もつれない患者との会話術
ポイント
外来での診察呼び出しを名前で呼んだり,病室入口の入院患者名札をつけることは医療機関がその利用目的を明確にすれば,患者・家族に親切な対応を行うことができます。「人はミスを犯す」という前提に立てば,法よりも優先させなければならないことはあるはずです。
解説
個人情報保護法の施行前は,外来では名前による診察呼び出しは当たり前で,病室入口の入院患者名の名札も同様でした。外部からの問い合わせであっても,特に著名人から口外しないよう求められた場合を除いては対応し,見舞い客に患者の病室を教えないなどということはなかったはずです。ところが,法施行と同時に,ほとんどの医療機関が正反対の対応を採るようになりました。しかし,本当に法ではそこまで規制しているのでしょうか。
かつて法の施行に関わった東京大学法学部・大学院法学政治学研究科の樋口範雄教授は,前述のような問題に対して,「回答を法やガイドラインに求めても答えはない」と言っています。その理由を,「このような問題に対しては,医療機関自身が1つの方針を定め,あらかじめ公表しておくことである。つまり,これらの問題は医療機関の環境,建物の構造,医療機関のポリシーに関係したことであるから」と説明しておられます。
しかし,法においてもまったく規定していないわけではありません。法第18条で「個人情報取扱事業者は,個人情報を取得した場合は,あらかじめその利用目的を公表している場合を除き,速やかに,その利用目的を,本人に通知し,又は公表しなければならない」と規定しています。
すなわち,個人情報の利用目的の1つとして「家族などへの病状説明」「患者名による呼び出し」「名札の掲示」「入院有無の問い合わせの対応」などの利用目的を公表することで,対応可能となるのです。
逆に,このような対応を望まない患者がいれば,その旨を申し出てもらうことで希望の対応ができることになり,医療機関としても法施行前の状況(常識的でしかも親切な対応)が可能となるのです。
医療機関の対応
某病院の見学で驚いたのは,入院病棟に案内された際,入口に入院患者名が一切ないことでした。間違えることがないのかどうか伺ったところ,「看護師は自分の担当患者を覚えているので問題はないが,医師が間違えて他の部屋に行く場合もたまにある」という話でした。プライバシーを考慮してのことでしょうが,間違えて病室に入ることくらいは笑い話で済みますが,「いずれ事故でも起きないのだろうか」と気になった次第です。
「医療は不確実なもの」「人は間違えるもの」という認識に立てば,まずミスを防止する手立てを考えなければなりません。そのためには,法より優先して実施しなければならないことはいくつもあると考えます。たとえば,外来の名前による診察呼び出し,病室入口の入院患者名の名札の掲示,外部からの問い合わせへの対応,見舞い客に対する患者の病室案内,など。これらは法施行前の通り実施しても問題ないと思われます。
参考文献
- 樋口範雄:続・医療と法を考える. 有斐閣, 2008.