しくじり症例から学ぶ総合診療
事例 スタッフ:30歳代,看護師
開院当初からオープニングスタッフとして雇用していた。仕事の覚えや手際も良く,記憶力に長けて患者の情報などをよく覚えているなど,優秀なスタッフであった。
その一方で,自分のペースを優先した仕事の組み立てをする,プライベートの用事があるときに全体の仕事の流れも早く終わらせようとする,場をわきまえない私語が多い,他者との距離感がつかめず敬語を上手に使えない,待合室でプライバシーに配慮せず大きな声で予診をとってしまう,新人や業者に対して見下した言動で接する,イレギュラーな仕事に対して強い拒否を示す,休憩中の雑談は常に自分のことを話したがる,など態度面の問題が続いていた。特に接する時間の長い他の看護スタッフのストレスは大きく,問題の看護師について訴えが継続的にあった。
本人には何度も教育的指導や面談を行った。しかし一時的に態度は改善するものの,しばらくするとまた元に戻る,ということの繰り返しであった。指導に対しても素直に受け入れない態度がみられたことや,納得している場合であっても教育的な指導があまりに多くウンザリしている様子もあった。一方で,「この職場での仕事を続けられないかもしれない」と本人がボヤいていることなども他のスタッフから聞いていた。
しくじり事例の過程の考察や対応
過去の職場で長続きしたところがない,他者の気持ちに共感した態度が示せない,場違いな言動を行ってしまうようなことを繰り返す,ということなどから,発達面にコミュニケーションの障害があるのではないかとも考えられた。その他,トラブルではないが,手技や処置など手先の器用さに関わることが苦手であるなども,発達面の問題を示唆した。
本人にもその考察のフィードバックを行ったところ,当初は「なぜ今までどの職場でもうまくいかなかったのか,長年の疑問が氷解した」と納得した様子であった。しかし,その後も同様の問題や指導が続く中で,「私,障害者ですから」などと自虐的に反発する態度などもみられるようになり,正確な診断を受けることなども促したが強い拒否を受けた。
スタッフ間では「わざと問題行動を起こしているのではなく,そのような特性である」ということを何度も説明したことで共通理解されており,職場全体では受容的態度で接していた。しかし,「特性であるがゆえに根本的に変わることはできない」と理解して接するしか対応はないことが逆に,全体の諦めムードを生じさせることにもなった。
一方で,問題は問題として本人へのフィードバックや教育的指導は継続せざるをえなかった。本人やスタッフとも相談し「待合室での予診はいっさいとらない」「患者・スタッフ・業者など相手に限らず基本的に敬語を使う」「休憩中の雑談では,まず自分のことを話すのではなく,相手の言うことを聞いてから発言する」など,わかりやすい本人ルールをつくった(休憩中までルールをつくることの悩みはあったが,トラブルが生じているため仕方がなかった)。また,患者対応の問題が続いたときは,労使関係としての対応として,ボーナスの減給などを行ったこともあった。
最終的にはプライベートの事情での転居を契機に退職することとなり,良好な関係を保ったままの円満退職となったが,お互いに胸をなでおろしているような心象であった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
家庭医外来は扱う領域や年齢の幅も広く,スタッフもコミュニケーション力や臨機応変な対応を求められる場面も多いため,発達面の特性を持つスタッフは混乱や苦労をより多く感じやすい環境とも言える。定型的な業務が多く,コミュニケーションの少ない部署への配置転換などができるとよいが,診療所というセッティングから他の適切な部署もない。もし病院などであれば,そうした部署へ配置転換することを検討してもよいかもしれない。
教科書的な対応ではあるが,指示を明確・具体的にしてルール化することは一定の効果がある。特にコミュニケーションに関するトラブルについては,今回「基本的に敬語を使う」としたような,“雰囲気や相手との距離感を察して対応することができない”ことを前提としたルールづくりを考慮した。
トラブル面に注目して解雇を促すということも手段としては可能である。ただし,相手が納得しないかたちで解雇を急ぐことは,逆に労使紛争などに発展しかねない。その場合でも社会保険労務士と相談したり就労規則などにも則って,注意・指導からはじめる。問題の記録などはできれば書面でも行った上でしっかり残し,それでも改善しない場合は懲戒処分・退職勧告・解雇に進むなど,客観的にも妥当なステップを踏む必要がある。その他,採用時に「採用しない」という選択もあるかもしれない。
頻繁に職場が変わっているという職歴はある程度,本人に何らかのトラブルが生じやすいことを示唆しているため,以前の職場の退職理由を確認する必要がある。しかし,採用時の面接や履歴書だけでは,なかなか本人の性格やコミュニケーション能力まで正確に評価することはできない。そのため可能であれば“つて”などを通じ,事前にそれまでの働いた職場の情報を得ることができれば判断材料になる。過去,この事例とは別に採用しかけたスタッフがおり,たまたまその人と以前一緒に働いたことのある知人がいたため聞いたところ,「その人だけは採用しないほうがよい。以前の職場ではトラブルメーカーで,苦労の交渉の末に何とか辞めてもらった」という情報を得て,採用を取り消したという経験があった。
診療所のような小さな組織では,労務に関わる問題は意外に大きな問題に発展するものです。休暇の取り方,クレーム対応,職員同士のささいな人間関係のトラブルから,本事例のような本人の特性に関わる問題が時には医療事故につながることもあり,頭を悩ませるところです。地域の診療所では,従業員も同じ地域の住民であることも多いので,画一的な対応がとれないということもよく経験します。医療機関は,どうしても性善説に基づいた信頼関係を主体としており,このあたりをあまり厳しくするとかえって雰囲気が悪くなるので,その匙加減もなかなか難しいところです。ということで,もちろん就業規則の作成に始まる労働環境の整備なども大切ですが,結局は本事例と同様に,採用時に十分な検討を行って,後々トラブルに発展しないようにしておくのが最善の対策になるのだと思います。
当院も,かつては斡旋サービスや求人広告などを用いた採用を行ったこともあるのですが,結局最終的には口コミ(紹介)で雇い入れた人だけが現在も勤務を継続してくれています。たとえ紹介してもらっても,その紹介者のことをよく知らない場合や,応募者本人と紹介者の関係があまり強くない場合は,面接で判断することになります。履歴書を見て,転職を繰り返していたり勤務期間が短い人などは特に注意します。また,試用期間を設定して,その間の勤務状況を見た上で本採用の可否を決定するのもひとつの方法です。
とは言っても,人と人との相性や,その人の特性は長く勤めてみないとわからないところもありますし,結婚や転居などで,その人を取り巻く環境が変化することをきっかけに問題が発生することも稀ではありません。そのときに発生する問題ごとに,時にはルールに基づいた厳しい対応が必要になってくることもあるので,一概に「こうすべき」ということはありません。最終的には院長の総合的な判断がすべてのような気がします。
ただし,経営者としてその判断は一貫するようにし,必要時には外部の専門家に助けを求めましょう。そのためには基本的な労働関係法規には目を通し理解をした上で,専門部署と連携をとれるように,日頃から準備しておくことが最も重要なことだと考えます。
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社