しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患児:Cくん,1歳6カ月,男児
三種混合の1期追加接種のため来院。インフルエンザ予防接種の時期ではあったが,当時,同時接種は一般的ではなかったため,母親の希望でこの日は三種混合の接種のみを行い,1週間後にインフルエンザ予防接種の1回目を予定していた。
しかし,インフルエンザ予防接種のための受診者が多い中,問診票が三種混合のものであることに気づかず,あらかじめ吸い置きされていたインフルエンザワクチンを手に1人で診察室に入った後,予診票の記載項目のみを確認しインフルエンザワクチンを接種してしまった。
しくじり診療の過程の考察
診察室では予防接種を医師ひとりで行うことが多かったことや,種類などの確認の手順,複数の目による確認のルールなどを決めていなかったため,医師が勘違いした場合に途中でエラーに気づくことができず接種に至ってしまった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
航空会社主催のヒューマンエラー対策講座を受講するなどし,順次改良を加え以下の手順を整えた。
- ワクチンはインフルエンザ予防接種の時期でも吸い置きはしない
- 予防接種の施行に際しては,受付から準備・接種に至る過程で種類や量など決められた項目を,①事務員同士,②事務員と看護師,③看護師と医師の計3回,複数の目で確認し確認印を押す
- 受付時と接種時に,患者本人または保護者とも種類・接種量などを確認する
さらに,上記においてヒヤリ・ハットの事例があれば,それをもとに手順を見直し修正を加えている。
ヒューマンエラーは必ず起きるものであるとの認識から,これをできるだけ少なくし,かつ起きた際にも重大な事故につながらないようにすることが組織として大切なことである。そのためには,上記のような手順をスタッフ全員が共有・徹底し,さらに些細な疑問やヒヤリ・ハットも必ず報告して常に改善するような仕組みづくりが必要である。
また,上記のように間違いが起こりやすい時期や環境下では,予測される間違いに注意を喚起したり,疲れなどから間違いを起こしやすい状況にある場合は,自己申告して周囲にいっそうの確認を求めるなど,スタッフ間のコミュニケーションを密にとることも事故予防につながる。さらに,患者・家族とも確認作業を共有するなど透明性を高めることが,事故防止だけではなくトラブルの防止や信頼関係の増強につながることも,その後の取り組みで実感している。
有害事象が発生する背景には,様々な要因が複合的に絡み合っていると考えられており,これら1つひとつの要因を減らしていくとともに,それらが有害事象を引き起こす前に予防できるシステムを組織としてつくり,日々強化していくことが必要である。
近年,とりわけ小児における定期の予防接種は,乳幼児期に接種が集中して回数が多く,またワクチンの種類によって接種間隔や接種回数が異なっていることなどから,予防接種に関する間違い(誤接種)が報告されています。
今回のような「接種するワクチンの種類を間違えてしまった」という過誤の頻度は,誤接種のうちの2.06%です。一番多いのは「接種間隔を間違えてしまった」の52.64%で,「対象者を誤認して接種してしまった」は8.32%,「不必要な接種を行ってしまった」が12.07%となっています1)。いずれの過ちも,しっかり事前の確認をすることで予防可能です2)。
当院では,A受付(事務),B診察室の裏(看護師・看護助手が準備するとき),C診察室の裏(看護師・看護助手と医師でダブルチェック),D診察室の中(患者または保護者と医師でダブルチェック),E診察室の裏(看護師・看護助手が接種した内容をチェックしながら記録)の,5回確認を行っています(表1)。各部署の確認事項は次の通りです。
A:受付
- 問診票と母子手帳を受け取る
- 被接種者の氏名や接種するワクチンの種類を確認
- 母子健康手帳の予防接種のページで,接種するワクチンの欄が空欄(まだ接種されていない)であることを確認
B:ワクチンを準備するとき
- 冷蔵庫からワクチンを取り出すときに,接種するワクチンの種類であること,有効期限が切れていないことを確認
- ワクチンを冷蔵庫などから取り出した後は長時間放置しない(適正温度を維持)
C:医師とスタッフで確認
- 上記A,Bが確認した内容を2名で同時に再確認する
- 問診票のワクチン名と,ワクチンの箱の表示名が一致しているか確認
D:診察室内
- 本人確認,問診表確認,接種するワクチンの有効期限,接種量・接種方法を確認
- 接種器具が未使用であることを確認
- 接種後,針はリキャップしないですぐに針箱に捨てる
E:接種後
- 母子手帳のワクチン欄に必要事項を記載し,記録する
確認の流れを統一すると,確認漏れを減らすことができますので,確認手順を書いた表を使うと便利です。当院では,表1の流れで確認を行うことで,誤接種を予防しています。
文献
- 厚生労働省: 第12回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会 資料2 予防接種に関する間違いについて. 2017.
[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000180108.pdf] - 国立研究開発法人日本医療研究開発機構医薬品等規制調和・評価研究事業: ワクチン接種と重篤副反応の発生に関する疫学研究. 予防接種における間違いを防ぐために. 2016.
[ https://www.niid.go.jp/niid/images/vaccine/machigai-boushi-2016.pdf]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社