しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:A さん,70歳代,男性
Aさんは,X年の前年7月に健康診断にて肺の異常陰影を指摘され,同年8月に左肺腺がんの診断,左肺下葉切除術を施行された。
X年5月に食欲不振にて地域の基幹病院を受診。精査の結果,右副腎,肺,骨に転移性腫瘍を認めた。がん診療連携拠点病院にて化学療法を施行していたが,「拘束された」とのことで病院への不信を感じ,A さんと妻の強い希望にて化学療法を終了し,X年7月10日に自宅へ退院。疼痛と廃用症候群のためほぼ寝たきり状態であり,通院困難なため当院からの訪問診療開始となった。
①退院時
中心静脈栄養・皮下植え込み式カテーテル(IVHポート)にて高カロリー輸液。オキシコンチンⓇ20mg/日,オキノームⓇ5mg/回頓用,タケプロンⓇ30mg/日,1錠パントシンⓇ,マグミットⓇ内服。疼痛と廃用症候群のためほぼ寝たきり状態であったが,IVHを使用してないときは伝い歩きをしてトイレに自力で行くことができる。食事は経口で少量摂取。意思疎通は可。家族には前医より「予後は1~3カ月」と説明されている。
②家族構成
妻,長女,長女の婿,孫2人と同居。他県に次女(未婚)。
③意思確認:退院時
X年7月10日
急な退院で,退院前カンファレンスは開かれることなく退院した。退院時に前医より急変や自宅で亡くなる可能性についての説明あり,「本人,妻,長女,次女とも納得し,Aさんの意思を尊重する方針を確認した」との情報提供書がある状況。
退院後の初回訪問の際に,ご自宅にて訪問看護師を交えて意思確認を行った。Aさん本人は「入院主治医に無理を言って退院したからもう病院へは戻れない」と自宅で亡くなることを希望。妻,長女とも本人意思を尊重する方針を確認した。
④退院後の経過
X年7月15日
経口摂取困難,せん妄(易怒と興奮)を認めた。高カルシウム血症は認めず,胸水貯留を超音波検査にて確認,その後に38℃台の発熱を認めた。オピオイドを内服から貼付剤にスイッチし,NSAIDs坐剤を使用したところ,せん妄は軽快した。
しかし,経口摂取はできず,坐位でも疲労が強くなったため,訪問看護師も交えて「緩和ケア普及のための地域プロジェクト(Outreach Palliative care Trial of Integrated regional Model:OPTIM)」の看取りのパンフレット1)を利用し,同居家族に今後の状態予測や状態に応じた対処法,Aさんとの接し方について説明,確認を行った。急な変化,気づいたら呼吸をしていなかった際の緊急連絡先の確認を行い,説明に用いたパンフレットや緊急連絡先を記載した用紙を渡した。
同居家族からは,「こういったことを考える時期なのですね。今日,お話を聞けてよかったです」という言葉が聞かれた。その後の数日間は,婿の運転ではあるが愛車の助手席に乗って短時間のドライブに行くことができていた。
X年7月19日
訪問時には寝ている時間が多くなり,訪問入浴後に浅い呼吸を認めたとの報告があったが,痛みの増悪の訴えはないことを確認した。
X年7月21日
次女が帰省したため長女と妻が外出。その際に呼吸がとてもゆっくりになったり止まったりと苦しそうに見える状態となった。次女は長女に電話するも連絡がつかなかったため救急車を要請。近くの総合病院へ搬送された。その後に連絡のついた長女から当院へ連絡があり,当院から搬送先の総合病院へ連絡。心肺停止の状態ではなく,処置や検査は行わず自宅へ帰宅となった。
X年7月22日未明
家族に囲まれて自宅にて息を引き取られ看取りを行った。
しくじり診療の過程の考察
退院時に他県にいる次女も含め自宅看取りの方針となっていたこと,看取り期のパンフレットの利用や,その後の訪問でも状況を確認し緊急連絡先も共有できていたと思っていた。しかし,その連絡先を記載した用紙をどのように保管しているかまで確認できていなかった。実際は,当院や訪問看護ステーションへの連絡先は固定電話の前の壁には貼ってあったが,「緊急連絡先の用紙」は,初回訪問の際に渡した書類ファイルに挟まれていた。
また,遠方に住む次女に対しては予後予測についての詳しい話はしっかりと伝わっていなかった可能性もある。話は聞いていたようだが,父の苦しそうな姿を見た次女の反応にまで気を配れていなかった。不確実であることを理解していたとしても,遠方の親族でなくても,患者の急な変化・苦痛様変化があれば動揺するであろう。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
緊急連絡先用紙の文字を大きく見やすく変更し,1枚でなく3枚は渡すようにした。その上で家族と保管場所や貼っておく場所を相談するようにしている。特にベッドサイドや枕の近くなど,遠方から家族が来た際にもなるべく目に入る位置を確保するよう勧めている(呼んでしまった救急隊にも見えやすい)。自宅看取りを行った家族へのアンケートで,看取りのパンフレットの使用・説明時期について,患者の亡くなる1週間~1カ月前でも29%は「もっと早く渡してもらったほうがよかった」と回答している2)。Palliative Performance Scale3),Palliative Prognostic Index4)などの予後予測ツールを使用し,評価をしっかり行うことで,看取りのパンフレットの使用時期について,また,同居していない家族にも状況を伝えられる時間をつくれるよう意識するようになった。
臨床の現場ではいろいろなことが起こります。特に在宅医療の現場では,予期せぬことがしばしば生じます。家族にとっては,初めての在宅介護・在宅看取りであることが多く,我々が当たり前だと思っていることでも,「緊急事態」だと感じることもあります。だからこそ,今後予想されることを事前に説明することも必要ですが,「何かあればいつでも連絡して下さい」と,常に連絡が取れるように伝えておくこと,顔の見える関係になっておくことが何より大切です。症例の先生が書かれているように,緊急連絡先を常に貼り出しておいて救急車は絶対に呼ばないなど,事前に確認しておいたルールを明確にしておくことも重要です。ここでも肝心な点はもちろん,全員が顔を合わせて情報を共有しておくことです。
しかし,もっと大切なことがあるのではないでしょうか。どのような状況になっても患者の希望を受け入れてくれる医療・介護スタッフ,そして家族の心構えが,患者にとっての安心となるはずです。よく言われていることですが,勘違いしてはいけないのは,ACP(advance care planning)は,決して元気なうちにとるDNARではありません。病気になって,あるいは病気になる前から,食事ができなくなったらどうするかなどの話し合いをしながら,どのような人生を送りたいのか,誰と過ごしたいのか,そして人生において大切にしていることなど,人生の最終章を迎える希望を語ってもらいます。本来のACPというのは,夢を語りあう対話の積み重ねなのです。
筆者は,人生の最終章だけにフォーカスを当てた「しくじり」は存在しないと思っています。患者本人はもちろん,関わった人たちが「良い人生だった」と思えるためには,患者が望んだ場所で,望んだ医療や介護が受けられ,望んだ人と最期まで過ごせる,そのようなことが当然と思える地域文化を醸成することなのでしょう。今回の「しくじり」の原因とされた家族が在宅看取りの心構えを身につけるには,医師の詳しい病状の説明よりも,患者本人の言葉なのではないでしょうか。
まずは外来に来られた目の前の患者に「ごはんが食べられなくなったら,どうしますか?」と尋ねてみましょう。その一言から始まる対話の継続こそが,患者と家族にとって人生の道しるべとなり,人生の最終章を迎えたときには,必ずや心の拠り所となるはずです。人生の最終章について当たり前のように語り合える地域づくりは,今後,総合診療医が担うべき大切な役割だと思います。
文献
- OPTIM( 緩和ケア普及のための地域プロジェクト):看取りのパンフレット―これからの過ごし方について.
[http://gankanwa.umin.jp/pdf/mitori02.pdf] - 山本 亮, 他:Palliative Care Res. 2012;7(2):192-201.
- Anderson F, et al:J Palliat Care. 1996;12(1):5-11.
- Morita T, et al:Support Care Cancer. 1999;7(3):128-33.
参考文献
- 花戸貴司, 著:ご飯が食べられなくなったらどうしますか永源寺の地域まるごとケア. 國森康弘, 写真. 農山漁村文化協会, 2015.
- 花戸貴司:最期も笑顔で在宅看取りの医師が伝える幸せな人生のしまい方. 朝日新聞出版, 2018.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社