しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Gさん,57歳,男性
Gさんは,特に既往のない会社役員の男性。ある冬,インフルエンザに罹患してクリニックを受診。その際に測った血圧が182/102mmHgであった。聞くと,5年ほど前から会社の健康診断にて血圧が高いことを指摘されていた。医療機関を受診するようにと会社からは言われていたが,仕事が忙しく平日の受診がなかなか難しいということで受診はしていなかった。今回の受診では,インフルエンザの治療を優先し,改めて5日後の再診を約束して帰宅。次回は健診結果も持ってきてもらうようにお願いした。
再診の日,健診結果を見ると,血圧は収縮期血圧が160~180mmHgであった。家庭血圧を測定してもらうよう依頼したところ,収縮期血圧が160mmHg前後で拡張期血圧が90mmHg前後であった。診察や一般的な血液検査,心電図などでは特に異常はなく,本態性高血圧と考えて降圧薬を開始し,10mmHg程度は下がったが十分ではない。「いびきがひどくないか,無呼吸はないか?」とGさんに聞いても「ない」と答える。日中の眠気はときどきあるということであったが,睡眠時無呼吸症候群の可能性は低いと考えた。
Gさんの妻が当院に通院しており,妻に聞いてみた。すると,「寝ているときに,結構呼吸が止まっていることが多く,いびきも年々ひどくなっている。歳のせいでしょうがないと思っていた」ということであった。改めて,本人にEpworth眠気尺度日本語版(JESS)1)をもとに問診を行うと,15点とそこそこの睡気を自覚している状況であった。早速,簡易睡眠時無呼吸検査を行ったところ,無呼吸を示唆する結果であり,近くの病院にポリソムノグラフィーを依頼すると,無呼吸低呼吸指数(Apnea Hypopnea Index:AHI)が30であり,睡眠時無呼吸症候群の診断であった。睡眠時の持続陽圧呼吸〔CPAP(シーパップ)〕療法を行ったところ,血圧が正常域まで下がり,日中の眠気も解消されることとなった。
しくじり診療の過程の考察
Gさんが,「いびきもひどくなく,無呼吸もない」と答えたことで,睡眠時無呼吸症候群の可能性が低いと考えたことがしくじりであった。二次性高血圧の可能性も常に念頭に置いて診療を行うことは大切だが,その中で,睡眠時無呼吸があるかどうかを確認することが必要だったと考える。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
高血圧の患者をみたときには,二次性高血圧の可能性も常に念頭に置いて診療を行う。その中で,睡眠時無呼吸があるかどうかは,ベッドパートナーに聞くことが大切である。本症例を経験してからは,ベッドパートナーに聞くか,直接聞ける状況でなければ,患者本人に聞いてきてもらうように依頼している。また,日中の眠気を少しでも自覚しているときには,問診の中にJESSを導入することにし,適応があれば積極的に簡易ポリソムノグラフィーを行うようにしている。
このしくじりは,診療所や市中病院の一般外来を担当している誰しもが経験する例です。睡眠時無呼吸症候群の有病率は成人男性の約3~7%,女性の約2~5%と言われており,決してめずらしい疾患ではありません。男性では40~50歳代に多く,女性では閉経後に増加するようです。その年代の高血圧の初診患者には積極的に問診して,JESSやベッドパートナーへのアプローチをし,診断を試みていきましょう。睡眠時無呼吸症候群を疑った場合の検査では,最初から簡易ポリソムノグラフィーをレンタルするなどして装着してもらえれば,AHIが算出できます。40以上の重症例であれば,ポリソムノグラフィーを病院に依頼することを省略して,自施設でCPAPを導入できることになり,診療がスムーズになります。
かく言う筆者も先日,数年通院している患者(還暦前メタボ体型で降圧薬2剤服用)のサマリー作成時に,睡眠時無呼吸症候群の合併の可能性に気づいて簡易ポリソムノグラフィーを実施したところ,AHIが40超えだったという経験をしました。このように,睡眠時無呼吸症候群を見過ごされ漫然と高血圧で治療されている方も多くいます。好発年齢の患者に対しては,疾患を念頭に置きカルテレビューをすることが重要ですね。また,Gさんは今回のCPAP導入で内服が必要なくなったと思われますが,このような場合は注意が必要です。CPAPの機械レンタル料は,「在宅持続陽圧呼吸療法指導管理料」として受診時に所定の点数が算定され,医療機関が業者の請求に応じて支払います。ですので,仕事で多忙な患者が,内服薬の処方目的ではない定期的な通院が継続できないと,医療機関は保険診療をしていないにもかかわらず業者にレンタル料を払い続けなければなりません。患者にはシステムを十分理解してもらう必要があります。
平成30年4月の診療報酬改定から,3カ月ごとの通院(3カ月分の機械レンタル料の支払い)が可能になり患者の利便性が向上しましたが,特に注意すべきです。当初は毎月来院して頂き,その際には様々な視点から生活指導をしていきましょう。
文献
- iHope Internationalホームページ:ESS(Epworth Sleepiness Scale) 日本語版(JESS).
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社