しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Bさん,80歳代,男性
数年前から慢性心房細動,高血圧などでフォローしていた。8年前には構音障害のため往診後に救急搬送し,脳梗塞と診断されたが幸い後遺症もなく,外来通院を再開。5年前にも心原性脳塞栓症にて入院したが,症状が改善したため外来通院を継続できていた。
3年前のある日,高熱のため連絡があり往診を実施。動くことも困難な状態であったため,基幹病院へ救急搬送した。尿路感染症および神経因性膀胱との診断で入院加療。抗菌薬治療にて尿路感染症は改善したが,尿道カテーテル留置が必要な状態となってしまった。入院主治医からは,「しばらく病院外来(泌尿器科・内科)にて経過をみたあと,状態が安定したら診療所に戻す予定である」との情報提供があった。
しかし,その後も診療所へ戻ることはなく,病院外来への通院が続いている。妻に聞くと,「病院へは2カ月に1回程度通院しているが,調子が悪くなって何度か救急車で受診をしている」とのことであった。「隣町の病院まで連れて行くのは大変であり,困ったときに往診をしてもらえるため,本当は以前のように診療所への通院を希望したいが,孫がいろいろ決めているので私(妻)は意見を出せない」と言う。
しくじり診療の過程の考察
Bさんが紹介したまま帰ってこなくなった理由(しくじりポイント)として,3つの要因が考えられる。
①病院医師との関係が構築できていなかった
1つ目の要因として,病院医師との顔の見える関係ができていなかったことである。 本症例を経験するまでは,精査や治療のために病院へ紹介しても,よほど専門治療の継続が必要なケース以外は,精査加療後に再び診療所へ戻ってくることがほとんどであった。そのため,紹介したあとの動向を意識することが少なく,ともすれば紹介したことすら忘れてしまうこともあった。入院主治医とも手紙による情報提供のみの関係であり,顔もわからないということも多かった。
しかし,立場を置き換えてみると,入院主治医として,紹介元の医師がどのような診療を行い,患者や家族とどう向き合っているかがわからない状況では,リスクのある患者をそのまま帰すのには躊躇したのではないかと考える。本症例では病院の入院主治医と外来主治医が別であり,入院までの経過が外来主治医に伝わっていない可能性もある。
②地域医療連携室との関わりがなかった
2つ目の要因として,地域医療連携室(ソーシャルワーカー)との関わりを持てていなかったことである。
本症例では,Bさんの情報共有は入院主治医との情報提供書でのやりとりのみであった。昨今では,病院と診療所とのつなぎ役として,地域医療連携室が重要な役割を担っている。医師は入院治療に専念し,それと並行して地域医療連携室が中心となって退院調整をすることも多い。当時は地域医療連携室との日常的な関わりが少なく,診療所でどの程度対応できるかという情報を共有できていなかったため,退院後は病院外来通院がよいという選択肢になってしまったのではないかと考える。
③キーパーソンを把握できていなかった
3つ目の要因として,キーパーソンを把握できていなかったことである。
Bさんは妻と2人暮らしであり,診療所にはいつも一緒に通院していた。高齢者であるが2人とも理解力が十分にあり,日常診療での意思決定はその場で行うことができた。そのため,夫婦以外の家族の状況についてあまり考慮していなかった。あとからわかったことだが,キーパーソンの孫から夫婦は生活上のサポートを受けており,そのために妻は孫に対して意見を出せないとのことであった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
患者を紹介した後,病院でどういう経過をたどっているかを注意深くフォローすることができていれば,また違った転帰になったのではないかと考える。その対策として,紹介患者一覧を作成し,紹介理由と転帰を常に把握できるようにしている(表1)。様々な理由で紹介先の病院から返信がこない場合や,紹介先からさらに転院したために通院中の病院から連絡がない場合もあるが,しばらく経っても転帰がわからない場合には,こちらから家族や地域医療連携室,病院医師などに確認をとるようにしている。紹介患者一覧を作成すると,自身の専門医紹介についての傾向をとらえることもできるため,総合診療医としての自己学習にもつながっている。
紹介患者が入院となった場合には,できる限り病院へ見舞いに行き,地域医療連携室にも顔を出すようにしている。外来主治医として継続的にみている患者では,本人の考え方,これまでの病歴,家族の状況など多くの情報を把握している。これらの情報を病院医師や地域医療連携室と共有することで,より適切な入院加療につなげられると考えるからである。当初はお客様扱いであったが,地道に行動を続けていくことで,ソーシャルワーカーや病院医師と顔見知りになり,最近では外来通院時の状況について相談を受けたり,退院調整が困難なケースのアドバイスを求められるようにもなってきた。地域医療連携室に訪問した際に病院医師を含めて臨時のミニカンファレンスを行うケースもしばしば出てきている。また,病院主催の交流会や地域の多職種の勉強会などにも積極的に参加し,顔の見える関係を構築するようにしている。病院医師や地域医療連携室にとって,診療所が身近な存在になれれば,病診連携はもっとうまくいくのではないかと考えている。そのためには診療所医師側からももっと積極的にアプローチすべきであろう。
今回は,普段一緒に住んでいない孫がキーパーソンであり,それを把握していなかったことも,しくじり要因のひとつであった。元気に外来通院ができている場合には意識しないことが多いが,特に高齢者においては,急に予期しない病状変化が起こりうるため,事前に家族の状況や代理意思決定者を把握しておく必要がある。高齢者総合評価のひとつとして,年1回程度は家族環境およびキーパーソンを確認するようにし,カルテに連絡先を記載するようにしている。また,介護保険を利用している患者では,ケアマネジャーが家族の詳細な情報を把握している場合も多く,多職種での情報共有を行っている。
症例の先生がその後講じられている診療所としての対策は,十分だと考えられます。より連携をスムーズにするためには,以下のようなことを付け加えるとより良いと考えます。
顔の見える関係は医療連携ではとても大切です。病院医師とは患者を介してだけではなく,各種勉強会やメーリングリスト,SNSなどによってつながることで双方の理解が深まり,よりスムーズな連携が構築できます。地域医療連携室にも足を運びましょう。医療者(医師または看護師)が室長として在籍することも多いので,室長をキーパーソンとして常に連絡を取るとよいでしょう。病院には多数の医師が在籍し,地域連携に対する考え方も人により千差万別です。だからこそ,連携室のキーパーソンは意思の疎通を円滑にするために重要です。また,地区で活躍しているケアマネジャー,訪問看護師,薬剤師,歯科医などの多職種間でも,顔の見える関係を構築し相互に連絡を取りやすくしておく必要があります。患者やその家族といつも接しているケアマネジャーや訪問看護師から得られる情報はきわめて有用です。それら専門職とはアクセスフリーにしておくとよいでしょう。特に,患者の家族背景の理解には専門職の存在は欠かせません。家族背景の情報を得ることが困難なケースや,患者本人の意思とはかけ離れた考えの親族がキーパーソンになることもあります。だからこそ,専門職からの情報は大切です。
さて,筆者の地区では基幹病院が開放型病院であり,オープン病床を持っています。そのため,我々開業医は,自院で診療している患者が入院するときにその病床を利用することができ,さらに入院している患者を病院主治医とともに診療できるシステムもあります。病院にお見舞いに行くのではなく診療として出向いて実際に患者を診察し,本人と家族の意向も考えながら主治医や看護師とともに検査・治療方針,ケアに関することや退院後の指針などを共同で決定できます。このシステムは,退院後に患者が診療所へ戻ることを前提としているため,自院の患者が入院した場合,できる限り病院に出向き共同で診療 しています。患者も家族も安心でき,メリットは大きいです。その際,診療所は開放型病院共同指導料(Ⅰ)350点を算定可能で,コスト面でもメリットがあります。その地区の基幹病院に開放型病院の施設認定を取得してもらうべく,先生ならびに医師会から熱意を持って働きかけてはいかがでしょうか? より良い連携が構築されることは間違いありません。
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社