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Aさんは高血圧で他院通院中。嘔吐を主訴にして独歩で夜間救急外来を受診した。バイタルサインは血圧:130/80mmHg,HR:90回/分,体温:35.8 ℃であった。夕食後に突然気分が悪くなり嘔吐を1 回した。「少し頭痛もするし,ふらつく」ということで家人が心配して連れてきた。患者本人は元気そうに見えて,適切に受け答えできていた。
初期研修医であった私は「頭痛と嘔吐から脳卒中の除外が必須である」と考えて頭部CT検査をオーダーし,なんとなく血液検査も追加した。頭部CT検査では異常は指摘できなかった。血液検査では,白血球:15,000/ μ L,CRP:1.2mg/dL であった。先輩医師に相談したところ,「念のため抗菌薬を処方しておいたほうがよい」ということだったので抗菌薬を処方した。A さんに説明したところ,とても感謝されて笑顔で帰宅された。
3時間後,仮眠をとっているところを先輩医師に起こされた。救急搬送されてきた患者は先ほど診察したAさんであった。意識障害あり,低血圧性ショックの状態であった。最終診断は気腫性腎盂腎炎による敗血症性ショックで即入院となった。そのときに初めて目にした,「不整形に散大した瞳孔」を今も忘れることはできない。
嘔吐と頭痛から「脳卒中さえ除外できればよい」と考えてしまい,内科疾患からくる嘔吐を鑑別しなかったために「しくじり」が起きたことを自覚した。
研修医として当直したときに,致命的な頭痛を既にいくつか経験しており,「突然の嘔吐と頭痛を訴える患者は,神経学的所見に異常がなくても,くも膜下出血を考えて頭部CTを撮る」というルーチン思考ができあがっていた。血液検査で白血球増多があったが,嘔吐によるストレス反応と解釈した。敗血症の診療経験もあったが,CRPが低かったことと発熱がなかったので,重症な感染症は否定的と考えた。それらによって,原因は特定できていなかったが,「致死的な疾患はなさそうだから,抗菌薬を投与しておけばよいだろう」と思ってしまった。病歴や身体診察を十分にとらずに検査に頼ってしまったばかりに重症感染症の初期症状を見逃した。
高齢者を診療するときには,感染症でも典型的な症状が出なかったり,体温が上昇しなかったり,著明な頻脈にならないことがある場合を念頭に置くべきであった。CRPは感染初期には上昇しないので,CRP陰性だからといって感染症を除外せずに,「ふらふらする」という訴えが起立時の低血圧症状ではないかと原因検索をすればよかった。脳卒中が否定されたあとに,白血球増多を認識したときには,早期の感染症かもしれないと考えて身体診察しなおすべきであった。
それからは,嘔吐のような非特異的な症状を認めたときにはVINDICATE-Pのような鑑別疾患を広く考えるフレームワークを使うようにして,疑わしい疾患に対して適切な検査とは何かを考えるようにしている。その後,嘔吐と頭痛を主訴にして受診した緑内障発作の高齢者や,糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の成人患者を経験した。
このしくじりは,診断名を明確にせずにお茶を濁したところにあります。高齢者は非典型例が多く,くも膜下出血を除外したのは正しいです。また,この症例は心筋梗塞でもおかしくないものです。高齢者の嘔吐を見たら,①まず何が何でも心筋梗塞を除外すべきです。症状が続く場合は,1回の心電図で判断してはいけません。しつこさが大事です。次に,②頭・耳,③腹部,④全身疾患と鑑別していきます(表1)。
妊娠可能な女性であれば,悪阻の可能性を必ず除外すべきです。感染症でも化学受容体が刺激され,患者は嘔吐します。CRPは感染症以外でも上昇するため,安易に感染症と結びつけてはいけません。感染症を疑うのであれば,尿路,呼吸器,胆道系などの感染巣をしっかり同定して治療方針を決めるようにします。感染症がある場合,quick SOFAを確認しましょう。39.5℃以上の敗血症の死亡率が15.5%であるのに対して,来院時平熱の場合,死亡率が36.3%にもなるので,決して平熱は安心できません1)。
高齢者の感染症では,発熱を認めないことも多くあります。嘔吐,息切れ(呼吸困難),立つことができない(全身倦怠感,足に力が入らない,転びやすい),意識変容(食べない,急に呆けた?)などの非典型的訴えに敏感になる必要があります。非典型主訴で受診した場合,抗菌薬投与が遅れ(1.6vs.0.8時間),死亡率(34vs.16%)も上昇してしまいます2)。
文献
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社