しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Uさん,80歳代,女性
Uさんは,高血圧と逆流性食道炎で長年にわたり当院外来に通院している。アムロジピン(アムロジンⓇ)5mg/日,オルメサルタン(オルメテックⓇ)10mg/日,ランソプラゾール(タケプロンⓇ)15mg/日が処方されていた。また,70歳代の頃に孫の子守に悩み,軽いうつ状態・不眠症と診断され,パロキセチン(パキシルⓇ)10mg/日とゾルピデム(マイスリーⓇ)5mg/日が定期処方されていた。
筆者が前担当医より診療を引き継いだ際には,孫も大きくなり患者の状態は安定していた。また,認知機能の低下はなくADLは自立し,老人会の旅行にも精力的に参加するようになっていたものの,半年前の採血でも特に異常を認めなかったため,パロキセチンとゾルピデムは継続処方となっていた。
ある日,患者が定期外来を受診したとき,「昨日から風邪気味だったけど,先生の所(当院)が休みだったので別のクリニックから風邪薬をもらった」と言われた。バイタルサインや聴診に異常はなかったため上気道炎と判断し,「また困ったらご相談下さい」と伝え帰宅とした。しかしその夜,トイレに行こうとした際にふらついて転倒し,左大腿骨頸部骨折のため入院になったと聞いた。
後日確認すると,患者が「風邪薬」と言っていたものにはクラリスロマイシン(クラリスⓇ)が含まれていた。また,別の皮膚科クリニックで爪白癬の治療を受けていたようで,転倒する1カ月前よりテルビナフィン(ラミシールⓇ)からイトラコナゾール(イトリゾールⓇ)の内服に切り替え,治療をしていたということが発覚した。
大腿骨頸部骨折に対し観血的整復術が施行され,また入院中にパロキセチンおよびゾルピデムが抜薬され退院となった。退院後,本人より「実は,2年くらい前から頭がぼうっとすることが多かった。今はとても頭がすっきりしている。まるで夢から覚めたようだ」と言われ,とても反省した。
しくじり診療の過程の考察
本患者は70歳代の頃にパロキセチン(SSRI)とゾルピデム(非ベンゾジアゼピン系薬剤:以下,非BZD)が導入されて以降,約10年間ずっと上記2剤の処方が継続されていた。筆者がこの患者を引き継いだときも,「以前から飲んでいて,悪さもしていないようだ。SSRIも非BZDも抜薬って難しいし……。状態が落ち着いているなら,処方内容をあえて変える必要もないだろう」と安易に考え,患者本人へSSRI/非BZDの中止を提案せずに継続処方していた。
今回,ゾルピデムの代謝経路のひとつであるCYP3A4を強力に阻害する,イトラコナゾールおよびクラリスロマイシンの投与が異なる複数のクリニックより連続して始まったことで血中濃度が上昇し,ふらつきが増強したことで転倒につながったと考えられる。また,「2年くらい前から頭がぼうっとすることが多かった」ということも含め,以下に考察する。
①高齢になるにつれ薬剤の作用・副作用は増強する
in vivoの実験で,ゾルピデムの血漿蛋白結合率は約96%であると報告されている1)。一方,実際にGABAA受容体に結合し薬効を示すのは,血漿蛋白結合していない遊離型である。高齢になると血漿蛋白濃度が低下するため,薬剤が想定されるほど結合せずに遊離型が増加する傾向にある。また,併用薬が多くなると血漿蛋白の結合部位を競合し,単剤であれば結合していたかもしれない薬剤が遊離してしまう可能性もある。以上の機序により,同等量の処方を継続しているだけでも,患者が高齢になるにつれ,あるいは併用薬が増えるにつれ,想像以上に効果が出てしまうことがあるので注意が必要である。
②追加の薬によって定期内服薬の作用が増強し,有害事象が発生する
ことがある
BZD,非BZDともにCYP3A4を代謝経路に持つ薬剤が多い。そのため,CYP3A4を強力に阻害する薬剤の存在下では作用が増強されてしまう可能性がある。
ゾルピデムの医薬品インタビューフォーム1)では,CYP3A4阻害薬であるイトラコナゾールやフルコナゾールとゾルピデムを併用してもゾルピデムの薬物動態にはほとんど影響を与えなかったとする研究結果2)から,併用注意薬剤の一覧にCYP3A4阻害薬の記載はない。しかし,根拠となった研究結果は12人とサンプルサイズが小さく,かつ,「健常なボランティア」で行ったデータの分析である。さらに,CYP3A4阻害薬を複数同時に使用した場合の検討はされておらず,やはり高齢者でいくつかの処方が併用される場合には十分な注意を要するものと思われる。
さて,プライマリ・ケアの現場で併用されることが多いCYP3A4阻害薬のひとつに,クラリスロマイシンがある。特に近年,耳鼻科医から慢性副鼻腔炎の治療目的,あるいは抗炎症作用をねらってクラリスロマイシンが長期処方されることがしばしばある。また,爪白癬などの治療で使用される内服のイトラコナゾールも強力にCYP3A4を阻害するため注意が必要となる。以上のように,CYP3A4阻害薬は,自分では併用せずとも他のクリニックから知らないうちに処方されていることもある。
他にもCYP3A4阻害薬は無数に存在しており(たとえばアムロジピンもCYP3A4阻害作用を持つ薬剤のひとつである),特に高齢者では併用による有害事象が出やすい状況にあるため注意が必要となる。
③FRIDsを意識した定期内服薬の見直しを行う
本症例の定期内服薬は5種類と,高齢者にしてはそれほど多くないと感じていたが,このすべてが転倒リスクを増加する薬剤であった。これらはFRIDs(fall risk-increasing drugs)としてまとめられている(表1)3)。特にFRIDsを4剤以上併用すると死亡リスクが1.4~2.0倍に増加するという研究もある4)。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
毎回外来で,お薬手帳をチェックし,持っていない患者にはつくるように指導する。また他院(特に整形外科,皮膚科,耳鼻科)からの処方内容をこまめに確認するようにした。新規薬剤があれば,UpToDateⓇのスマートフォン用アプリのなかにあるdrug Interactions(LexicompⓇ)を使用し,必ず薬剤の相互作用を確認している。たとえば,薬の一般名を入力すると,イトラコナゾールとクラリスロマイシンがともにCYP3A4阻害薬であり「risk rating D:治療の変更を考慮」に分類されることがわかる。
また,状態が安定している患者こそ抜薬のチャンスと考え,少しでも不要な薬剤を処方継続しないよう「この薬は本当にこの患者にとって必要か?」と考えるようにした。
カナダにおける50歳以上の7,753人を対象としたコホート研究5)によれば,大腿骨頸部骨折を起こすと,その後1年以内での死亡リスクが3.17倍増加するということが示唆されており,骨折を起こした高齢者の予後は悪い。離脱や依存の問題があり向精神薬の中止は難しいが,潜在的な害を有する可能性のある薬剤の適応は,十分に考察する必要がある。
特にFRIDsを意識した薬剤のチェックを行うようにした。BZDを代表とする睡眠導入剤は当然のことながら,抗うつ薬(三環系抗うつ薬,SSRI,SNRI)のすべてに転倒リスクがあり,さらに近年,SSRIやSNRIは転倒リスクのみならず骨代謝への影響も危惧されており,脆弱性骨折のリスクも増加させるというコホート研究も報告されている6)。
向精神薬は,転倒・骨折のリスクが高いからといって,すんなり中止できるものではないが,中止・減薬にもっていく努力はすべきである。また,薬剤相互作用の問題はないか,向精神薬以外に降圧薬や利尿薬・プロトンポンプ阻害薬といった転倒・骨折リスクを増加させるような薬剤の併用はないか,さらに骨粗鬆症など潜在的な骨折リスクがないか,といった評価も必須と考える。
ポリファーマシーによる弊害のしくじりに気がついて,問題のある薬を減量・中止したいのに,患者の同意が得られないというジレンマに悩まされる医師は多くいます。そこで,「漫然と投与されているメンタル系薬剤を上手に引き上げるには,どうすればよいか」について,筆者のやり方を紹介します。
本症例のように,前の主治医からの引き継ぎや,他院からの紹介・転院の場合には,なぜメンタル系の薬が処方されているか判然としないことがあります。患者本人に尋ねても服用している理由がわからず,「それって,メンタルの薬なんですか?ちっとも知らなかった」などと患者に切り返されて困惑することも稀ではありません。一方,ゾルピデムなどの睡眠導入薬に関しては,薬剤の変更,減量,中止の提案に対して,患者が非常に強い抵抗を示すことが多く,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の常用量依存という難物と対峙することになります。
ここで重要となるのは「対話」です。患者と対話し,メンタル系薬剤に対して特別な思い入れやこだわりがないと判断したら,現在の心理コンディションをMAPSO問診7)を用いて評価します。その結果,睡眠障害,うつ,不安などの症状がなければ,患者の同意を得た上で,抗うつ薬や睡眠導入薬を慎重に減量していきます。いきなり中止してしまうと断薬症状が出て具合が悪くなるので,ステロイドホルモンの漸減と同じような要領で少しずつ減らします。もしも減量の途中で,不安などの精神症状や,医学的に説明困難な身体症状が出現してしまった場合には,一段階前の用量に戻して症状が回復するかどうかを確認します。回復したらその用量を続行しながら,次なる減薬の機会やタイミングを待つことになります。このようなプロセスを経て,ついに薬剤をやめることができたら,患者とともに「卒業」を祝いましょう。
患者がメンタル系薬剤に対して強い思い入れやこだわりを持っていると判断した場合には,一筋縄ではいきません。主治医には相当な覚悟とねばり強さが要求されます。薬物の弊害を一方的にまくし立てても,相手の感情は動きません。ここでも対話が重要で,相手の「眠剤物語」を聞き出し,それに共感を示しながらも,認知機能低下や転倒による骨折リスクについて,「あなたのことが心配だ」という懸念の表明を何度も繰り返すしかありません。患者が「やめてみたい」という気持ちに変わる日に備えて,「中腰で待つ」という姿勢を維持しておきましょう。
文献
- アステラス製薬株式会社・サノフィ株式会社:ゾルピデム酒石酸塩錠(マイスリーⓇ錠) 医薬品インタビューフォーム(2017 年3月改訂).
- Greenblatt DJ, et al:Clin Pharmacol Ther. 1998;64(6):661-71.
- British Columbia Drug and Poison Information Centre:Drug Safety News: Drugs and the Risk of Falling (2009-03).
- Kragh Ekstam A, et al:Clin Interv Aging. 2016;11:489-96.
- Ioannidis G, et al:CMAJ. 2009;181(5):265-71.
- Moura C, et al:Osteoporos Int. 2014;25(5):1473-81.
- PIPC 研究会: 背景問診・MAPSO 問診チェックリスト. 生きると向き合う わたしたちの自殺対策. 今村弥生, 他編. 南山堂, 2017, p193-6.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社