しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Nさん,39歳,女性
Nさんはパチンコ店店員の主婦で,5歳と7歳の子どもがいる。主訴は嘔気・嘔吐で,家族歴と既往歴に特記事項はなかった。1年来続く食後すぐの嘔気と少量の嘔吐を主訴に,X年8月に当科(一般内科)を初診。毎食後少量だが必ず嘔吐し,吐物は食物残渣である。腹痛も下痢もなく,最近の体重減少もなかった。
●身体所見
- 結膜に貧血,黄疸なし
- 頭頸部や胸部に明らかな異常を認めない
- 腹部は平坦軟で圧痛なし。腸蠕動音正常
- 下腿浮腫なし
●血液検査
- 明らかな異常を認めず
初診時は消化不良を疑い消化剤と整腸剤を処方し,胃内視鏡検査と腹部超音波検査を予約した。
9月中旬に検査を施行し,胃内視鏡検査で表層性胃炎を認め,腹部超音波検査では異常なしであった。9月下旬の再診時には,内服でも症状の改善を認めず,「ときどき心窩部痛がある」とのことでH2ブロッカーを追加し,胃X線検査を予約した(10月上旬に実施し異常なし)。10月中旬の再診時には「食後の嘔吐は続いていたが,心窩部痛は改善してきた」とのことで,内服を継続し,1カ月後に再診とした。
11月8日の再診時,症状の改善がみられず精査を希望したため,造影CTとMR胆管膵管撮影(MRCP)を予約。問診で妊娠の可能性はないことを確認し,造影CTは11月22日に,MRCPは11月27日に予約,12月4日に結果説明とした。11月22日の造影CTでは,腹痛,嘔吐の原因となる病変なし,子宮内に胎囊が映っていた。
11月27日,MRCP予定であったが放射線科医師より連絡があり,検査前に診察。Nさんは妊娠を否定したが,最終月経は10月15日頃で,ここ1カ月以内に性交渉あり。月経が認められないのでMRCPは延期し,念のため産婦人科受診を指示したところ,妊娠6週であることが判明した。翌日,夫とともに来院するように指示した。
11月28日にNさんは1人で来院。内科部長とともに,放射線検査により胎児に影響が出る可能性を説明し,再度産婦人科を受診するように指示した。産婦人科の再診で,「もともと挙児希望はなく,今回の妊娠は浮気相手との妊娠であること」が判明。夫との性交渉は5年近くなかったという。Nさんは人工妊娠中絶を希望した。
しくじり診療の過程の考察
本症例では,嘔吐,腹痛の原因精査のために,腹部造影CT検査を施行したが,最終月経は10月15日頃であり,患者が11月8日の時点で「妊娠の可能性はない」と言っていたために,約2週間後にCT検査を予約した。胎囊が映るというショッキングな所見を認めたが,挙児希望なく,患者も気づいていない妊娠であり,被曝を回避するのが困難であった。
妊娠6週は絶対過敏期であり,最も放射線被曝を避けなければならない時期である。国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection:ICRP)は,ICRP Publication 84「Pregnancy and Medical Radiation」を公表しており,胎児奇形や精神発育遅延などの放射線影響に関する胎児線量の閾値(影響が発生する最低値)を100~200mGyと勧告している1)2)。骨盤部CT検査は3回分に相当し,今回は造影をしているので,骨盤部を3回撮像しており,検査1回で閾値を超えてしまい,胎児への影響が懸念される状況であった。
検査予約時点で妊娠の可能性がなくても,検査日程が先の場合は,妊娠の可能性を考慮すべきであった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
予約時に妊娠が確定していなくても,妊娠可能年齢の女性の放射線検査には,避妊の指示,もし妊娠の可能性があれば,検査前に申し出るように指導するよう心がけている。
このしくじりはクリアするのが難しいですね。筆者はこのトラップを避ける自信がありません。
Dr.Tierneyの箴言に‘In women less than forty with nausea and vomiting, a pregnancy test may save an expensive and extensive evaluation.’3)がありますが,本症例のように1年以上続いている主訴で繰り返し受診する患者に対して,早期閉鎖を回避することは非常に困難だと考えます。しかも,問診で妊娠がないことを確認しています。早期閉鎖に陥りやすい状況をカバーするシステムが作られているにもかかわらず,それをすり抜けてしまったわけで,病院にとっても患者にとっても運がなかったと言いたくなるのが正直なところです。とは言え,今後に向けて何か改善点がないでしょうか?
まず,妊娠の可能性に関する問診に工夫ができるかもしれません。単に「妊娠の可能性はありませんか?」と聞くよりは,最終月経日を確認するほうが確実とされています3)。Dr.Tierneyはあまり勧めていないようですが3),患者の羞恥心に配慮しつつ最終性交日を確認することも考慮しましょう3)。当院は婦人科を標榜しているため,月経や妊娠について聞きやすい雰囲気があるのは有利なところです。一般的な診療所や病院でも,医師が日常診療の中で躊躇せず聞くことを習慣づけるとよいと思います。
次に,確定診断を求められる病院では無理でしょうが,診療環境が許せば「妊娠可能年齢の女性には腹部単純X線撮影は行わない。腹部の精査はH&Pとエコーのみ」をポリシーとしてもいいかもしれません。筆者はこの方針でやっています。もっとも,X線撮影をまったく行わないわけではありません。表14)のように,腹部X線や骨盤X線と比べて胸部X線の被曝量は低いため,胸部X線は同意の上で撮影しています。
文献
- ICRP( 国際放射線防護委員会):ICRP Publication 84(Pregnancy and Medical Radiation).
[http://www.icrp.org/docs/ICRP_84_Pregnancy_s.pps] - 河村愼吾: 治療. 2003;85(4):1441-7.
- 上田剛士: 第23 章 悪心・嘔吐. 診察エッセンシャルズ. 新訂第2版. 松村理司, 監, 酒見英太, 編. 日経メディカル開発, 2016, p259, 261.
- CICRP勧告翻訳検討委員会:妊娠と医療放射線, 日本アイソトープ協会, 1-22, 2002.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社