しくじり症例から学ぶ総合診療
しくじらないための基本的な考え方
ポリファーマシー(polypharmacy)対策でしくじらないためには,“ポリファーマシー対策=単なる減薬”ではない,ということを肝に銘じておく必要がある。不必要に多くの処方が行われている場合に減薬を考えることは重要であるが,処方薬の数が少ない場合でも介入を必要とする場合は多い。ポリファーマシー対策の基本はあくまでも,処方の適正化である1)。これによって患者が意図通りに処方薬を服用し,長期健康問題,マルチモビディティ(multimorbidity)をマネジメントできることが最終目標である。
単に危険な薬のリストを知っていることだけでは,処方の適正化を達成することはできない。ポリファーマシー対策には,患者中心性,意思決定の共有,価値観に基づく医療,多職種連携,地域連携など,医療専門職の多様かつ高度な能力が求められ,総合診療医にとっては非常にやりがいのあるタスクである。
●ポリファーマシー対策の重要な2つのテーマ
- ①適切に処方し,不適切な多剤併用とならないようにすること
- ②既に不適切な多剤併用となっているケースに対し,減薬を含めた薬剤調整をすること
処方薬の数だけに焦点を当てることでのしくじり
単に薬が多いことをポリファーマシーと考えるとしくじりにつながる。疫学研究のためには,4剤,5剤以上の服用をポリファーマシーと定義することがあるが,それより少数であっても,患者にとっては不必要であったり,または不利益が生じる可能性があったりする場合は,ポリファーマシーと考えるべきである。
たとえば,健康な若年者の急性上気道炎に抗菌薬,胃薬,気管支拡張薬などが処方されている場合はポリファーマシーである。つまり,臨床的に必要とされている以上に処方されている場合(不適切処方)は,すべてポリファーマシーと考えなければならない。薬の数自体は潜在的問題の臨床的評価には役立たない2)。表12)を参考にして,ポリファーマシー対策を考える必要のある患者をピックアップするのがよいだろう。
不適切処方のしくじりに至る要因:知っておくべき3つの背景
ポリファーマシーに至る要因として,EBMの興隆(誤用),多疾患併存,寿命延長,増加する治療法を年齢に無関係に適用,患者と家族の治療への期待の増大などが挙げられる3)。
処方は,処方医,患者,環境の要因が複雑に絡み合って生じている(表2)。よって,医師に対する処方教育のみではポリファーマシー対策はしくじりに終わる。しくじり回避のためには,常にこれら3つの要因を考慮するようにし,患者啓発,患者・多職種との良好なコミュニケーション構築,薬以外での症状緩和の検討など,様々な角度からの包括的なアプローチを講じる必要がある。
特に注意すべき不適切処方のしくじりに至る要因
❶マルチモビディティとガイドライン
マルチモビディティは患者安全問題の高リスク群であり,ポリファーマシーはその大きな原因のひとつとなっている4)。すべての症状,病態,疾患を薬で治療しようと考えればポリファーマシーになってしまう。患者マネジメントを薬での治療だけで考えないようにすべきである。「患者の全般的なQOLのためには何を優先すべきなのか」を考えなければならない。
ガイドラインは,将来発生するイベントの予防目的に使用するものである。イベント予防は,単一の疾患の予防を対象としている。よって,マルチモビディティの状況にはそのまま適用できるものではない。また,複数のガイドラインを複数の疾患を持つ患者に適用しても,適用した分の効果が得られることはない(the law of diminishing returns:収穫逓減の法則)5)。ガイドラインに記載されている処方薬の推奨を,マルチモビディティの患者に適用することのリスクと利益を十分に考える必要性があり,まずは,ケアと治療に関する患者の選好について話し合うべきである1)。
ガイドラインで引用されている研究の約2/3(62%)はプライマリ・ケア患者への妥当性が不明6)だということも,総合診療医がガイドラインを適用する際に慎重であるべきことを支持する。ガイドラインはあくまでも“ガイド”するものであり,“線路” ではない5)。そこから外れても決して脱線して事故に至るわけではない。ガイドラインを無批判に受け入れて適用してはいけない。個々の患者の状況に対する適切な意思決定をすることが,医療者の請け負うべき責任であることを強く自覚すべきである1)。
❷製薬企業の影響
基本的に,製薬企業の目的には,健康を増進する製品をつくることとともに,株主への経済的配当を確保することがある7)。後者が優先された場合,患者にとっては真には有益ではない可能性のある薬が,あたかも利益があるかのごとく我々医療者に情報提供されることがある。それを無批判に受け入れてしまうと不適切な処方につながる。著名な研究者や臨床家(キー・オピニオン・リーダー)が,我々に影響を与える情報提供者となっている場合もある。“キー・オピニオン・リーダーは,真のエキスパートか,それとも変装した製薬企業人なのか”8)との痛烈な批判があるが,このことを頭のどこかに留めておくことは,不適切処方への抑止力になるかもしれない。
また,薬の適用を広げるために,これまで病気とは考えられていなかったものを新たに病気としてとらえ,薬の使用を増やすことにつなげることがある。これは病気の売り歩き(disease mongering)と批判されている9)。健康志向が強い現在,患者の状態を不必要に“病気”とラベリングして薬を処方するようなことが行われていないか,自分もその流れに乗っていないか,慎重さを失わないようにしなければならない。
ポリファーマシーとなっている場合の患者中心の7ステップ
図1に,既にポリファーマシーとなっている場合の,しくじらないための患者中心の7ステップ10)を示す。
患者の半数は,処方された通りに服用していないと言われている10)。患者が医師の思い通りに処方薬を服用している,とは決して考えてはいけない2)。患者が処方薬を指示通りに服用しないことには,2つのパターンがある。1つは,内服したくないことであり(意図的な非アドヒアランス),もう1つは,内服することに対する問題を抱えている(たとえば,飲み忘れなど)ことである(無作為の非アドヒアランス)11)。
①ステップ1:指示通りに内服できないことを把握するためには,患者が処方薬について何か困っていることがないか尋ねること,これがポリファーマシー対策の最初の一歩であり,かつ最も基本的な取り組みである。ステップ1がこれに当たる。そして,これからどのように処方薬の開始,中止,整理を始めるのかについても,患者,家族としっかりと話し合う。そのためには表3のように進めていくのがよい12)。
②ステップ2:患者の機能,生命予後,脆弱性を検討し,処方薬が患者の全般的な健康ゴールに良い影響を与えているかを検討する。このためには,患者の生活歴を含めた全人的な情報を得る必要があり,これは,患者と継続的に良好な関係を構築している総合診療医の腕のみせどころである。
③ステップ3:正確な服薬リストを作成して,不適切処方の可能性がある薬を同定し,エビデンス,患者の考えに照らして,すべての薬を考え直す。「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」13)など,現在,多くの有用なツールが利用可能であり,これらを参照することがこのステップの手助けになる。しかしながら,留意すべきは,しくじりのポリファーマシー対策の多くは,このステップのみに重点を置きすぎることである。
④ステップ4:患者の考える優先順位,臨床的優先順位をもとに,ステップ3で同定した薬を中止するのか継続するのか決定する。このステップでは医学的な優先順位ばかりではなく,むしろ,患者の価値観を十分に考慮しての優先順位づけが必要となる。
⑤ステップ5:患者,処方医と今後のアクションについて合意を得る。患者が理解,納得して薬の中止を行わないとポリファーマシー対策は上手くいかないのはもちろんであるが,他の医師が処方した薬に何らかの介入をする場合には,患者および処方医とよりいっそう十分なコミュニケーションをとる必要がある。多くの場合,他の医師の処方に介入するのは気が引けるものであるが,患者のために必要と判断したのであれば,介入の根拠,患者との合意事項,今後のモニタリング方法を記載したサマリーを処方医に提供し,また,そのコピーを患者にわたすなど,ていねいな方法でこのステップを実施すべきである。
⑥ステップ6:ステップ5で作成したサマリーを,調剤薬局薬剤師,介護職員,在宅ケア職員,ホスピス医師など,すべての関係者に提供して,ポリファーマシーへの対応のサポートを得る。外来診察時や入院中に薬を減らしても,日常生活に戻った患者が様々な医療機関を受診し,薬がまた増えている,ということはよく経験する。患者に関わるすべての人の協力が得られるような努力と工夫が必要である。
⑦ステップ7:薬の中止,減量後の状況を,関係者が連携し責任を持ってモニターする。誰がいつ患者の薬をモニターする責任を持つのか,これを明確にしておく必要がある。患者がいくつかの医療機関を受診して内服薬に変更があった場合には,関係者全員がその情報を共有できるようにしておく。このためには,かかりつけ医,かかりつけ薬局が十分に連携して機能する必要があるだろう。そのような機能を活用していない患者に遭遇することも多い。その場合には,介護担当者がその役割を担うなどの代替策も必要であろう。もし自分がその患者のかかりつけ医ではなく,たまたま出会った患者であったとしても,ポリファーマシー対策の責任の所在を患者と一緒になって明確にしておくことは,総合診療医の仕事と考えてもよいのではないだろうか。
しくじらないための意思決定共有
インフォームド・シェアード・ディシジョン・メイキング14)という言葉がよく聞かれるようになってきた。「患者が十分な情報を受け取り,それをしっかり理解して,治療方針の決定を医療者とともに考え,両者が合意して治療を進める」という考え方である。ポリファーマシー対策においては,このことが最も重要であり,患者中心のポリファーマシー対策のステップ4,5はまさにこれに当たる。
臨床家の専門知識には,診断,疾患の原因,予後,治療方法,結果の確率があり,一方で,患者には自分の病の体験,社会的状況,危険性に対する態度,価値観,好みに関する専門知識がある15)。意思決定のための臨床家と患者の専門知識には違いがあるが,両方とも同じように重要であり,両者が十分に専門知識を出し合い,十分に話し合った上で方針を決定することが,両者にとって最も良い結果につながる。医療者の物語と患者の物語から情報が集められ,その情報を両者が共有し,ゴール設定とアクションプランが提案され,最終的に療養のプランが合意され共有されるというプロセスを経る15)ことがポリファーマシー対策に限らず,すべての医療実践において重要である(表4,5)16)。
意思決定の共有にしくじらないための価値観に基づく医療(value-based medicine:VBM)
医療者の物語をEBMとするなら,患者の物語は「価値観に基づく医療」と言ってもよいかもしれない。本来は,EBMの本質的な部分には,個々の患者のニーズ,選好,価値観を考慮して患者ケアの意思決定をすることが含まれるので,両者は重なりが大きいはずである。しかしながら,EBMと言いながら,しばしば医療者はエビデンスばかりを優先しがちである(EBMの誤用)。価値観に基づく医療とは,複雑で時には相反する価値観がうごめく中で,患者の意思決定をサポートする医療である17)。
プライマリ・ケアの臨床では価値観の多様性が非常に高いため,VBMは特に重要である17)。しかし,価値観が表明されないままであったり,多様性に富んでいたりするため,それを十分にくみとって診療することにはしばしば困難を伴う。VBMのためには,価値観を同定,交渉するためのスキルを磨く必要がある。そのためには,表617)に示すような様々な価値を認識して患者とコミュニケーションをとらなければならない。特に,表617)の④~⑥であるプロセス自体に価値があることを理解しておくことが重要である。患者とともに話し合いを繰り返して納得のいく価値を見出していくプロセス自体に価値があるということである。このようなプロセスで患者と医療者が協同することは,ポリファーマシー対策のみならず,医療全般の良い結果につながるはずである。
文献
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しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社