しくじり症例から学ぶ総合診療
事例 「学ぶべきことがわからない」と訴える初期研修医
当時,筆者が勤務していた山間部の診療所には,車で20~30分ほど離れた地域の総合病院,あるいは県内の大学病院などから,ほぼ毎月1~2名程度の初期研修医が1カ月の地域医療研修を受けに来ていた。
筆者が勤務を開始する以前より,当診療所では,すべての研修生に事前にアンケートを送付し,回答を得た上で研修を始めてもらっていた。アンケートでは,①地域医療についてこれまでどんな経験をしてきたか,②研修における目標は何か,の2点について自由記述形式で回答を求めていた。多くの研修生は『地域で生活する患者・家族と,彼らを支える地域の有形・無形の様々な資源について,患者や家族,他職種との対話や地域の光景から学んでもらう』という方針のもと,それぞれに学びを得て,元の研修施設に帰っていった。
あるとき,研修期間の半分を経過した研修医から,「自分が何を学んだらよいのかわからない」という訴えがあった。詳しく聞いたところ,「現在の研修の方法で,自分の立てた目標に近づいているかわからない」「指示されたことをこなしているだけのように思えて,学ぶべきことがわからなくなってきた」と感じていることがわかった。
面談してみると,当該研修医が実は,こちらが学んでほしいと思っていること(患者中心のケア,診療の場の多様性,連携重視のマネジメントなど)を既にいくつか学んでいることを明らかにした。また,研修目標について再確認したところ,事前に提示していた目標が非常に漠然としたものであり,再構成が必要なことに気づいた。そこで,面談の中で認知(知識)領域,情意(態度)領域,精神運動(技術)領域の3つの個別目標/教育目標分類(タキソノミー)によって研修目標を再構成し,目標達成のために,今後何をどう行うかを決定した1)。
目標設定においては,表12)のような動詞を使うことを意識しつつ,残された期間を勘案し,地域研修において学ぶべきとされていることのうち,こちらが学んでほしいと考えていること,研修医が学びたいことを擦り合わせて決定した。できあがった目標をもとにして,日々の研修終了後に(毎日ではなかったが),「できたこと」「できなかったこと」「抱いた感情」「課題」のフォーマットを用いて振り返りを行った。これは以前,筆者が初期研修医のときに地域研修でお世話になったY診療所で実際に行っていた方法をそのまま踏襲した。
フィードバックとしては,特に実際の行為や考え方そのものを対象として,継続してほしい点,改善できる点を重視して伝えることとし,その際にはいきなり回答を伝えるのではなく,考え方の背景を探るため,質問することを重視した。結果として,当該研修医は「やるべきことがわかって,成長していることを実感でき,今回の研修は今後に活きると思う」と,自己効力感を得て研修を終え,研修病院へ戻っていった。
しくじり事例の過程の考察
それまで,「何を学べばよいかわからない」と表明した研修医がいなかったこと,当該研修医がそれまでの他の研修医と比べても医学的な知識や診療技術に秀でてバランス感覚も持っており,いわゆる“優秀な”研修医であるととらえていたことから,他の研修医の不全感に気づくことができなかった。研修開始前の目標が非常にあいまいであることには気づいていたが,こちらが用意した環境に対して,一見そつなく対応している研修医を見て,「これだけ優秀であれば,きっと自分で気づいて解決していくだろう」と学習の進展度に注意をはらうことができていなかった。
不思議の国のアリスでは,アリスがネコに「私はどの道を行けばいいの?」と尋ね,「それは,君がどこに行きたいかによるよね」と答えられて困ってしまうシーンがある。今回の学習者も(おそらく今まで学習してきたものとは)毛色が違う分野の学習を始める中で,当初から進むべき道,行きたい場所がわからず(わかっていないことに気づかず),そのために指導側も効果的なフィードバックを与えることができないでいた。本事例では,途中で研修医自身の吐露があり,何とかしくじりを挽回するチャンスを得ることができた。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
研修医の目標設定をできるだけ早期に一緒に考えることとした。その際には,今までの地域医療の経験や知識を掘り出しながら,研修医の到達希望レベルとの差と研修期間を考慮して,適切なレベルの目標(個別目標)を設定することを意識している。
振り返りについても,現在は業務の都合上毎日は行えないが,最低でも週に2回以上は「できたこと」「できなかったこと」「感情」「課題」のフォーマットを用いた振り返りを実施して,学習の進捗状況を把握するようにしている。それ以外にも,研修生との日々のやりとりの中で,ポジティブフィードバックとネガティブフィードバック3)を意識して行うことで,カーナビゲーションシステムのように現在地を把握し,目標に到達する手助けとなるようにしている。フィードバックの際には,情報量が多すぎないように,質問をするように心がけており,ほとんどの場合で,five micro skills(表2)という手法に則って行っているが,診療の合間の短時間でも行うことができ3),非常に有用だと感じている。
本事例は医学教育現場にてありふれたしくじりであり,筆者自身も含め,悩んだ経験がある人は多いのではないでしょうか。事例の学びとして,「省察の構造化と目標の再設定」が焦点となっていますが,追加で素晴らしかったポイントとして,研修医に対しての「悩みの打ち明け→面談」という流れを構築できた点を挙げたいと思います。これはある種のメンターシップ(およびそのメンタリング的行動)が機能したと考えます。
メンタリングは,メンター(指導者側)とメンティ(学習者側)との間の人間関係で形成される,キャリア発達を援助する様々な活動を指します。現在のビジネスや医療業界は複雑多様化をきわめており,それに対応するために「古き良き先輩的役割・成長へ向けた栄養補給的行動」である「メンタリング」は,スタッフ教育/支援において国レベルで導入を推奨されています。メンターには,通常の医学の知識や技術の伝達者(teacher)的役割だけでなく,現場で悩むメンティに「伴走」するための態度や,その技術を持つ者(mentor/coach)としての役割(表3)4)~9)が求められます。この関係性が構築され機能することで,今回の事例のようなケースでも適切に修正の機会が得られ,より効率的に教育が展開されるでしょう。
文献
- David E. Kern,他:4章Step3一般目標と個別目標.医学教育プログラム開発―6段階アプローチによる学習と評価の一体化.小泉俊三,監訳.篠原出版新社,2003,p34-46.
- 大西弘高: 新医学教育学入門―教育目標分類(タキソノミー)とは.
[http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2544dir/n2544_04.htm] - Neher JO, et al:J Am Board Fam Pract. 1992;5(4):419-24.
- KE Kram:Mentoring at Work Developmental Relationships in Organizational Life. University Press of America, 1988.
- メンター研究会編:増補版メンタリング・ハンドブック~導入から実践~.日本生産性本部生産性労働情報センター,2014.
- 福島正伸:メンタリング・マネジメント―共感と信頼の人材育成術.ダイヤモンド社,2005.
- 渡辺三枝子,他:メンタリング入門.日本経済新聞社.2006.
- ブライアン・トレーシー,他:メンターのチカラ[自己啓発編]日米の超一流実業家・メンターが教えてくれる人生の勝ち方.ミラクルマインド出版,2012.
- 奥田弘美,他:メディカルサポートコーチング―医療スタッフのコミュニケーション力+セルフケア力+マネジメント力を伸ばす.中央法規出版,2012.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社