しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Wさん,80歳代,男性
Wさんは,近医にて数年来,高血圧,糖尿病,脊柱管狭窄症,脳梗塞の既往にて通院していた。妻が悪性腫瘍末期となり,通院が困難となったのを契機に,妻への訪問診療を開始していた。妻への訪問診療を行っていたところ,Wさんも脊柱管狭窄症のため近医への通院が困難となってきていることがわかり,妻とともにWさんへの訪問診療も開始となった。前医への強い信頼があり,前医から処方されていたシロスタゾール,ビルダグリプチン,アムロジピン,ファモチジン,当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう),桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)を内服しており,前医からの診療情報提供書の採血結果でも電解質異常などを認めていなかったため採血はせずに経過をみていた。
訪問診療開始から数カ月経ったある日,悪心・嘔吐を認めたため往診。意識状態は普段と変わりなかったが数日前から体調不良があり,下痢をしていたとのことであった。バイタルサインはBP:142/73mmHg,HR:45/分と徐脈を認め,そのとき,低カリウム血症を起こしうる甘草を含んだ漢方薬を漫然と投与していたことに気づき,あわてて採血を行った。採血にて血清カリウム値:2.0mEqを認めたため救急搬送,胸部12誘導心電図にてPVCの散発,QT延長,前胸部誘導にてT波の陰転化を認めた。中心静脈カテーテル挿入下で血清カリウム値の補正を行うために救命病棟へ入院となった。
訪問診療開始時に内服薬の継続必要性の検討を行うという,前医からの引き継ぎ時に必要なことが抜けており,「しくじり」を自覚した。
しくじり診療の過程の考察
長年近医に通院しており,その間特に副作用を認めていなかったため,内服薬の継続必要性を十分に検討せずに訪問診療を開始してしまった。訪問診療開始時,前医からの採血結果は確認しており,内服薬の副作用がないことは確認していた。しかし,高齢者にもかかわらず,甘草を多く含む漢方薬を漫然と投与していることに気づけず,状態悪化時の低カリウム血症のリスクを想定できていなかったことが,今回のしくじりにつながった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
前医からの引き継ぎの際は,状態が落ち着いていたとしても必ず処方薬継続の必要性について確認している。初回のカルテには必ず内服薬と内服量を書き込み,横にその作用機序を書いてテンプレートとして保存し,処方量の変更があれば修正できるようにシステム化している。
また,医療用漢方製剤148品目の中で甘草が含まれている製剤は109処方と多く,漢方薬を処方する際は,甘草が含まれていないか必ずdrug informationを確認している。甘草の1日量が2.5g(グリチルリチン酸100mg)を超えると低カリウム血症を起こしやすくなるため,今回の症例のように複数の漢方薬が処方されている場合は特に注意が必要である(本症例では2剤で1日4.0gの甘草が含まれていた)。それぞれの漢方薬に含まれている甘草の量を確認するためには,『カンゾウ(甘草)含有医療用漢方製剤による低カリウム血症の防止と治療法』の一覧表(表1)1)を参考にしている。
このしくじりは,訪問診療開始時や他院処方を継続する際のルーチン(習慣)をどこまで作り込み,遵守できるかを我々に教えてくれるものと思いました。この事例に適応できる筆者のルーチンには,「訪問診療開始時には初回検査を行う,もしくは今後の検査計画を立てる」「処方を継続する際はひと通り見直す」「漢方は原則1剤,よほどのことがない限り2剤は処方しない,そして最小限の期間にとどめる」があります。
このような訪問診療では,バタバタして確認事項が抜け落ちることもあるため,診療後のカルテ記載でたとえば「P)検査計画」を書くルーチンをつくることで,糖尿病のフォローや高血圧の目標管理に関する腎機能や脂質異常症の評価予定が立てられた可能性があります。その際に電解質異常が偶然見つかることも多くあります。
ただ今回の低カリウム血症の原因は漢方薬だけではなく,潜在的な低カリウム値,嘔吐と代謝性アルカローシス,体調不良によるカリウム摂取不足,下痢による喪失,コントロール不良な糖尿病という複数の原因が重なることで顕在化した可能性があります。それを予知・予防しようとするのであれば,漢方を内服している患者へのカリウム値のモニターをルーチンにするしかありません。
偽アルドステロン症の4割が開始3カ月以内に生じ,10日以内や数年以上の投与後でも発症の報告がある2)ため,他院の漢方の継続時は処方開始時と同様にとらえて,単剤でも1カ月後,3カ月後,6カ月後,その後も6カ月ごとに定期採血をする慎重さも必要でしょう。特に小柄な女性や高齢者,利尿薬やインスリンが処方されている患者では単剤でも低カリウム血症をきたしやすく,「原則1剤,2剤処方への注意・慎重さ」そして「最小限の期間にとどめる」というルーチンを行うことも予防線となります。
安定している患者への処方を漫然と続けてしまうことは日常茶飯事ですが,その現状維持バイアスをあえて疑えるように,小さな違いに気づきやすくするためのルーチンを診療に埋め込むことの大切さを改めて学ぶことができる事例でした。
文献
- 日本漢方生薬製剤協会(猿田享男, 監):カンゾウ(甘草)含有医療用漢方製剤による低カリウム血症の防止と治療法.
[http://www.nikkankyo.org/seihin/take_kampo/110405c/kanzou.pdf] - 厚生労働省: 重篤副作用疾患別対応マニュアル偽アルドステロン症. 2006, p8-9.
[https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/10/dl/s1019-4d9.pdf]
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社