しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 Tさん,70歳代,女性
Tさんは認知機能低下と歩行不安定のため通院困難となり,筆者が赴任する数年前から訪問診療が行われていた。
筆者が診療を引き継いでから,表情が乏しく,抑うつ傾向があることに気がついた。といっても,認知機能低下(認知症とは言われていなかった)という情報もあったため,それが認知機能低下に伴ったものなのか,気分障害なのか,はっきりと指摘することができなかった。椅子からの立ち上がりが不良で,介護保険で手すりのレンタルをされていたが,この症状について夫にいつ頃からか尋ねても,「かなり前から」とのことで,はっきりとしたことがわからなかった。
いよいよ口数も少なくなり,ときどき事実とは異なる妄想のような発言をするようになった。自分がみている半年ほどの期間だけでも,少しずつ病状が進行してきているように感じられた。認知症なのか,気分障害なのか,それ以外の何かなのか,当時医師3年目であった筆者には判断がつかなかった。Tさんと夫に,「一度,現在の症状について専門の先生に相談してみませんか?」と提案すると,すぐに了承が得られた。その後,精神科のクリニックに紹介したところ,「気分の問題もあるけれど,それよりも神経内科領域の問題があるかもしれないので,自分のよく知る専門医の先生に紹介させてもらえないか」と返事があった。そのときは,精神科の医師が何を疑っているのかピンときておらず,手紙にも何の疾患を疑っているかについては書かれていなかった。
ほどなくして,「Tさんにはパーキンソン症状があるため,症状に対する治療を開始する」と神経内科の医師から連絡があった。そういえばTさんには便秘もあったが,これもパーキンソン症状の一環だったのかもしれない。
かなり昔の事例で詳細な経過が不明瞭であり,この症例が認知症を伴うパーキンソン病だったのか,レビー小体型認知症だったのかは,定かではない。
当時,「パーキンソン症状と言えば振戦」と思っていたところもあり,Tさんの緩徐に進行する運動症状と精神症状をパーキンソン症状と結びつけることができず,対応が遅れてしまった。
しくじり診療の過程の考察
診療を引き継いだこともあり,初めてみた状態を患者のベースラインとして受け入れてしまい,認知機能低下と歩行不安定の原因を十分に検証できていなかった。そして,前に診療していた医師は自分の大先輩であり,「何か問題があれば見つけて対応しているだろう」と暗に思ってしまっていた。ベースラインからの振れ幅で考えると,表情が減ったことと抑うつ傾向が目立った変化であったため,気分障害という部分的な解釈から精神科への紹介となってしまった。本来であれば,未検証の歩行不安定の原因と合わせて検討すべきであった。
歩行不安定については介護保険によって手すりなどが取りつけられており,夫の介護への慣れもあり,生活上の支障がそれほど大きい状態ではなくなっていたため,積極的な評価が遅れてしまった。
以上のことが重なりしくじりにつながった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
診療を引き継ぐ際に患者に認知機能低下や歩行不安定がある場合,その原因を自分で再検証し,既知の診断で症状が十分に説明可能か再検証を行っている。画像がある場合は画像も確認し,十分に説明がつかないと考えれば,改めて診断を考え直している。何か不明な点がある場合は,たとえ大先輩であっても,失礼のないように以前の状況や評価を直接尋ねるようにしている。
診療を引き継いで直ちに何か気づいたとしても,患者と家族へは慎重な対応が必要であると思う。患者と家族との信頼関係という意味では,前医に一日の長があるので,新しく赴任した医師がいろいろなことを変えようとすると,患者や家族から「信用の置けない先生」と思われかねない。患者や家族がどんなことで困っているかを探り,しっかりと関係性を築き,タイミングを見計らって,自分の考える新しい評価や今後の対応について相談をしていくようにしている。この際,あくまでも断定的な話し方はせず,患者や家族の考えを聞きながら,望ましい意思決定を支援する立場をとるようにしている。
現在は介護保険制度や地域のリソースについても詳しくなり,生活機能障害への応急対応を迅速に進められるようになったが,それでも生物医学的に修正可能な根本原因への対応をおろそかにしないように気をつけている。この点については自分で気をつけるだけではなく,現在はグループ診療の強みも生かして,ときどき自分以外の医師が自分の受け持ち患者を診察するようにしている。話に聞くだけと,実際に自分でみるのとでは,得られる情報量が大きく違ってくるため,実際にみてみる機会をつくり出す努力をすることも大事であると思う。
また,パーキンソン症状の初発症状が振戦以外であることがむしろ多いことも念頭に,身体の固さ,気分障害,自律神経症状,姿勢反射障害,表情の乏しさ,会話の減少など,いろいろな部分からパーキンソン症状が存在する可能性を考慮するようにしている。その後,主訴が「気分の落ち込み」の初診患者で,最終的にパーキンソン病の診断に到達した症例も経験した。便秘は高齢者にはありふれた症状だが,転倒のエピソードがある場合は他にパーキンソン症状がないかも積極的に調べるようにしている。
このしくじりでポイントとして考えられるのは以下の2点です。1つ目は,「引き継ぎの時点で先入観を持ってしまった」可能性です。引き継ぎまでの数年間に認知機能低下と歩行不安定があったのですが,「もともと認知症があって,腰が悪くてロコモティブ症候群などでだんだん動けなくなったのだろう」という思い込みがあったのかもしれません。診断が今ひとつはっきりしない患者の場合,引き継ぎの際にはその申し送り事項を鵜吞みにするのではなく,疑ってみることが必要です。2つ目は,患者の症状をしっかりと観察・診察して評価することが十分ではなかったのではないかということです。パーキンソン病などの診療に慣れていない医師にはやや敷居が高いかもしれませんが,動作緩慢があり認知機能低下や精神症状を認める患者をみた場合は,「ひょっとしたらパーキンソン病では?」と疑ってみることも心がけたいものです。
ここでパーキンソン病診察時の要点を簡単にまとめてみます。パーキンソン病の振戦は,動作時や姿勢時ではなく安静時に目立つのが特徴で,よく見ると左右差を認めますし,わかりにくいときは暗算負荷などをすると目立つようになります。パーキンソン病の筋固縮には,一様な抵抗を感じる鉛管様固縮と,ガクガクと間欠的な抵抗を感じる歯車様固縮の2通りがありますが,わかりにくいときは,検査するのとは反対の手を握ったり開いたりする(誘発)と,より感じやすくなります。無動は運動量も運動の速さもどちらも減少してきます。歩く姿勢を観察すると,前傾姿勢,つま先を開かない小刻み歩行,腕の振りが小さい・歩行時に手が震えるなどの特徴を認めます。
初期パーキンソン病の症状の基本は①安静時振戦,②筋固縮,③無動の3つです。現在は④姿勢反射障害(突進現象)も含めて四大徴候と言いますが,姿勢反射障害はパーキンソン病の中期以降に出現する症状であり,病初期から認める場合はむしろ進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)など,他の疾患を考えるポイントになります。最近のパーキンソン病の考え方としては,Langstone1)が提唱しているParkinson complexという考え方のように,パーキンソニズム(運動症状)はパーキンソン病という疾病のごく一部にすぎず,それ以外の症状(非運動症状)がきわめて多彩なのが特徴と言えます。非運動症状のみでパーキンソン病を疑うことはほとんど不可能ですが,一般内科の先生には,パーキンソン病の非運動症状の中でも自律神経症状(便秘,低血圧),レム睡眠期行動異常(rapid eye movement sleep behavior disorder:RBD),抑うつ状態,嗅覚低下などの複数の症状を呈する患者をみたときには,パーキンソン病の可能性を頭の片隅に置き,四大徴候などの運動症状の有無をしっかりと観察・フォローするよう心がけて頂ければと思います。
この症例の先生は,このしくじりを契機として引き継ぎ患者の症状や画像などに注意を払い,自分なりに疑問があるときにも患者に伝えるタイミングを見計らっているなど,その後は非常にしっかりとした対応をされているので,引き続き研鑽を積んで頂ければと思います。
文献
- Langstone JW:Ann Neurol. 2006;59(4):591-6.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社