もつれない患者との会話術
ポイント
紹介状を患者が開封することは,刑法第133条(信書開封)に抵触します。しかし,紹介状を読んでしまった患者にとっては,それまでの診療経過で身に覚えのない内容が書かれていた場合,罪を犯している意識はなく,医師・医療機関への不信感,攻撃的な感情が募ります。いったん,クールダウンさせる言葉,対応が必要となるでしょう。
解説
●紹介状を読んでみたくなるのが人情
紹介状(診療情報提供書)は,患者の住所,氏名,年齢,傷病名,紹介目的,既往歴や家族歴,症状経過,検査結果,治療経過,現在の処方といった患者の状態が一目でわかる内容となっています。患者は担当医から治療計画の説明を聞き,同意した上で治療を受けているため,自分自身の状態や紹介を受ける理由も理解しているはずですが,わかってはいても担当医から預かった紹介状の中身が気になるのが人情です。
このため,患者によっては,封印された紹介状を開封してしまう人もいます。内容を読んで,常々担当医から説明を受けている内容だけなら特に問題ありませんが,まったく聞いたことがない情報が書き込まれていた場合,驚きと不安が交差するとともに担当医への不信感が募ってくることになります。その結果,内容の説明を求めて担当医に詰め寄ることになるのです。
紹介状の開封は罪になりますが,ほとんどの患者はそのような意識がないために,「開封は罪になります」と言っても聞き入れてもらえないのが実情です。そこで,穏やかに担当医に確認した上での返答ということが,一番患者さんを納得させる対応ではないかと思います。
●紹介状を患者が読むことは刑法第133条違反
自分の聞いていない内容が書かれていた紹介状を読んだ患者からすれば,医療機関に駆けつけ,文句の1つも言いたいところですが,担当医からすれば勝手に開封することは罪に問われる行為だと主張したいところです。
では,本当に罪に問うことができるのでしょうか。
郵便物を開封した場合には信書の秘密を犯す罪があるということはご存じと思います。これは郵便法第8条第2項の規定によります。一方,手紙以外の文書の開封の場合には刑法第133条に「信書開封」という規定があります。
●封をしてある文書を使者(患者)が届ける場合も信書扱い
「信書」とは特定の個人に対する自己の意思・思想・感情の伝達を媒介すべき文書をいい,請求書や領収書・申込書も含むと解されています。通説・判例では,信書は意思伝達の文書であることを要するとして,単なる図画や写真は信書扱いとしていません。そして,郵便物であることは必ずしも必要とせず,使者によって届けられる文書も該当します。
「封」とは,披見を禁止する装置であって信書と一体となったものを言います。その典型が封筒に入れて糊付けしたものです。したがって,単にクリップで留めてある場合は封をしてあるとは言えません。また,開封した信書を施錠した引き出しにしまっている場合は信書との一体性がないことから封に該当しません。それでは葉書はどうかといいますと信書には違いありませんが,封がないことから読んでも罪に問われません。同条の「開ける」ということは,内容を認識しうる程度に封を除去することを言い,必ずしも内容を知る必要はありません。以上の理由により,封をした紹介状も信書であり,正当な理由がなく開封した場合は同条の罪に問われることになります。ただし,紹介した患者が当初紹介された医療機関に受診する前に急変し,近医に救急受診して,診療上必要があって搬送された医療機関の医師が開封した場合には,緊急避難(刑法第37条)により罪に問われないとされています。
医療機関の対応
●説明に対する医師の裁量
本来,照会先に宛てた紹介状であり,患者の症状と治療内容等をより詳細に記載しており,そこには患者に説明していない内容が記載されている可能性もあります。開封行為は犯罪であると言うのは簡単ですが,その前に患者の心情を察するのも医師の役目と思います。このケースでは,患者に説明するとかえって治療上マイナスとなることから医師の裁量によって患者への説明を控えたと思われますが,このことが,結果的に患者に不信感を抱かせたものと思われます。
●求められる説明責任
診療契約では医師の義務の1つに「受任者による報告」(民法第645条)があり,医師は診療している患者から症状や検査結果,手術結果等について尋ねられた場合には必要な限り報告する義務があるとされています。ただし,診療に影響を及ぼすと判断した場合には,医師の裁量により説明義務が免れるとされています。
しかし,今回のケースのような場合はどう対処すればよいのでしょうか。まず,患者が正常な判断が可能な状態であれば,担当医が十分治療内容を掌握していることから,これまで説明してきたことと記載された内容について,じっくり説明して納得していただくよりほかにないと思います。患者にとってもかなり前に口頭で説明を受け,記憶にない状況も考えられることから,経過を追って時間をかけて説明することが必要です。
万一,説明していない事項を開封により知りえた場合でも,医師として責任を持って説明するしかありません。なぜなら,説明する義務が医師にあるからです。治療上マイナスになると考え,口頭による説明を行わなかったということであれば,患者の性格,家族関係,今後の治療への影響度等を考慮した上で医師の裁量の下で説明をすることになります。
関係法令など
- 郵便法第8条(秘密の確保)
会社の取扱中に係る信書の秘密は,これを侵してはならない。
- 2.郵便の業務に従事する者は,在職中郵便物に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても,同様とする。
- 刑法第37条(緊急避難)
自己又は他人の生命,身体,自由又は財産に対する現在の危難を避けるため,やむを得ずにした行為は,これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り,罰しない。ただし,その程度を超えた行為は,情状により,その刑を減軽し,又は免除することができる。
- 刑法第133条(信書開封)
正当な理由がないのに,封をしてある信書を開けた者は,1年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処する。
- 民法第645条(受任者による報告)
受任者は,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務の処理の状況を報告し,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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