しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Sさん,30歳代,女性
生来健康で当院の受診歴はなかった。母親は高血圧症で当院へ通院している。
3日前の夕方より右腹痛が起こった。便秘によるものと考えていたが改善せず食欲不振もある。痛みが悪化してきたため受診した。
歩行時に右腹部に響くような痛みがある。じっとしていると痛みは軽いが動くと悪化するため,ゆっくりと歩行し診察室に入ってきた。発熱,吐気,下痢,便秘はなかった。2カ月前に人工妊娠中絶を行っており,「その後,生理はまだない」ということであった。独身であり,人工妊娠中絶をしたことは母親には言っておらず,「内緒にしてほしい」と言われた。
診察のためにベッドに移動し臥位をとろうとすると痛みは増強した。右腹部全体に圧痛,叩打痛があり,反跳痛も認めた。McBurneyに圧痛を認めた。妊娠反応は陰性であり,急性虫垂炎を疑い,病院外科に紹介した。
後日,病院の婦人科から返事があり,「Fitz-Hugh-Curtis症候群,当院外科よりコンサルトされました。疼痛部位は右中腹部から上腹部で,血液検査は軽度の炎症反応,CT検査では虫垂は正常でした。付属器の圧痛,帯下の増加があり上記疾患を疑い,尿検査よりクラミジアを検出いたしました。アジスロマイシンの内服処方にて症状は改善しました」と書かれていた。
しくじり診療の過程の考察
女性の腹痛ということで妊娠関連疾患は考えた。「人工妊娠中絶後,生理がまだない」ということだったため,妊娠反応検査を行い陰性は確認していた。腹膜刺激徴候もあったため,妊娠関連ではなさそうと考え外科に紹介した。
紹介状の返事で「Fitz-Hugh-Curtis症候群」と診断されたと知らされ恥ずかしい思いをした。今から考えてみると,以下のことから,虫垂炎による腹膜炎とは異なる臨床症状だったと思われた。
- ①腹膜刺激徴候はあったがじっとしていると痛みが治まっていた
- ②ベッドに臥位になったり,起き上がったり,側臥位になったりするような「体動時」の痛みを強く訴えていた
- ③発熱がなかった
また,人工妊娠中絶を行って間もない時期で,母親にはそのことを内緒にしており黙っているように依頼された。そのため,それ以上踏み込んだ家庭環境については尋ねにくい雰囲気になってしまった。また,普段みていない若い女性患者に対して生理のこと,妊娠のこと,パートナーのことなどを問診するのには抵抗があった。詳しい問診ができなかったことが,鑑別疾患で抜け落ちる原因だったとも考えられた。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
この症例後は,腹痛などの症状があった場合は,「女性で腹痛がある場合は,妊娠や性感染症も考えなければならないのでみなさんに聞いているのですが……」と前置きをして問診するように心がけてはいる。それでもドクハラ,セクハラと思われるのではないかと内心ビクビクしている。
このしくじりは,非選択的に患者をみる総合診療医の外来では,よく起こることだと思います。社会的要因も含めた複数の要因が絡む中,ごく短時間でマネジメントしなければならない場面が多々あるからです。
この症例から学ぶ論点を2つ挙げたいと思います。1つは,普段みていない女性患者に性生活などについて聞きにくいという点です。男性であれ,女性であれ,性的マイノリティの人であれ,性生活について聞くことは,どの医者にとっても,どの患者にとっても,尋ねづらさや答えづらさを伴うものと考えます。
症例の先生はその後,「女性で腹痛がある場合は……」と前置きをするようになったということですが,とても良い方法だと思います。筆者も聞きづらいことを聞くときはこの方法を使います。たとえば,「これはみなさんに伺うことですが……」とさらっと話を始めたり,「お答えしづらいことかもしれませんが……」と切り出したりします。未成年などで保護者同伴の場合は,「診察しますから,お母さんは待合室でお待ち下さい」と言って,患者本人だけになったときに聞きます。これらは性生活以外の問診にも使えます。
またドクハラ,セクハラにとられることを避けるためには,問診や腹部・陰部の身体診察の際に,看護師など自分以外を診察の補助として同席してもらいます。問診で患者がそのスタッフがいることを気にして話さないようであれば,患者の視界に入らないカーテンの影などへスタッフに移動してもらい,会話を聞いていてもらいます。これはハラスメントを予防し,また患者からあらぬ訴えをされないように自己防衛の意味もあります。
もう1つは,医師の感情面が問診や診断に悪影響を及ぼすという点です。臨床推論において,診断エラーの重要な因子として医師が抱く感情が挙げられています。この症例のように,医師としてよく知っている患者である母親に対し,その娘から「内緒にしてほしい」と言われれば筆者も動揺すると思います。性の問題だけでなく,患者が診察室で泣く,怒るなど感情的になったとき,また自分が失態をしたときなど,動揺することはままあります。診察に集中できなかったり,思考過程がゆがんだり,いつも通りの診察手順を踏めないこともあります。そんな中で身体疾患の鑑別を冷静に行い,重症度を考え正しく対処するのは至難の業ではありますが,だからこそ日々訓練が必要です。
動揺したときには,頭を冷やす意味で身体診察が大切だと考えています。「(思考が)止まったときの身体診察」が合い言葉です。腹痛だとしても,あえて頭部から足先までひと通り診察します。この時間で自分の気持ちの整理ができたり,忘れていた質問や鑑別疾患を思い出したりすることがあるからです。また,鑑別疾患についてはまず「重症度はどうか,最も大事なことはなにか」と考えます。動揺しながらも「この症例は中等症で後方医療機関の受診が必要」というところにたどりつくことができれば,最低限のことはできた考えます。症例の先生は,鑑別診断でFitz-Hugh-Curtis症候群が抜け落ちたことを残念に思われているようです。直感的な診断や思い込みを避けるためには,網羅的鑑別診断列挙法のVINDICATE-Pなどを利用しようと言われています。しかし,筆者はとっさにこんなにも出ないので,後方病院に送るような症例は,自分の中で最低3つの鑑別疾患を挙げることにしています。今回の症例提示では,鑑別は腹膜刺激症状がある30歳代女性ということで,急性虫垂炎,子宮外妊娠などの妊娠関連疾患を挙げています。2つまでは挙げているので,「あともう1つは?」と考えると次は骨盤内炎症性疾患が入ってきたかもしれません。
また,自分が動揺しやすい症例の傾向が見えてくることがあります。30歳代女性の診察は何かしら失敗することが多いなどというような不安がよぎるようであれば,「これはいつもの私が動揺するパターンの患者だ。あえて淡々と診察しよう」と心の準備をし,バイアスにそなえる場合もあります。
以上,ご参考になれば幸いです。
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社