しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Mさん,70歳代,男性
他院で降圧薬を処方されていたが,今後は当院から処方してほしいと10年前から通院されていた(当初は別の医師が担当)。
当院への転院後,スクリーニングで実施した血液検査でAST,ALT,γ-GTPにそれぞれ50程度の上昇がみられた。Mさんによると,「これまで健診で肝機能異常を指摘されたことはなかった」とのことだった。追加でB,C型肝炎の検査(HBs抗原,HCV抗体)をしたところ,それぞれ陰性であった。次に腹部超音波検査を実施し,脂肪肝と診断された。減量,節酒などの生活習慣改善により,AST,ALT,γ-GTPともに低下傾向がみられた。以後,2~3カ月おきに血液検査で肝機能をチェックし,2年後にはそれぞれ20台に正常化した。それ以降は,おおむね半年ごとに血液検査を実施していた。
筆者は8年前からこの患者の担当となり,症状がなくても半年ごとの血液検査を継続していた。経過中,AST,ALTが50程度に上昇することはあったが,節酒など生活習慣を改善することで数カ月後には正常化するエピソードが2度ほどあった。別の健康問題から7年前に腹部CTを撮影していたが,その際,肝臓に異常はみられなかった。
今回,定期的に行った血液検査で,AST,ALTに70台の上昇がみられたため,追加でB,C型肝炎の検査を実施したところ陰性で,腫瘍マーカーの上昇も認めなかった。これまでと同様の生活習慣改善を指示し,2カ月後に再検査をしたが,肝機能の低下はみられなかった。腹部超音波検査を実施したところ,肝内に多発性の占拠病変がみられた。近隣病院の消化器内科に紹介し,多発性肝細胞がんと診断された。
しくじり診療の過程の考察
前任者のカルテは確認しており,肝機能異常のエピソードも認識していたが,脂肪肝という診断がされていたため,「脂肪肝の患者」という思い込みがあり,肝細胞がんの発症は予測していなかった。初回の肝機能異常であれば,肝炎などのチェックとともに画像検査も実施することにしているが,これまでにも「肝機能異常がみられたが生活習慣改善で低下した」というエピソードがあったため,画像検査のタイミングが数カ月遅れてしまった(幸いにも転移はみられず,肝細胞がんの治療経過は良好である)。
定期的に血液検査で肝機能をチェックしていたものの,以前の肝機能異常は正常化していたため,プロブレムリストに肝機能異常を挙げておらず,画像検査は定期的に実施していなかった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
当院はグループ診療制をとっているため,担当医が替わることも多く,患者ごとにサマリーを記載している。解決済みのプロブレムであってもサマリーに挙げておき,担当医が替わっても以前の経過を把握できるように,これまでにも増して心がけるようになった。
慢性B,C型肝炎については,画像検査のフォロー計画などガイドラインで推奨されたものがある。今回のように「脂肪肝」と診断した患者について,どのくらいの頻度で血液検査や画像検査を実施すればよいのか,いまだに答えを見つけられていない。
提示症例は,結果的には肝動脈塞栓療法(transcatheter arterial embolization:TAE)によりがんは完治し,「しくじり症例」とは言えない症例と考えます。さらに,本例では腫瘍マーカーも基準値内で,画像検査でしか発見機会のない症例でした。
さて,本例のような飲酒のある脂肪肝をみたときは,アルコール性と非アルコール性にわけて考える必要があります。ここで言う非アルコール性とは「1滴もアルコールを飲まない」という意味ではなく,エタノール換算で女性1日20g以下,男性では30g以下でみられる脂肪肝のことです。エタノール1日20gとは,日本酒なら1合,ビールなら中瓶1本に相当しますが,本例は節酒程度の指導であったので,アルコール性脂肪肝やアルコール性肝炎の状態ではなかったと推察されます。
一方,非アルコール性脂肪肝(non-alcoholic fatty liver disease:NAFLD)は,人間ドック検診者の約25%がその範疇にあると言われ,高度肥満で約80%,糖尿病では約50%,脂質異常症では約40%がNAFLDを合併しているポピュラーな病態です。NAFLDには,ほとんど病態の進行しない単純性脂肪肝である非アルコール性脂肪肝(nonalcoholic fatty liver:NAFL)と,肝硬変・肝がんと進行する可能性のある非アルコール性脂肪肝炎(non-alcoholic steato-hepatitis:NASH)という予後の違う2病態があり,NAFLDの約10~25%がNASHと推定されています。その鑑別・確定診断には組織的診断が必要とされていて,NASHの予後に寄与する組織所見は肝線維化1)のみであり,NASHからの発がんもほかの慢性肝疾患と同様に,線維化が進行すれば危険度が増加します(NASHのうち約25%が肝硬変に進行し,その約25%で発がんすると言われています)。しかし,肝生検は侵襲的な検査であり,線維化進展評価のために経時的に何度も施行することは一般的ではありません。
一方,NASH肝硬変からの5年発がん率は約10%で,C型肝硬変の約30%より低値ですが,実はアルコール性肝硬変の約7%より高率です。
日本肝臓学会の「肝癌診療ガイドライン」2)では,サーベイランス(発がんスクリーニング)は,超音波検査を,超高危険群(ウイルス性肝硬変)では3~4カ月ごと,高危険群(ウイルス性慢性肝炎,非ウイルス性肝硬変)では6カ月ごとに行うことが提案され,同じ頻度で腫瘍マーカー検査(AFP,PIVKA-ⅡおよびAFP-L3分画)を実施することが推奨されています。さらに,超音波検査での小病変発見が困難であると考えられる症例(肝萎縮,高度肥満,粗糙な肝実質など)では,dynamic CTやdynamic MRI(Gd-EOB-DTPA造影MRIを含む)の併用を許容しています。
慢性肝疾患の肝繊維化の程度を確認する方法として,血液検査(AST,ALT,血小板)と年齢の4項目を用いたスコアリングシステムのFIB-4 indexがあります(図1)。ALTの平方根の計算があり複雑ですが,日本肝臓学会のHPの「肝臓学会関連の診察情報」でFIB-4 indexの計算サイトが案内されていて簡単に算出することができます3)。
症例の提示情報では,生活指導などで脂肪肝による肝機能障害は一時軽快したようにみえますが,線維化の程度は不明でしたので,症例の先生に確認したところ,血小板が当初より18万以下で,肝機能,血小板,FIB-4 indexの推移は表1のようになりました。
今回の症例は,「しくじり」には至りませんでしたが,血小板数的にもFIB-4 indexからも単純性脂肪肝ではなさそうですので,初回1度の画像検査で,経過観察が肝機能検査のみの採血では不十分だったかもしれません。なお,本症例は多発発がんの症例ですので,NASH肝硬変であっても今後は超高危険群に準じた綿密なフォロースケジュールが必要でしょう。
まとめ
- 脂肪肝の疑われる症例では,FIB-4 indexを計算し,NASH例の拾い上げを行う
- NASH例で高度線維化が推定される症例は,ウイルス性肝炎の高危険群に準じた半年ごとの腫瘍マーカー(AFPとPIVKA-Ⅱの同時採血)と超音波検査でフォローする。高度肥満例では年1回,ほかのModalityでの評価も考慮する
文献
- Angulo P, et al:Gastroenterology2015;149(2):389-97.
- 日本肝臓学会:肝癌診療ガイドライン2017.
[https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/examination_jp_2017] - 日本肝臓学会:FIB-4 index 計算サイトのご案内(EA ファーマ 提供).
[https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/medicalinfo/eapharma]
参考文献
- 川口 巧, 他:医事新報. 2014;4702:62.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社