携帯電話が通じなかった/すぐに往診してもらえなかったと言われた
症例1 患者:在宅患者①
脳梗塞後遺症,認知症の在宅患者。週末より微熱,咳嗽が出現し,様子をみていたが,翌日にはさらに熱が上がってきたため主治医に連絡をとろうとした。しかし,連絡先として指定されていた携帯電話が通じない。結局,訪問看護ステーションから診療所院長に連絡が行き,院長から主治医宅の固定電話に連絡が入って情報の伝達が行われた。主治医宅では部屋によっては電波の状況が不安定で,このときはたまたま電波が届かなかったことが判明した。患者は臨時往診を受け,肺炎の診断で治療が開始された。
症例2 患者:在宅患者②
子宮がん末期の患者,入院中だったが予後が週単位となり自宅療養を希望。3日ほど前から在宅診療を開始。
日曜日の午後,家族より呼吸が苦しそうと連絡があったため臨時往診に行くことになった。どのくらいの時間で患者宅に到着するかを問われ,「自宅待機していたため,準備も含め15~20分程度かかる」と答えると,「そんなに時間がかかるのか?とにかく早く来てほしい」と言われた。急いで支度をして往診し,呼吸の変化は疼痛によるものと診断され,オピオイドの投与量の調節が行われた。
症例3 患者:在宅患者③
誤嚥性肺炎治療後,全身の消耗により移動が困難となり,退院後在宅訪問診療導入となった患者。その後もたびたび状態の悪化と緩解を繰り返しており,ゆっくりと衰弱していた。家族とは急変時の対応について話し合いをしたが,「積極的な治療という状況は望まないが,できることはしたい」との抽象的な希望で,具体的な指針は決定できていない状態であった。
日曜日午後に家族から連絡があり,「状態が悪い,呼吸がおかしいので往診してほしい」と依頼あり。道路が混んでいたこともあり,患者宅到着までに30分以上を要する状況になってしまった。再び家族から連絡があり,「いったいいつ往診してもらえるのか,患者はもう虫の息だ」と怒鳴られた。その場で救急車を要請するか相談したが,往診を希望されたため到着までの時間の見通しを伝え,訪問。到着時,患者は死前喘鳴を呈しており,状況を家族に伝え,そのまま看取ることになった。
しくじり診療の過程の考察
病院で急性期の治療を終え,自宅療養となった患者とその家族は,在宅訪問診療が入院治療の延長のように感じている場合も多く,ナースコールで医療者を呼び出すのと同じように,緊急コールで臨時往診を依頼されることがある。もちろん,普段とは異なる状況が生じて家族は不安であるし,虚弱な在宅患者には重大な変化の予兆であることもあり,緊急コールは必要である。問題は,患者のもとに到着するまでに,病院とは違った様々な壁が存在することだ。
たいてい臨時往診は夜間や休日に発生し,自宅で休養している医師が外出の準備,往診の準備をして,交通規則を遵守しながら患者宅に赴くのである。また,今では少なくなったが,症例1のごとく電波の状況によっては携帯がつながりにくく,緊急のコールさえできない状況もある。
こうした在宅医療に特徴的な問題について,対応可能なものには仕組みをつくり,不可能なものについては事前に患者とその家族に理解を求める必要があろう。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
24時間,365日,1人の医師が緊張感を保ち続けて医療にあたるというのは現実には不可能で,在宅医療においては,医師は自身の日常生活を中断して臨時の対応をしていることを,ある程度理解してもらわねばならない。
在宅医療をひとりで抱え込まないというのは非常に重要な解決策で,ファーストコールは訪問看護師に指定することや,複数の医師によるグループ診療を行い,夜間休日は担当医制にする,といったことはよくみられる方法である。
ただ,こうした対策を施しても,最終的に患者家族と担当医師の間には,症例のような問題が生じることになる。具体的な事前指示書があれば理想的かもしれないが,多くは医療者と患者家族との間に大きなイメージの隔たりがあり,うまく機能しない現実もある。しかし,急な対応にはそれなりに時間を要すること,その際に待つか,後方病院へ救急搬送するかをその場で決定しなければならないことを事前に話し合っておく必要がある。
連絡が通じない場合は,次に連絡する先を指定しておくとよいかもしれない。グループ診療の場合はファーストコールの医師,セカンドコールの医師といった具合に連絡先を複数にしておけば,連絡不能のリスクを分散できる。
このようなしくじりは,在宅医療を行う上では不可避かもしれません。しかし,連絡体制などの仕組みを工夫することで,患者や家族の不安を可能な限り減らすことはできます。不安が生じる最大の理由は,先の見通しがはっきりしないことです。筆者らは,緊急連絡を受けた際の対応について,診療契約時あるいは初診時に以下のことを説明するようにしています。
- ①夜間・休日の電話待機当番は常勤医師の輪番で行っており,必ずしも主治医が対応するわけではない
- ②当番医も生活をしている中で電話待機をしているため,入浴などの理由により,すぐに電話を取れないことがある
- ③他の患者の電話に対応中のため,すぐに電話をとれないことがある
- ④当番医は通常自宅で待機しているため,往診が必要な場合でも,電話を受けてから実際に患者宅に到着するまで1 時間程度かかるときもある
- ⑤電話対応のみとするか,訪問看護師による対応とするか,医師の往診とするかは,連絡の内容により医師が判断する
このような説明を行うことにより,緊急連絡を受けた際に現実的にできることを明確化し,患者と家族が持つ期待と見通しを現実に即したものにできます。
携帯電話の電波が不安定になるなど,様々な理由により携帯電話が通じないことは,当然想定しておく必要があります。筆者らは以下のような施策を講じ,誰も連絡を受けられないという事態を可能な限り予防しています。
- ⑥夜間・休日は,原則として連携する訪問看護ステーションに連絡してもらう
- ⑦当院のファーストコールは医師,セカンドコールは看護師が持つ。セカンドコールに連絡があった場合は,用件を看護師が聞き取り,速やかにファーストコールの医師に伝える
- ⑧訪問看護ステーションの緊急連絡先,当院の緊急連絡先は,それぞれ大きな文字で印刷したものを,患者宅の電話近くに貼ってもらう。
- ⑨セカンドコールの携帯電話には,念のために各医師個人の携帯電話番号を登録しておく
さらに,症例3のような終末期では,特に家族の不安が強くなります。呼吸状態の変化など,医療者にとっては当たり前のことであっても,見守る家族は「何か悪いことが起こっているのでは……」と強い不安を感じることがあります。死期が近くなったらどのような変化が生じるのかを,事前にパンフレットなどを用いながらわかりやすく説明しておくことは,状態変化の見通しを明らかにすることで家族の不安を軽減し,安心して看取りに向き合うことにつながります。
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社