しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Dさん,95歳,女性
もともと認知症,高血圧,骨粗鬆症,乾皮症などで,いくつかの医療機関に通院していた。しかし,認知症や廃用症候群の進行によって通院困難となり当院による訪問診療を開始。上記の健康問題に対し一括して筆者が対応することとなった。
初回訪問診療時,患者自身の体調は大きな問題はなかったが,各医療機関より計12種類の薬剤が処方され,また処方期間が医療機関によってバラバラな状態であった。しかし,他の患者への訪問診療がその後に控えており時間の制約があったため,同居している娘に「残薬のあるもの,ないもの」の処方薬剤名のみを教えてもらい,残薬のない薬剤のみ次回訪問診療時までに間に合うよう処方し,初回評価目的にて採血検査を実施し終了となった。
初回訪問の数日後,同居する娘より診療所に「定期で飲んでいたビオスリーⓇがなくなったので処方してほしい。前回の採血結果でコレステロールが改善しているならリピトールⓇを中止したい」との連絡があった。連絡があった際,筆者は訪問診療で移動中であったが,その場で電子カルテを開いて採血結果を確認し,コレステロール値は改善していたため「内服しなくてよい」と判断した。そして,電話で娘に対しリピトールⓇを中止してよいことをお伝えし,ならびにビオスリーⓇの追加処方を行った。また,忘れないよう簡単に電子カルテに上記について記載を行った。
後日2回目の訪問診療時,Dさんは体調に大きな変化がなかったため定期処方を行った。その際,薬剤量も多いことから「飲み薬はいつもの通り28日分処方でよいですね,外用薬などで残っているものはありますか?」と,確認し処方を行った。
しかし数日後,「先日足りなくて出されなかったビオスリーⓇが入っていない,リピトールⓇはいらないと言っていたのに処方されている。先生の診療所,大丈夫なんですか?」と電話にてクレームがあった。
ポリファーマシーであり,処方ミスをなくそうと自覚しカルテを確認していたものの,日数のみ確認し処方薬を1つひとつ確認しないまま,カルテの処方入力を前回の診察時のもののまま「do」としてしまったと気づいた。本来,追加処方すべきであった薬剤が不足したままで,かつ必要のない処方は入ったままという,詰めの甘さに「しくじり」を自覚した。
しくじり診療の過程の考察
ポリファーマシーであることは自覚し診療時に確認していたものの,訪問診療が立て込んでいたこともあり細かい残数を確認していなかった。また,電子カルテの処方を薬剤が多かったこともあり「飲み薬はいつもの通り28日処方で」と,薬剤名を“確認したつもり”のまま処方してしまった。
また,さらに今回の件を「m-SHELモデル」(図1)1)で客観的に分析した。まず,処方した自分自身だけで処方ミスを防ごうとしたが,電話のみで処方追加・変更するという手順に関わる要素(S),電子カルテへの記載というアナログではない記録(H),訪問診療という状況や診療が立て込んでいたという要素(E),訪問診療にて患者とのやりとりを1人で担っていたという要素(L)などの,自分自身のみならず周囲を取り巻く様々な要素が重なっていることに気づいていなかったことが,今回のしくじりにつながったと思われる。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
リスク管理に関する概念のひとつに,「スイスチーズモデル」(図2)がある。これは穴の空き方が異なる薄切りにしたスイスチーズを何枚も重ねると,貫通する可能性は低くなるということから名づけられたもので,リスク管理においても,視点の異なる防護策を何重にも組み合わせることで,事故や不祥事が発生する危険性を低減させることができるという考え方である。
今回のケースにおいてもその後,「m-SHELモデル」で挙げられた原因への対策を組み合わせ対応した。具体的には,まず今回のクレームの内容をかかりつけ薬局に連絡。そして定期処方を薬局側と共有し,処方箋をそのまま鵜呑みにするのではなく,患者側に渡す前に残薬の確認ならびに定期処方と変更がないか毎回確認してもらうこととした。また,医師側も処方箋を毎回プリントアウトして患者宅に持参し,患者や家族とお互いに共有しながら変更すること,また備考欄に変更があった薬剤を「〇〇追加(0324)」と日付を入れて薬局側もわかるようなかたちをとることとした。
それ以降,特に多剤があるときや麻薬投与量などについては,医師ひとりが判断するのではなく,多数の目が入るような協働のかたちをとっている。またさらに,普段より多職種での関わりをつくって顔の見える関係をつくり,ミスが生じてもお互いが患者のためにサポートし合うかたちを形成するよう心がけている。
処方のこの手のしくじりは,筆者も数多く経験しています。訪問診療(特に初診時)の残薬調整は,しくじりが起きやすい場面です。筆者は訪問診療の初診時は,必ず残薬をすべて出してもらい,自分で数えるようにしています。それにより残薬の過不足が確認できるだけでなく,診療情報提供書の記載と,実際に処方されているものが異なっている(前医が提供書を書いた後に処方変更したなど),前医で中止した薬を実は継続内服している,逆に自己中断している,用法を間違って飲んでいる,紹介医とは別の病院から処方された薬も飲んでいる,半年分以上も残薬がある,などがわかることもあります。残薬を直接確認する作業は初診時だけでなく,残薬調整で戸惑ったときには必ず行うようにしています。薬の管理が不十分な患者の場合,毎回残薬を確認して報告書に記載するか直接報告するよう,訪問薬剤師にも指示しています。
また,当院は在宅事務員と医師がペアで訪問するシステムのため,残薬の確認を2人で行うとともに,事務員がメモをとるところまでを必ず現場の一連作業としています。残薬確認だけでなく,新たな処方や中止が発生するときも同様です。当院と連携する薬局はFAX対応をしてもらっているところも多いため,現場または帰院後に処方して印刷したのち,薬局にFAXする前に再度事務員がメモを見ながら処方箋と逐次照らし合わせて確認します。そこでミスが発見されることも多々あります。たとえば,「先生,家族が“〇〇が足りないから出してほしい”って言っていました」「先生が“××も追加で出しておきますね”と家族に言っていました」などです。
電子カルテのDo処方も,簡単であるがために逆にしくじりが生じやすい場面と言えます。筆者は処方の変更や中止など変化の場面には,症例の先生と同様に,処方箋の備考欄に必ずひと言メモを添えておきます。それにより,薬局との連携というだけでなく,次回の処方時に必ず目に留まるため自分自身のリマインドにもなっています。
「ヒューマンエラーはシステムエラーである」という言葉をどこかで聞いてから,筆者自身の職場改善の方針にしています。ヒューマンエラーが生じたとき「誰が悪かったか」でなく「何が悪かったか」ということ,また「“ 注意する” は対策にならない」ことを前提に,エラーが生じた際にはシステムの改善を皆で考える,という姿勢が大切だと思います。
文献
- 石橋 明:事故は,なぜ繰り返されるのか─ヒューマンファクターの分析.第2版.黒田 勲, 監. 中央労働災害防止協会,2006.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社