ず記録が残るようになっている。しかし,退院1週間後に,何気なくAさんのカルテを見てみると,まだ皮膚科を受診した様子がない。気になってAさんの自宅に電話してみると,「急いで受診しろなんて言われましたっけ?今回は大変だったけど良くなったので,気が向いたら行こうかなと思っていました」と言われてしまった。これまでと変わらず畑仕事も続けているようであった。
筆者自身は退院時にしっかりと説明し,Aさんは速やかにエピペンの処方を受ける必要性を理解していると思っていたので,Aさんの発言にショックを受けた。Aさんに強い口調で「次回,蜂に刺されたら死ぬかもしれませんよ! とにかく僕が渡した紹介状を持ってすぐに皮膚科に行って下さい!」と念押しして電話を切った。電話を切ったあと,「Aさんがまた蜂に刺されて搬送されて来たらどうしよう,そうなったときにはうまく説明できなかった自分にも責任があるのではないか」と強い不安に襲われた。
しくじり診療の過程の考察
本症例では,自分が伝えたと思っていた「病態の重症度,緊急性,それに対する治療手段携帯の必要性」が患者にうまく伝わっていなかった。多くの医師が,「わかりました」と言いながら「わかっていなかった」患者を経験したことがあるのではないだろうか。このような患者を理解するために,ここではヘルス・リテラシーという概念を紹介したい。
ヘルス・リテラシーとは健康や医療に関する情報を入手し,理解し,活用する力である1)。この中には必要なときに適切な受診行動をとること,医療者からの病状説明を正しく理解すること,内服アドヒアランスを遵守することなどが含まれる。ヘルスケアの領域では,ヘルス・リテラシーが不十分であることは患者にとってリスクであるととらえられている2)。すなわち,ヘルス・リテラシーは患者の意思決定や処方薬のアドヒアランス,慢性疾患の自己管理の状況を通して,患者の健康アウトカムに影響すると考えられている1)。実際に2型糖尿病の患者を対象とした研究で,血糖コントロールや合併症の発生率と,ヘルス・リテラシーが関連しているという結果も報告されている3)。
本症例では,退院後にAさんをフォローする機会はなかったため断言できないが,Aさんのヘルス・リテラシーが不十分であった可能性がある。Aさんの理解度に注意をはらいながら,もっとていねいに説明すべきであったと反省している。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
①本当に患者が理解できているのかどうか疑ってみる
日本で20~64歳の男女を対象に行われた調査では,ヘルス・リテラシーになんらかの「問題がある」人の割合は85.4%とヨーロッパ(47.6%)と比べて高かった4)。ヘルス・リテラシーが不十分な患者を見わける方法として,高齢,無職,低所得といったリスクファクターの存在や,予診票の記入ミスが多いなどの特徴が挙げられているが,見た目で判断することは難しく,また,理解が不十分であることを患者自ら伝えてくることは期待できない5)。
本症例でも,患者はこれまでに認知機能低下や難聴を疑うような病歴はなく,わかったように頷きながら説明を聞いていたため,病状説明への理解が不十分であることは想起できなかった。まずはヘルス・リテラシーが不十分な患者が多いという事実を認識し,目の前の患者が本当に説明を理解しているのか疑ってみることが重要である。
患者の理解度を把握するためにteach-back法というテクニックがある。これは医療者から受けた説明を,患者の口から患者自身の言葉で再度説明してもらい,うまくいかない場合にはもう一度別の方法で説明するという方法であり,患者がどのレベルまで理解できているのか推し量ることができる。
②情報の伝え方を見直す(表1)5)
ヘルス・リテラシーが不十分であると考えられる人へのコミュニケーションについては,米国医師会によるヘルス・リテラシーに関するマニュアルが参考になる5)。ゆっくりと平易な表現でコミュニケーションをとることが基本である。特に医学用語は患者に伝わりづらいため,なるべく日常会話の表現に置き換えて説明する必要がある6)。本症例で用いたショック,アナフィラキシーなどの医学用語は患者に伝わりづらかったであろうし,補足説明にもっと時間をかけるべきであった。また,簡単なキーワードや図を紙に書いて説明することも有用であり,その場でメモして渡すだけでも伝わり方は改善する。
③家族という資源を最大限に活用する
病状説明の際に患者の家族に同席してもらうことも有用である。診察に同伴した家族は患者の心配事を代弁したり,医療者の説明を覚えておく手助けをしたり,患者の意思決定を支援することがわかっている7)。特に家族の中でもヘルス・リテラシーの高い人を巻き込むことで,「そんなこと聞いていない」と言われるリスクを減らすことができると考える。
本症例でも退院時に妻にも同席してもらい,同様の説明を行っていれば,皮膚科受診が漏れることはなかったかもしれない。
どの方法も言われてみれば当然であるが,何気ない日常診療の中で忘れてしまいがちなことでもある。繰り返し実践することで,習慣化させることを心がけたい。
患者の「聞いてない」の一言は,医療者に与える心理的ダメージが大きいですが,このような状況の多くは相互の言葉の意味・内容が共有されていない,コミュニケーションエラーによるものと考えています。そこで,そのエラーが生じないように,次の2点を意識しています。「言葉の解釈が違う可能性を意識する」と,「自己動機づけに着目し,行動を具体化して提示する」ということです。
まず「言葉の解釈」です。この事例であれば非言語コミュニケーションの「頷き」を「理解している『だろう』」と解釈していますが,「私はあなたの話を聞いています」という程度の意味「かもしれない」と考えるように努めています。この際,teach-back法は効果がありますが,繰り返し求めると,尋問のように受け取られ,医師―患者関係の悪化につながる可能性がある8)ため,「聞き返し」9)(動機づけ面接法の基本的スキル)を多く使い,言葉の意味の共有化を図ります。
次に,人が「行動を起こす/変える」ためには,外的報酬のある「外発的動機づけ」ではなく,「内発的動機づけ」,つまり「自己動機づけ」が重要になります。これは生活習慣病診療において,医療者の指示や論理的説得で行動が変わりにくいことからもわかると思います。今回の事例では「明日にでも蜂に刺されて瀕死の状態になりかねず,そういう事態は絶対に避けたい」という内発的動機が生じることで,「可及的速やかにエピペンの処方を受ける」という行動につながる,ということです。E-P-E(Elicit-Provide-Elicit)9)と言われる情報提供方法で,内容の相互擦り合わせをすると誤解が生じにくくなります。患者自身が理解したことを自分の言葉で引き出し(Elicit),その内容の可否,過不足に対し,情報を提供し(Provide),再度,患者自身が言葉にする(Elicit)ことで内的動機を高めていきます。
そして,起こすべき行動を具体化して会話を交わします。この事例では「処方を受ける」ことを同意していましたが,「いつ」行くべきかを共有できていませんでした。「できるだけ早く」という言葉が,医療者にとっては「明日にでも」のつもりであったとしても,患者は「自分の都合がつく範囲でできるだけ早く」という解釈だったように思います。「行って下さい」と行動のみを指示するのではなく,「いつ,行きましょう」のように,患者自身の「できるだけ早く」の解釈を確認する質問をします。「農作業が減る再来月くらい」という言葉が返ってくれば,「できるだけ早く」の解釈が共有できていないことが明瞭化され,エラーに対処することができます。
また,ヘルス・リテラシーの視点から「患者側が変わる」必要性を考察されていますが,上記のようなことを意識した対応であれば,患者のリテラシーに影響されることなく,「聞いていない」と言われる状況をつくらずにすむと考えます。
文献
- 中山和弘: ヘルスリテラシーとは. ヘルスリテラシー―健康教育の新しいキーワード. 福田 洋, 他編. 大修館書店, 2016, p1-22.
- Kickbusch IS:Health Promot Int. 2001;16(3):289-97.
- Schillinger D, et al:JAMA. 2002;288(4):475-82.
- Nakayama K, et al:BMC Public Health. 2015;15:505.
- Barry DW, ed:Health literacy and patient safety:Help patients understand. Manual for clinicians. 2nd ed. American Medical Association Foundation, 2007, p16-34.
- 国立国語研究所「病院の言葉」委員会「: 病院の言葉」を分かりやすくする提案.(2018年3月2日閲覧)
- 松下 明, 監訳: 家族志向のプライマリ・ケア. 丸善出版, 2012, p51-66.
- 斎藤清二: 初めての医療面接 コミュニケーションの技法とその学び方. 医学書院, 2000, p6-13.
- 北田雅子, 他編: 動機づけ面接法 逆引き学習帳. 医歯薬出版, 2016, p33-8, 79-84.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社