しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Tさん,70歳代,女性
Tさんは,高血圧とアルツハイマー型認知症で当院に通院中である。以前は,車で30分ほどのB市にある総合病院に通院していたが,3年前に夫が運転免許を返納したタイミングでA町内にある当院に通院するようになった。
アルツハイマー型認知症は,中核症状が主体で明らかな周辺症状は認めず,一緒に住む夫が生活全般の介助をすることにより日々の生活は支障なく過ごし,介護サービスも利用していなかった(介護度は要介護1)。高血圧についても,診察室での血圧は安定しており,当院通院後も前医処方を継続していた。
●ADL/IADL
- 着衣:自立,食事:自立,移動:自立,排泄:自立,保清:夫が一部介助
- 買い物/家事/金銭管理/食事の準備:全介助(夫が行っている)
- 公共交通機関を利用した移動はしていない
●処方内容
- Rp1)アリセプトⓇ5㎎ 1錠 朝1回
- Rp2)ノルバスクⓇ5㎎ 1錠 朝1回
●家族図
そんなある日の定期診察で,診察室での血圧が165/85mmHgと高値を示したが,「今日は一段と冷えるし,そんなときもあるかもしれない。まあ様子をみてみよう」と,継続処方した。
次の定期診察日。診察室では170/80mmHgと再び高い。「今日は比較的暖かいけど……。まあでもそういうときもあるだろうね。急いで来たのかな。一応,内服状況だけ触れておくか」と思い,「今日も前回同様に血圧が高いですね。今朝,薬は飲まれましたか?」と聞いた。すると,Tさんの傍らに立っていた夫から,「どうやら,最近飲み忘れが多いみたいなんだよね」という衝撃の一言。Tさん本人は「たまにですよ」と言う。
筆者は,「いろいろと日常生活の介助をしているのに,薬は本人任せだったの!?でも,それを確認していなかった自分も悪い」と思い,「そうだったんですね。てっきりご主人がお薬のことも管理して下さっていると思っていました」と話した。
夫は,「そうしようとも思ったんだけど,本人も自分でできると言うし,ここに通うようになって朝1回に統一してもらったので,できることはなるべく本人にやらせたほうがよいと娘にも言われたから」と言う。
確かに当院で引き継いだときに,一部の胃薬やビタミン剤を整理し,内服機会も1日1回と統一して,内服アドヒアランスを高めようとしていた。しかし,それがアダとなるとは……。
できることは本人にやってもらうという方針には賛同し,一方で適宜の見守りは必要である旨を伝えた。夫も理解を示し,この受診以降は,目の前での内服確認や残薬のチェックなどを依頼することができた(ついでに家庭での血圧測定の記録も)。「思い込みや決めつけは禁物だなあ」と反省させられるケースであった。しかし,しくじりはまだ終わっていなかった。
それから約1年後,診察室での血圧が再び不安定となる。正確に言えば,良いときと悪いときがある。前回の件から夫にお願いしていた家庭での血圧測定の記録も同様だ。さらには,以前は毎日つけてくれていた記録が抜けがちなのも気になる点であった。
「最近,血圧の数字の変動が大きいですね。何か思い当たることはありますか?」と聞くと,Tさんは「飲んでますよねえ」と夫のほうを向いて言い,夫は「実は最近,私もいろいろ忘れていることが多いみたいで。娘にもしょっちゅう怒られてね。それと,私のほうも大学病院への通院が増えて,この前も入院したりして,娘にも妻を看てもらっていたんだけどね。いやいや申し訳ない」とのことであった。
話によると,妻のことを気にかけて入院が必要な手術などは希望せず,ずっとホルモン療法で経過をみていた夫の前立腺がんが悪化したため,家族の説得もあり先月に手術となったとのことだった。また,夫自身も物忘れを自覚するようになり,「自分がしっかりしないといけないのに」という葛藤や,妻に内服拒否など介護への抵抗も認められるようになり,介護自体にも困難を感じていたことが判明した。
しくじり診療の過程の考察
認知症の方の内服アドヒアランスには誰しも注意をはらっているであろう。
筆者の場合,処方薬は必要最低限とし,内服回数も減らし,内服介助が依頼できる人を探すようにしている。内服含め適度な見守りが必要なことを共有するチームをつくることが重要だと考えている1)。それは家族のこともあれば,近所の人や介護サービスの職員のこともある。
今回のケースの場合,「しっかりした夫」がいたので,安心していた自分がいた。それが1つ目のしくじりにつながった。また,時間が経てば疾患も変化するし,そのチームメンバーも変化する。そのことへの気づきの遅れが2つ目のしくじりの要因だったと考えている。
「しっかりした夫」と家族アセスメントを行っているつもりになっていたことも,ピットフォールとなった。「しっかり」して,かつ「責任感も強い」夫であったのだろう。内服管理をしてくれている,家庭血圧も測定してくれる,妻の観察もしっかりしてくれるなど,筆者のかけていた期待が,この夫には途中から重荷になっていたのかもしれない。そのために,知らず知らずに夫を孤立させてしまい,介護負担を告白することもできずにいたのではないかと考えている。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
本ケースで言えば,もう少し介護者である夫への声かけに工夫ができなかったかと考えている。これ以降,次回外来の日程相談と一緒に,「ちょうど4週間後だから,お薬もぴったり4週間分お出ししてよかったですか?」「もしも余っている薬があるようならば調整しますので,おっしゃって下さいね」などと声をかけている。この聞き方は,飲み忘れや残薬がないかを直接聞くよりも患者側から申告しやすいのではないかと考え,行っている言いまわしである。
認知症の方の内服への基本的スタンスはあまり変わっていないが,状況をある1点だけで判断せず,継続して評価することを心がけるようになった。今回のケースでは,介護者の疾患状況も変化していたが,介護の度合いも,そして介護者の介護負担感も変化していた。その変化に気づくことができるように,家族図の更新を重要視するようになった。また,医療者が介護者の孤立をつくり出すことがあることを知ったため,診察室の中だけでのフォローには限界があるので,看護師や受付事務,ケアマネジャーとはその観点でも話をするようになり,また他の家族にも働きかけるようになったのも,本ケースで学んだことである。
このケースでは,患者の基本的ADL,日常生活的ADL,患者の認知機能評価,家族図の作成もきちんと行われていたのに,家族という背景,特に介護者の状況を充分に把握していなかったために「しくじり」が生じてしまいました。
診療において,医師―患者という二者関係で診療を行っていると,このピットフォールに陥りやすいのです。特に慢性疾患診療においては,常に家族という背景を意識し,初診時から医師―患者―家族の三角関係をイメージして治療計画を立てることが大切でしょう。
慢性疾患では,患者の疾患に対する家族の影響は思ったより大きく,小児では,家族に問題がありストレスが大きければ,患児の糖尿病や気管支喘息のコントロールが不良になることはよく知られています。また,家族の医療に対する希望や考え方は患者治療に大きく影響します。たとえ家族が診察室にいなくても,常に家族を意識しましょう。
高齢者診療では,「疾患を治療する」のではなく,「生活の中の疾患を治療」する意識がさらに必要です。高齢者診療では家族図が非常に大切です。家族図は家族歴ではありません。家族図を作成する際には,単に空欄を埋めていくような作業ではなく,患者や家族と会話しつつ,生活に関わる様々な情報を聴きながら作成することを心がけ,定期的に情報を追加しましょう。家族図は診療計画に有用であるばかりか,情報を聞くこと自体が治療になります。
また,介護者の健康状態や生活を常に意識しましょう。このケースのように介護者が自分の患者でなくとも,介護者の健康や生活機能を評価して,家族全体のケアを意識することが大切です。介護者は,介護をしていない人に比べて不安障害やうつ病,そのほかの疾患に罹患しやすく死亡率も高いのです。また,彼らの介護負担は,実際の介護量ではなく,介護者が介護に対して意味や満足を感じないときに大きくなります。介護者に対する理解や共感,称賛,ねぎらいの言葉を忘れないようにしましょう。
このような意識は,医師だけでなく,医療機関スタッフ,薬剤師,さらには生活面を支える介護サービス担当者と共有するようにしましょう。このケースのような服薬や生活面の情報は,医師には正確に伝わらないことが多く,看護師や薬剤師からの積極的な声がけや,家庭内の生活を見ることができる介護者からの情報を活用することが有用です。
文献
- 日本老年医学会, 他編: 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015. メジカルビュー社, 2015, p17-9.
参考文献
- McDaniel SH, 他: 家族志向のプライマリ・ケア. 第2 版. 松下 明, 監訳. シュプリンガー, 2006.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社