しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 Uさん,70歳代,女性
Uさんは高血圧で通院中。数カ月前から,「血圧が気になる」と受診回数が増えていた。血圧は大した問題にはならない値だったため,血圧は大丈夫なので安心してよいということと,家庭血圧を頻回に測りすぎないようにと伝えた。
その後も,「ゆうべは眠れなかった」「のどが詰まる」「胸が苦しい」「心臓の検査をしてほしい」「悪い病気じゃないか」「もらった薬は合わないと思うので違う薬に変えてほしい」など不定愁訴での受診が頻繁になっていった。また,「家事ができなくて家族に申し訳ない」「うちは貧乏なので私が働かなければならないのに働けない」という発言もあった。内科疾患を除外した後,不安神経症の診断で主に傾聴をして,薬の変更をするなど頻回受診に対応していたが,その後も「先生に会うと少し楽になります」「1週間が待ちきれないです」などの発言があり,さらに頻回に受診するようになっていった。
担当医としての感情は「Uさん,また来たか……」「らちが明かない訴えにかなりうんざり……,イラッとする」というようなものであった。次回受診日を決めても守れないので,予約もあやふやになっていた。
そんなある日,担当医が別の職場で働いているときに,その職場の近くの警察より電話があった。Uさんが自殺未遂で救急搬送され,その後,措置入院で精神科に入院になったとのことであった。
後日,家族と面談をした。家でも何度か包丁を出して「死んでしまいたい」と自殺をほのめかす行動があったとのことであった。
比較的元気な高齢者において,不定愁訴の鑑別に「うつ病」が抜けていたため,専門医に紹介するタイミングを逃してしまった。
しくじり診療の過程の考察
もともと別の疾患で通院している患者で,訴えが増えている場合,なんとなく鑑別診断をしないまま,“困った患者”“ややこしい患者”ととらえて医療面接に悪戦苦闘してしまうことがある。また高齢者のうつ病では,落ち込みや活気のなさなどよりも,心気症,罪悪妄想,貧困妄想などの症状が主で,うつ病としては非典型的な場合も多い。次回受診日を約束していなかったこともあり患者の不安が増して,早く主治医に会いたいという異常な行動をまねいてしまった。また,困った患者であったにもかかわらず,家族と話をして家での様子などを聞くことをしていなかった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
高齢者のうつ病は,落ち込みなど気分の不調よりも,頭痛などの体の痛みや息苦しさ,しびれ,めまいなどの心気的な訴え,不安,妄想が主の場合もある。医療面接ではらちが明かない話をしたり,治療計画への同意がなかなか得られなかったり,医療者の感情をイラっとさせることもある。いわゆる“困った患者”に出会ったときは,「精神疾患が隠れているのではないか」という目で改めて鑑別診断を行う必要があると考える。
一般的にも,すべての高齢者に対してスクリーニングすべき状態として「うつ」「尿失禁」「転倒」「認知症」などがあり,それらは“老年医学の巨人(geriatric giants)”といわれている1)。初診の高齢者には気をつけてスクリーニングをしていたが,通院中の患者に対しても健診時などを利用して定期的にチェックが必要と考えられる。
うつに関しては,表1に示すGDS(Geriatric Depression Scale)2)を利用してスクリーニングを行うようにしている。
このしくじりは筆者にも似たような経験があります。確かに若い世代や現役世代は,うつ病の症状として「学校・職場に行けない」「遅刻が増えた」「休みがちである」などの目に見える変化が多いですが,高齢者は必ずしもそうではなく,症例に書いてあるように多愁訴,心気的な症状が診断の鍵になることが多いです。
筆者が日常の診察で気をつけていることを以下に述べたいと思います。1つ目は,慢性疾患の定期受診者には,必ず毎回食欲,睡眠,排便(排尿)の状況を聞き,カルテに記載することです。特に睡眠障害がある場合,入眠困難,中途覚醒,早朝覚醒のどれなのか,朝の気分はどうか,夜間頻尿によるものなのかということは最低限聞くようにしています。もしうつ病が疑われるようなら,うつ病診断の感度が高い「2項目質問法」3)を行います。質問内容は以下の通りです。
- この1カ月(2週間),毎日気分が落ち込んでいる感じがしましたか?
- この1カ月(2週間),物事を行うことに興味がなくなったり,楽しめなくなっていますか?
2つ目ですが,慢性疾患患者の定期外受診には注意をしています。当院では慢性疾患患者はなるべく予約をしてもらうことにしており,特に高齢者はほぼ1カ月後の再診を行っています。高齢者が予約外に受診した場合は,当院のプライマリ・ケア看護師に待合室でトリアージをしてもらいます。主訴が「風邪」でも,心筋梗塞や肺炎の可能性も高いからです。仮に急を要する疾患でなくても,受診行動の変化は認知症,うつ病など精神神経疾患の発症を意識します。頻回受診する患者には家族の同伴を促し,受診が遅れている場合は患者の自宅に電話することもよくあります。
3つ目は,うつ病の診療をすることです。当院では抗うつ薬(時に漢方薬)の処方など,うつ病の診療もしています。うつ病の診療をまったく行わない場合,抗不安薬の処方で問題を先延ばしにするなど,自分の診療の範囲でおさめようとしがちです。この症例は専門医紹介のレベルかもしれませんが,普段からうつ病の診療をしているとうつ病診療の閾値は下がります。
4つ目ですが,前日に診療した患者のカルテを早朝に見直しています。恥ずかしながら,この年齢になっても患者にイラっとしてしまうことはあります。冷静になってから,「なんで昨日はイラっとしたのか?」と振り返るようにしています。
文献
- WHO, 編著: 高齢者にやさしい診療所ツールキット. 日本生活協同組合連合会医療部会家庭医療学開発センター, 訳. 日本生活協同組合連合会医療部会, 2009, p6-7.
- 杉下守弘, 他: 認知神科学, 2009;11(1):87-90.
- Whooley MA, et al:J Gen Intern Med. 1997;12(7):439-45.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社