しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Aさん,58歳,男性
3年ほど前から職場の健康診断で「血圧が高めである」と指摘されていた。今年も健康診断で血圧が高いことを指摘されたため,仕方なく当院を受診した。健康診断では1回目の測定で150/80mmHg,2回目の測定では142/82mmHgであった。診察室での測定では血圧が130/80mmHgであった。
Aさんは喫煙や飲酒はなく,既往歴や家族歴にも問題を認めず,二次性高血圧を積極的に疑う所見は聞かれなかった。以上より,本態性の高血圧を疑って診療を開始することとした。
血圧にばらつきがあることから正確な診断が必要と考えたため毎日自宅で血圧を測定するよう指示し,1カ月後に再受診の約束をした。1カ月後,再受診したAさんに確認を行ったが血圧測定をほとんど行っておらず,家庭血圧の評価ができなかった。本人に理由を聞くと「仕事が忙しく測定する時間がなかった」「いつどのように測定したらよいかもよくわからなかった」ということだった。高血圧と診断を下してよいのか判断がつかず,改めて自宅での血圧測定を指示し,次回の受診調整を行うことになった。
「自宅で血圧を測定するように」という,ごく簡単な説明のみを行っただけで,いつ頃,どのように測定を行えばよいのかなど,ていねいで具体的な説明を行うという意識が抜けていた。さらに,働き世代であり,自分の健康に気をつかう余裕がないことが予想されるなど,患者の背景や現在の感情をイメージして診療を行うことへの意識が不足しており,しくじりを自覚した。
しくじり診療の過程の考察
日々の忙しい外来診療の中では,ていねいで具体的な説明を行うことがどうしてもおろそかになる傾向があった。しかも,高齢者ではないある程度若い年代の患者であれば,「血圧を測定して記録を残すという作業くらいなら自主的に行ってくれるだろう」というおごりがあった。さらに,Aさんは何年も前から血圧の指摘を受けていたにもかかわらず,今年まで受診しなかったことなどから,健康への意識があまり高くない可能性があるはずであった。初診の時点でこれらの事柄をイメージして診療に取り組むことができなかったことも「しくじり」につながったと考えられる。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
高血圧をはじめ,生活習慣病を疑われて受診をした患者の初回受診時には,いつも以上にていねいで具体的な説明を行うことが必要と考えるようになった。具体的には,①高血圧という病態の説明と,脳や心臓の病気の原因になりうること,②結果的に患者の将来にどのような影響を及ぼす可能性があるのか,ということである。そのためにも,高血圧を正確に診断し適切な治療を行うことの必要性を説明するようにしている。家庭血圧の測定方法についても,「できれば朝の排尿後,2回測定して平均をとること」など具体的な説明を心がけるようになった。
測定記録を残すためには,製薬会社の試供品ではあるが血圧手帳を患者に渡して日々の測定記録を残してもらうよう指導している。血圧手帳には前述したような高血圧診療についての概要なども記載されているため,患者が持ち帰って見直す資料としても有効だと考えている。
ただし,どんなに時間をかけて説明をしたとしても,実際に患者が自宅での血圧測定を行わなければ意味がない。生活習慣病が問題になりやすい年代はいわゆる働き世代であり,日常生活を送ることに精一杯で余裕を持って自分の健康問題に向き合う時間を確保しにくい世代であると言える。人生の「ライフサイクル」の中で患者自身が今現在どのような状況にあり,そのため今回の高血圧の問題をどのようにとらえているのかを把握することがとても重要であると考える。心配して受診に至るというより,むしろ状況を甘く見ており,あまり大きな問題だと考えていない患者が致し方なく受診しているケースが多いと感じている。場合によっては,家庭血圧の測定方法や測定頻度など,患者ごとにアレンジが必要になるかもしれないし,そうしてもよいという柔軟な姿勢で診療に臨むようにしている。
このしくじりは,恐らくほとんどの先生方が体験されているのではないでしょうか。「高血圧治療ガイドライン2014(JSH2014)」では,家庭血圧の重要性が強調され,診断にも治療にもしっかり活用するようにと明記されています。しかし,この症例のように患者に血圧手帳を渡して記録をお願いしても,なかなか埋めてもらえないことがよくあります。ポイントは,なぜ血圧を測るのか(脳卒中,心筋梗塞の予防,もし起こしたら自分だけでなく家族にも大変な影響が及ぶこと),どうやって測るのか(上腕カフの巻き方,姿勢,測定回数は3回まで),記録の仕方(収縮期・拡張期血圧と脈拍も記録,測定した値はすべて記録)を繰り返し説明することです。そして,きちんと記録できた患者には,「頑張りましたね。やればできるじゃないですか!」とまずほめ讃えた上で,降圧目標を達成しているかのチェック,脈の異常などがないか(心房細動にも気づくきっかけになります),著しい変動がないか(日間変動は脳卒中や認知機能低下リスクにつながります)を確認してみましょう。
測るタイミングですが,筆者は「朝食前」をお勧めしています。寒い時期に「起床時」と説明すると,布団から飛び起きて,寒い部屋の中ですぐに血圧を測ってしまうのでかなり高めに上振れします。朝食は起きて1時間以内にとる患者が多く,排尿後,服薬前,坐位で測ることになりますので,ほぼガイドライン通りで安定した家庭血圧測定となります。「できれば2回測って下さい,同じように寝る前もお願いしますね」と言っておけば,ほとんどの患者がきちんと記録して下さいます。あとは「せっかく測った値は,すべて記録しておいて下さいね。嘘の血圧というのはないのですよ」と伝え,「具合が悪いときは,そのときの状態と時間を血圧手帳に書いて,血圧も測って記録しておきましょう」という指導も行っておくと,外来と外来の間に患者に起こったことと,その際に血圧が関係しているかを一目で理解できます。前述した血圧変動性も,見開きで手帳を眺め,収縮期血圧で最も高い値と低い値の差が30mmHg以上あれば,変動が大きいほうだと考えます。
寝る前の血圧については,生活習慣も確認しておきましょう。お酒は何をどの程度飲んでいるのか,入浴後どのぐらいの時間で測定しているのか,などを確認しながら血圧値との関係をみていくと,入浴や飲酒といった血圧が下がる状態で,どの程度の血圧値を示すのか(反射性頻脈などが起きていないか)をチェックすることができます。
血圧手帳は患者との交換日記です。存分に活用して,患者のハートをがっちり摑みましょう。症例の先生は,今ではAさんのかかりつけ医として信頼を得ていることと思います。
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社