もつれない患者との会話術
意外と理解されていない療養担当規則
“保険医療機関”は健康保険法第70条第1項で,また“保険医”は同法第72条第1項で「厚生労働省令で定めるところにより,療養の給付を担当しなければならない」,「……健康保険の診療に当たらなければならない」とそれぞれ定められています。これにより,保険医療機関及び保険医は厚生労働大臣の命令に従って医療を担当しなければならないという法律上の義務を負っていることになります。
保険診療を行うに際し,病院や診療所は保険医療機関の指定を申請し,また医師は保険医としての登録を申請することになりますが,上記を踏まえると,こうした申請は,法律上の義務を履行する旨の意思表示をしたことを意味します。すなわち,厚生労働大臣の指定そして登録を行うことによって,法律上の義務を履行する旨の公法上の契約が成立したことになるわけです。保険医療機関及び保険医療養担当規則(以下,「療養担当規則」)は厚生労働大臣が定める省令ですが,これが健康保険法の規定に基づく命令なのです。したがって,保険診療はこの療養担当規則の下で行わなくてはなりません。
療養担当規則は全3章から構成され,第1章は保険医療機関の療養についての規則,患者が受診した際に保険医療機関が従うべき規則を定めています。第2章は保険医が守らなければならない診療方針について定めています。第3章は雑則となっています。全体で24条の規定があるのみで,明示されていないものは読替規定となっています。
わが国の保険医療制度は,いわゆる出来高払い方式(一部に包括払い制を導入)を採用しており,診療報酬点数の合計点数に基づく請求金額を審査した上で支払う仕組みとなっています。この仕組みも療養担当規則を前提としています。したがって,その前提を無視したり,逸脱した請求が行われるということは,信頼関係を損ね,医療保険制度の運営を阻害することにもなるわけです。
そこで,保険医療機関及び保険医が規則を遵守しているかどうかを確認するために,審査機関におけるレセプト審査があり,また行政側の指導監査があります。これは,療養担当規則の周知徹底を図り,適正な保険診療を確保することを目的としたもので,保険診療の内容や請求業務についての妥当性をチェックしています。療養担当規則に反するような不正や不当な請求は,反社会的行為とみなされ,罰則の対象となります。
このように,療養担当規則は保険診療を行う上で理解すべき大切なルールであるにもかかわらず,保険医のほとんどは無関心であり,パートナーとなるべき医事職員にも理解されていないのが現状です。
医学教育において医療保険制度の講義時間はきわめて少なく,講義内容も制度の概略を学習する程度で,大学によってはほとんど触れないところもあると聞きます。卒業して,将来は臨床医として働く施設のほとんどが保険医療機関であることを考えれば,療養担当規則を軽んずるのは不思議でなりません。
一方で,医事職員にも読みこなすには難しい条文もあり,厚生労働省の不親切さを感じます。療養担当規則に則って保険診療を行うべき保険医療機関及び保険医が,その条文を理解できなくて何が保険診療と言えるでしょう。厚生労働省は不正や不当な請求をしている保険医療機関を罰するだけでなく,規則そのものを平易な文章に改めたり,各条文の逐条解説に努めるなど,何らかの改善に着手すべきだと思うのです。
これらのことは,今後,厚生労働省に期待するとして,この療養担当規則がどのような内容なのか,主な条文について,以下に解説します。
第1条 (療養の給付の担当の範囲)
保険医療機関が担当する療養の給付並びに被保険者及び被保険者であつた者並びにこれらの者の被扶養者の療養(以下単に「療養の給付」という。)の範囲は,次のとおりとする。
1 | 診察 |
2 | 薬剤又は治療材料の支給 |
3 | 処置,手術その他の治療 |
4 | 居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護 |
5 | 病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護 |
解説
本条では,保険で行われる診療の範囲を定めています。内容的には日常の診療行為すべてが網羅されています。「居宅における療養上の管理」とは,訪問診療などによる在宅患者に対する医師の医学的管理を意味するものであり,「入院」の解釈に含まれる入院患者に対する医学的管理と対比されます。また「居宅における療養に伴う世話その他の看護」とは,在宅患者に対する訪問看護などを意味します。
第2条 (療養の給付の担当方針)
保険医療機関は,懇切丁寧に療養の給付を担当しなければならない。
2 | 保険医療機関が担当する療養の給付は,被保険者及び被保険者であつた者並びにこれらの者の被扶養者である患者(以下単に「患者」という。)の療養上妥当適切なものでなければならない。 |
解説
第1項において,保険医療機関は被保険者及び被扶養者の療養を担当するに当たっては,「懇切丁寧に」取り扱わなければならないと規定しています。患者という弱者を対象に診療を行うわけですから,一方的に専門用語でまくし立てることなく,しっかり患者とコミュニケーションを図り,診療に当たることが求められます。保険医療機関として信頼を裏切ることのないように努めて「懇切丁寧」な取り扱いが要求されるのです。
また,保険診療を行うに当たっては個々の患者の症状に最も適した療養が行わなければなりません。第2項の「療養上妥当適切な」取り扱いとは,診療の手続きおよび内容に関する治療方針においても医学的ないし社会的に妥当性を有していなければならないということです。
第2条の4の2 (経済上の利益の提供による誘引の禁止)
保険医療機関は,患者に対して,第5条の規定により受領する費用の額に応じて当該保険医療機関が行う収益業務に係る物品の対価の額の値引きをすることその他の健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供により,当該患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない。
解説
昨今,病院経営が厳しくなってきている中,患者サービスのためとか外来収入を上げるためなどと言って,一部負担金の値引きや免除を検討している医療機関もあると聞きますが,このような手段により患者を自院に誘導することを禁止した規定です。受け取るべき一部負担金を減額したり免除したりすることは,療養担当規則違反となります。
第2条の5 (特定の保険薬局への誘導の禁止)
保険医療機関は,当該保険医療機関において健康保険の診療に従事している保険医(以下「保険医」という。)の行う処方せんの交付に関し,患者に対して特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示等を行つてはならない。
解説
本条は,平成8年度の診療報酬改定の際に行われた療養担当規則の改正において,追加された規定です。以前から指摘されていた大手チェーン薬局の保険医療機関に対するリベートなどの供与問題を背景として,適正な医薬分業の推進をする上で,保険薬局の保険医療機関からの独立性を確保することに重点を置いたものです。
“保険医”については,従来,特定の保険薬局において調剤を受けるべき旨の指示などを行うことについては禁止されていましたが,“保険医療機関”においても同様の行為を禁止した規定です。具体的には,特定の保険薬局への案内図を院内に掲示したり,受付において特定の保険薬局への地図を配布するような行為が禁止の対象となります。また,特定の保険薬局に誘導するだけでなく,特定の保険薬局に患者を紹介することによる見返りに金品などを受理することを禁止しました。ここでいう「金品その他の財産上の利益」とは,金銭はもちろん,物品,便益,労務,饗応,患者一部負担金の減免など広く保険医療機関の利益に供するものも含まれます。
第2条の6 (掲示)
保険医療機関は,その病院又は診療所内の見やすい場所に,第5条の3第4項,第5条の3の2第4項及び第5条の4第2項に規定する事項のほか,別に厚生労働大臣が定める事項を掲示しなければならない。
解説
本条は,患者に対する情報の提供の促進を図るという目的から院内掲示を義務づけたものです。食事療養・生活療養に関する内容・費用と,保険外併用療養費に係る内容・費用の掲示のほかに,別に厚生労働大臣が定める事項となっています。この「別に厚生労働大臣が定める事項」とは,①入院基本料に関する事項,②地方厚生(支)局長への届け出事項に関する事項,③明細書の発行状況に関する事項,④保険外負担に関する事項などです。これらのものについては,見やすい場所に掲示しなければなりません。
第3条 (受給資格の確認)
保険医療機関は,患者から療養の給付を受けることを求められた場合には,その者の提出する被保険者証によつて療養の給付を受ける資格があることを確かめなければならない。ただし,緊急やむを得ない事由によつて被保険者証を提出することができない患者であつて,療養の給付を受ける資格が明らかなものについては,この限りでない。
解説
被保険者などが保険診療を受けることができるのは,被保険者証によって資格が確認できた場合のみという規定です。ただ,必ずしも被保険者証がなければ保険診療を受けられないわけではありません。たとえば,被保険者証の再交付手続き中で手元にない場合は健康保険被保険者資格証明書による受診となります。
窓口でたまに見かける光景ですが,被保険者証の複写をもって資格を満たしていると主張する患者がいます。しかし,いつ複写されたのか,また本当に本人のものかどうか確認できないため,被保険者証とはみなされません。
条文中に「被保険者証によって療養の給付を受ける資格があることを確かめなければならない」とありますが,それでは,どの程度の確認が必要で,どこまで求められるのでしょう。結論から言いますと,保険医療機関として“一般的に要求される程度の注意義務”を果たしていればよいとされています。
ここでいう“一般的に要求される程度の注意義務”とは,診療を受けようとする者の被保険者証の内容(性別・年齢など)と照らし合わせて確認する程度,とされています。ただし,照合の結果,不審な点があれば,さらに本人であることの確認を行う必要が求められます。
保険医療機関において,“一般的に要求される程度の注意義務”による確認を行ったにもかかわらず,受給資格のない者に対して保険給付を行った場合,保険医療機関は保険者に診療報酬を請求してその支払いを受ける権利を有します。この場合,保険者は保険医療機関に支払った費用を不正受給者に対する「不当利得返還請求権」として行使し,返還されることになります。
逆に,保険医療機関が“一般的に要求される程度の注意義務”を怠った場合には,保険者に診療報酬の支払い義務は発生せず,保険医療機関がこの患者から医療費の支払いを受けることになります。このように,受給資格の確認を怠ると保険医療機関が不利益を被ることになります。
第5条 (一部負担金等の受領)
保険医療機関は,被保険者又は被保険者であつた者については法第74条の規定による一部負担金,法第85条に規定する食事療養標準負担額(同条第2項の規定により算定した費用の額が標準負担額に満たないときは,当該費用の額とする。以下単に「食事療養標準負担額」という。),法第85条の2に規定する生活療養標準負担額(同条第2項の規定により算定した費用の額が生活療養標準負担額に満たないときは,当該費用の額とする。以下単に「生活療養標準負担額」という。)又は法第86条の規定による療養(法第63条第2項第1号に規定する食事療養(以下「食事療養」という。)及び同項第2号に規定する生活療養(以下「生活療養」という。)を除く。)についての費用の額に法第74条第1項各号に掲げる場合の区分に応じ,同項各号に定める割合を乗じて得た額(食事療養を行つた場合においては食事療養標準負担額を加えた額とし,生活療養を行つた場合においては生活療養標準負担額を加えた額とする。)の支払を,被扶養者については法第76条第2項,第85条第2項,第85条の2第2項又は第86条第2項第1号の費用の額の算定の例により算定された費用の額から法第110条の規定による家族療養費として支給される額に相当する額を控除した額の支払を受けるものとする。
2 保険医療機関は,食事療養に関し,当該療養に要する費用の範囲内において法第85条第2項又は第110条第3項の規定により算定した費用の額を超える金額の支払を,生活療養に関し,当該療養に要する費用の範囲内において法第85条の2第2項又は第110条第3項の規定により算定した費用の額を超える金額の支払を,法第63条第2項第3号に規定する評価療養(以下「評価療養」という。)又は同項第4号に規定する選定療養(以下「選定療養」という。)に関し,当該療養に要する費用の範囲内において法第86条第2項又は第110条第3項の規定により算定した費用の額を超える金額の支払を受けることができる。
解説
本条は,被保険者または被保険者であった者についての保険診療を受けた際の一部負担金の支払いを規定したものです。一部負担金は受益と負担の均衡を期するという趣旨から設けられました。保険医療機関は“善良なる管理者”の立場により一部負担金の支払いを受けることが必要と定められているわけです。
ただし,保険者が健康保険組合でその被保険者の療養の給付を担当する医療機関が事業主医療機関の場合は,組合規定により一部負担金を減額したり免除したりできることになっています。また,健康保険組合の直営医療機関では,当該被保険者の一部負担金を徴収しなかったり減額したりすることが可能です(健康保険法第84条)。
一部負担金の支払いは,保険医療機関が“善良な管理者の注意”をもって行われるものであり,被保険者との間の法律関係となっています。したがって,一部負担金の支払いを受けられなかった場合,その未払い額を保険者に転嫁できません。
なお,一部負担金の受領については健康保険法第74条,国民健康保険法第42条でそれぞれ規定し,国保についてはその財政状況,被保険者の事情などにより一部負担金の減免あるいは一部負担金の直接徴収などの規定があります。
第6条 (証明書等の交付)
保険医療機関は,患者から保険給付を受けるために必要な保険医療機関又は保険医の証明書,意見書等の交付を求められたときは,無償で交付しなければならない。ただし,法第87条第1項の規定による療養費(柔道整復を除く施術に係るものに限る。),法第99条第1項の規定による傷病手当金,法第101条の規定による出産育児一時金,法第102条第1項の規定による出産手当金又は法第114条の規定による家族出産育児一時金に係る証明書又は意見書については,この限りでない。
解説
本条は,保険給付を受けるために必要な証明書や意見書などの交付を患者から求められた場合,保険医療機関は無償で交付するよう定めています。
本条の但し書き以降の文章がわかりにくいので,次のように書き改めると理解しやすくなります。「ただし,療養費,傷病手当金,出産育児一時金,出産手当金,家族出産育児手当金に係る証明書又は意見書については,この限りでない」。
按摩・マッサージ,はりおよびきゅうに係る療養費の請求の際に必要な医師の同意書の交付に要する費用については,診療報酬上で評価したことに伴い,無償交付義務の対象から除外しました。
傷病手当金意見書については,100点に対する一部負担金を徴収できます。ただし,被保険者の過失などにより再交付が必要となった場合には,被保険者が負担することになります。
その他の出産育児一時金,出産手当金,家族出産育児手当金に係る証明書又は意見書は,全額有償で交付することができます。
本条でいう「保険給付を受けるために必要な証明書又は意見書」とは,分娩費・出産手当金および家族分娩費の請求に係る出産の事実の証明,育児手当金の請求に係る育児の事実の証明並びに埋葬料(費)及び家族埋葬料の請求に係る死亡の事実の証明に関する書類です。したがって,被保険者が保険給付を受ける目的以外の使用目的をもって,証明書又は意見書などの交付を受けた場合には有償で交付することになります。
その証明書の交付が有償なのか無償なのかは,この第6条が根拠となりますが,その他の規程でも無償交付すべき文書が決められています。
無償で交付すべき文書を有償で交付したり,その逆の取り扱いをしている保険医療機関も見受けられます。保険給付を受けるために必要な無償文書と各法で規定している無償文書をしっかり見極めることが必要であると思います。医師が持つ最高の技術,知識を駆使して慎重に診断した結果を文書に記すことを考えた場合,それを無償で交付することは,医師の技術や知識を否定することにもなりかねません。このような取り扱いを貴院ではしていないか注意が必要です。
本条は,被保険者に交付すべき保険給付に係る文書については無償で交付すべきという趣旨の規定であり,国や各自治体の各種助成制度に係る証明書や意見書(各法で規定しているものを除く)などについては,文書料を徴収して差し支えありません。往々にして,行政機関から依頼された文書は無償で交付するものと勘違いしている医療機関もありますが,特に法律で規定されていないものは有償で交付して差し支えないのです。ただ,行政機関と日頃から親密な関係にあり,協力するという場合には無償で交付しても問題ありません。つまり,無償交付しなければならないと規定されている文書以外の文書は,個々の保険医療機関の裁量で有償か無償かを判断することになると考えます。
第8条 (診療録の記載及び整備)
保険医療機関は,第22条の規定による診療録に療養の給付の担当に関し必要な事項を記載し,これを他の診療録と区別して整備しなければならない。
解説
本条は診療録の記載,整備に関する規定です。規定中の「第22条の規定による診療録」とは,療養担当規則第22条で定める様式の診療録を指しています。診療録の記載については,第22条で“保険医”に対する事項を定めていますが,第8条では“保険医療機関”の責任で記載しなければならない事項を定めています。
保険医療機関の記載責任に属する事項としては,公費負担者番号および受給者番号欄,保険者番号欄,被保険者証欄,被保険者氏名欄,資格取得欄,保険者欄,診療の点数欄などの給付及び診療報酬請求に必要な事項と解されています。ただし,欄外に医療機関が独自に項目を設けて使用することについては許されています。
また,本条において「他の診療録と区別して整備しなければならない」と規定していますが,この「他の診療録と区別して」ということが守られていない保険医療機関は大変多いと言えます。保険診療以外(たとえば,健康診断,労働災害,交通事故などの診療)の場合,別の診療録に記載しなければならないとされています。保険診療において,診療録は診療報酬請求の唯一の拠り所です。したがって,常に適正な記載を心がけ,整理・保管し,行政の監査に当たっては速やかに提出しうる状態にしておくことが重要です。
第9条 (帳簿等の保存)
保険医療機関は,療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結の日から3年間保存しなければならない。ただし,患者の診療録にあつては,その完結の日から5年間とする。
解説
本条は保険医療機関における帳簿などの保存義務とその期間を規定したものです。「療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録」といえば,診療録をはじめ,各科の診療日誌,看護記録,手術記録,温度表,検査所見,指示伝票など,多岐にわたります。
これらの記録は,療養の給付の内容を証明するものとして重要であるため保存を定めているのです。なお,長期の保存は保険医療機関に過重な負担を課すことになるため,民法上,診療報酬債権の消滅時効が3年間と規定されていることを踏まえ,これらの記録の保存期間も3年間と定められました。しかし,診療録については療養の給付内容を証明するものの中で最も重要であること,そして医師法第24条第2項において診療録の保存期間が5年間と規定されていることから,他の帳簿及び書類とは別に,5年間保存すべきと定められています。
規定の中の「完結の日」とは,個々の被保険者などにつき一連の保険診療が終了した日を指すものであり,「治癒」「中止」「転医」又は「死亡した日」となります。また,時効の起算日は健康保険法第194条の規定により「完結の日」の翌日からとなります。たとえば,6月25日に終了した場合には,その診療録の時効の起算日は6月26日です。
また,医療法施行規則第20条の10では,病院日誌,各科診療日誌,処方せん,手術記録,看護記録,検査所見記録,X線写真,入院患者・外来患者の数を明らかにする帳簿ならびに入院診療計画書の保存期間を2年間と定めていますが,保険医療機関における保存期間は3年間であることに注意しなければなりません。さらに,気をつけるべき点は,検査所見や手術記録などを診療録に貼付した場合には診療録の一部とみなされ,診療録と同様,5年間の保存期間になることです。
第10条 (通知)
保険医療機関は,患者が次の各号の一に該当する場合には,遅滞なく,意見を附して,その旨を全国健康保険協会又は当該健康保険組合に通知しなければならない。
1 | 家庭事情等のため退院が困難であると認められたとき。 |
2 | 闘争,泥酔又は著しい不行跡によつて事故を起したと認められたとき。 |
3 | 正当な理由がなくて,療養に関する指揮に従わないとき。 |
4 | 詐欺その他不正な行為により,療養の給付を受け,又は受けようとしたとき。 |
解説
本条の1号の「家庭事情等のため退院が困難であると認められたとき」とは,いわゆる「社会的入院」と言われるような,長期にわたる不自然な入院をする患者のことであり,保険診療の趣旨に反するような患者を防止する役割を保険医療機関に期待するとともに,通知によって保険者が適切な措置をとることになります。
2号から4号は,健康保険法上,保険給付の全部または一部を制限できる場合です。
2号は健康保険法第117条に該当します。「著しい不行跡」とは,たとえば婚姻外において頻回に性病に罹患するとか,そのようなことが原因で症状を悪化させるような場合をいいます。
3号は健康保険法第119条に該当します。「正当な理由がなくて,療養に関する指揮に従わないとき」とは,①保険者又は療養担当者の療養の指揮に関する明白な意思表示があつたにもかかわらず,これに従わない者(作為又は不作為の場合を含む。以下同様とする),②診療担当者より受けた診断書,意見書等により一般に療養の指揮と認められる事実があつたにも拘らず,これに従わないため,療養上の障碍を生じ著しく給付費の増嵩をもたらすと認められる者,を指します(昭和26年5月9日保発第37号 厚生省保険局長通知「健康保険法第63条の規定による保険給付の一部制限について」)。
4号は健康保険法第120条に該当します。「不正な行為」とは,たとえば脅迫や贈賄で保険給付を受けるような場合を言います。4号に該当した場合には,傷病手当金又は出産手当金の給付制限が行われます。
本条は,保険財政の無駄遣い防止を図るために,保険医療機関が診療の担い手として保険者に協力し,適正な保険給付が行われることを期待し,保険者に給付制限という強制措置を認めたものです。保険医療機関が本条の各号に該当する患者と知りつつ,保険者に通知せずに診療を続けているような場合,当該診療に関する保険請求が認められなかったり,取り消しや返還措置命令などの処分対象へと発展することもあるので,十分注意を要します。
誤解してはならないのは,全部または一部給付制限できる決定権があるのは保険者であって保険医療機関ではないことです。したがって,本条各号に該当する患者であっても被保険者証を提出し保険診療を求められた場合,医療機関はそれに応じる義務を負うことになります。そして,その後,保険者に通知することによって,保険者が被保険者から保険給付分を直接徴収することになります。
本条の解釈を間違って対応している医療機関も多く,闘争や泥酔で受診した患者に対して健康保険での給付はできないといって自費診療扱いとしている場合も見受けられますが,正しい解釈の下,適正な取り扱いを心がけてほしいものです。
第12条 (診療の一般的方針)
保険医の診療は,一般に医師又は歯科医師として診療の必要があると認められる疾病又は負傷に対して,適確な診断をもととし,患者の健康の保持増進上妥当適切に行われなければならない。
解説
保険医の行う診療は保険診療であり,そこには保険医としても一定のルールが定められています。すなわち,保険診療とは保険者と保険医療機関との間で結ばれた契約であり,したがって各種法令に則り医学的根拠に基づいた診療を行うことになります。診療の必要があると認められるのは当然医学上の常識により主治医が判断すべきものと考えられますが,保険診療においては制度上の経済的制約から社会通念上,治療を必要と認める程度の疾病を診療の対象としています。そして,診療対象となる疾病の範囲も時代の要請に合わせて変わってきています。
「適確な診断をもととし,患者の健康保持増進上妥当適切に」とありますが,「妥当」で「適切」とは,いわゆる医学的,社会的,経済的にも適正な診療であるということを意味しています。「適確な診断」とは,画一的な診療を行うのではなく,患者個々に応じた診療を心がけることをいうのであり,その時代の医学水準に照らし合わせた診療を行うことです。医師によっては旧態依然とした診療を行っている場合もあり,医師自らが常にその時の医学水準の診療が行えるように努力すべきです。
また,「適確な診断」のためには必要な検査を行うことは当然ですが,だからといってあらゆる検査を実施してデータを多く集めればよいというものでもありません。個々の検査の感度や特異性,検査そのものの危険性などにも注意を払う必要があります。投薬においても薬漬けにすることのないように,定められた用量・用法を添付文書に沿って適正に使用する必要があります。そして,同一薬効の薬剤であれば高価薬より安価薬を使用するなど,経済的配慮も必要となってくるのです。
第13条 (療養及び指導の基本準則)
保険医は,診療に当つては,懇切丁寧を旨とし,療養上必要な事項は理解し易いように指導しなければならない。
解説
第2条は“保険医療機関”における療養の給付の担当方針の規定であり,第13条は“保険医”における診療および指導の基本準則を規定したものです。とかく多忙な保険医は診察もさることながら,症状の説明も専門用語でまくし立て,患者が理解しているかどうかはおかまいなしに対応していることもあります。保険診療においては,患者の信頼を裏切ることなく努めて「懇切丁寧」な対応(つまり,患者情報・医学情報などの提供をはじめとした患者サービスのすべてを含む)が求められ,患者の理解できるような平易な言葉や用語,内容で治療効果を上げるような指導をしなければなりません。
「理解し易いよう」な指導とは,インフォームドコンセントに通じることになります。インフォームドコンセントの趣旨は,情報(医学および患者情報)の公開によって患者と医師の信頼関係を高め,効果的に治療を進めるところにあります。そして治療方針においては選択肢を示し,その決定を患者の意向で行えるような対応が求められるのです。
第14条 (指導)
保険医は,診療にあたつては常に医学の立場を堅持して,患者の心身の状態を観察し,心理的な効果をも挙げることができるよう適切な指導をしなければならない。
解説
最近は医学知識の豊富な患者も多くなってきており,自己診断でそれに適応する薬を求めたり,検査や注射を求めたりする場合もあります。医学知識が豊富であるといっても,それはマスコミやインターネット,市販の書籍から得た知識であって専門的に学習して得たものではありません。保険医の中には必要性を認めないにもかかわらず,患者の求めに応じて投与したり,検査したりと不適切な診療を行っている場合もあります。これでは,医学の立場を堅持しているとは言えませんし,医師そのものの存在理由も問われることにもなります。保険医においては,このような医学的に不要と思われる場合には,患者に十分説明し,誤った考えを正し,適切な指導を行わなければなりません。
第15条
保険医は,患者に対し予防衛生及び環境衛生の思想のかん養に努め,適切な指導をしなければならない。
解説
本条は特に見出しはありませんが,これは前条と同様に指導に関する規定となっているからです。保険医は患者の疾病を診療するだけでなく,疾病の誘因となった背景(生活様式や社会環境など)までにも目を向け,さらに予防について被保険者を啓蒙し,健康を維持することまで期待されています。医師法第1条は医師の任務として次のように規定しています。「医師は,医療及び保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上及び増進に寄与し,もって国民の健康な生活を確保するものとする」。この規定によっても,保険医は公衆衛生に積極的に協力することが責務とされているのです。ちなみに,本条の「かん養」とは自然に沁み込むように養うという意味です。
第16条 (転医及び対診)
保険医は,患者の疾病又は負傷が自己の専門外にわたるものであるとき,又はその診療について疑義があるときは,他の保険医療機関へ転医させ,又は他の保険医の対診を求める等診療について適切な措置を講じなければならない。
解説
医療が高度化・専門化している現在,本条の意味するところは,ますます重要となっています。患者の疾病が自分の専門外であったり,自院に必要とする診断機器が設置されていないなどで十分な診療が行えないと判断した場合には,他の保険医療機関を紹介しなければならないという規定です。紹介に当たっては,相手先の診療機能を十分に理解した上で,常に患者の立場を考慮することが大切です。また,症状が複雑で自己の診断に疑義があるような場合には,速やかにその疾病を専門とする保険医に来てもらうなどして対診を求めるよう患者の診療に万全を期さなければなりません。
最近は診断内容や治療方針,手術方法,その是非などを他の医師に聞きたい(セカンドオピニオン)という患者も増えてきています。このような場合には積極的に同意することも必要ですし,場合によっては他の医師を紹介することも望まれます。現在は患者の権利意識も高まり,納得のいかない診療に対して訴訟で争う場合も増加してきました。自院で何が何でも最後まで診療する必要もなく,ましてや医療訴訟や手遅れによる告訴を回避するためにも,速やかに他施設および他医を紹介すべきです。
第16条の2 (診療に関する照会)
保険医は,その診療した患者の疾病又は負傷に関し,他の保険医療機関又は保険医から照会があつた場合には,これに適切に対応しなければならない。
解説
保険医療機関の機能連携を推進する観点から,平成10年に新設された規定です。要するに,保険医療機関を機能別に分類し,役割分担を図って有機的な連携を推し進めることにより,大病院に患者が集中する事態を是正するのが目的です。本条によって,それぞれの医療機関において重複した検査や投与が行われるのを防ぐとともに,患者の身体的負担も軽減でき,ひいては医療費の節減にもつながることになります。照会を受けた医療機関において治療が一段落した場合には,照会元の医療機関に逆紹介するなどして相互に連携を図り,患者に最適の治療環境を整える努力もしていかなければなりません。
第17条 (施術の同意)
保険医は,患者の疾病又は負傷が自己の専門外にわたるものであるという理由によつて,みだりに,施術業者の施術を受けさせることに同意を与えてはならない。
解説
患者が,はり,きゅう,按摩などを受ける場合,医師の同意が必要となりますが,本条は保険医がこの同意を安易に与えることに対しての注意です。つまり,保険医が患者の要求により安易に承諾するのではなく,周辺に紹介可能な医療機関がある場合は,まずその医療機関に依頼すべき,あるいは専門外の傷病については,まずその傷病の専門医に依頼すべきということを規定したものです。
本条でいう「施術業者」とは,按摩,マッサージ師,指圧師,はり師,きゅう師及び柔道整復師を言います。
第18条 (特殊療法等の禁止)
保険医は,特殊な療法又は新しい療法等については,厚生労働大臣の定めるもののほか行つてはならない。
解説
本条は厚生労働大臣の定めるもの以外の特殊療法を禁止した規定です。ここでいう「厚生労働大臣の定めるもの」とは,点数表に収載されている医療や通達によって準用する医療,薬価基準表に収載されている医薬品の使用,保険外併用療養費に関する医療を指します。特殊療法とは一般的に行われていないものを言いますが,具体的には点数表未収載の医療行為及び薬価基準表未収載の医薬品を言います。
特殊療法は安全性や有効性が広く一般に認められておらず,場合によっては患者が不利益を被るおそれがあることから,保険診療では禁止しています。また,点数表に収載されていないということは,保険診療とは認められていないことを意味しています。
このため,その部分のみを患者から実費徴収することは,保険診療の中で一部が自由診療となり,「混合診療」とみなされ,保険診療の大原則である“混合診療の禁止”に反することになります。ただし,保険外併用療養費(例:先進的医療など)を受けた場合については,この部分のみ実費徴収して差し支えない扱いとなっています。
本条の「療法」とは,治療を意味しており,診断書の交付や外用薬の容器の使用は治療方法とは言いません。したがって,本条とは関係なく,文書料や容器代を全額患者負担として徴収しても差し支えありません。
受診中の保険医療機関で,患者自身が特殊療法を希望した場合には,その医療行為のみならず,入院料や投薬料などすべての行為を自費扱いとしなければなりません。なぜなら,これらの行為は特殊療法に附随する一連の行為と見なされるからです。
第23条の2 (適正な費用の請求の確保)
保険医は,その行つた診療に関する情報の提供等について,保険医療機関が行う療養の給付に関する費用の請求が適正なものとなるよう努めなければならない。
解説
現行制度では,“保険医療機関”は療養の給付を担当し,当該給付に係る費用請求を自らの責任で行いますが,その一方で,“保険医”は直接的に自分の行った診療行為に責任を持つこととなります。このため,“保険医療機関”が費用請求する際には,それが適正なものとなるよう,“保険医”には情報提供するなどの努力が必要となるのです。
具体的には,厚生労働省の監査などの通知にある「不正又は不当な診療」「不正な又は不当な診療報酬の請求」などが挙げられます。また,保険医が保険医療機関の行う療養の給付に関する費用の請求に際して不正請求を助長させるような助言などを行い,不正な診療報酬請求をさせるような行為を慎むべきとされています。
不正請求に関して,保険医療機関は「指定取り消し」「戒告」「注意」を,また保険医は「登録取り消し」「戒告」「注意」などといった行政措置を受けることになります。
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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