もつれない患者との会話術
ポイント
治療上の判断などにより不開示を決定した場合,患者から納得を得られなくても,個人情報保護法の不開示理由の該当条項(第25条第1項第1号から同3号まで)のみを示すしか方法はありません。それ以外の情報提供は結局,不開示ではなくなるため,窓口対応としては苦慮するところですが,該当条項のみで押し通すべきです。
解説
●窓口対応で最も苦慮するケースの1つ
模範解答例で対応しても,ほとんどの患者は納得しないと思います。患者と立場が同じなら,やはり不開示理由を具体的に聞きたいと思うでしょう。これは,窓口担当者が対応に苦慮する事例です。
そもそも,個人情報保護法では具体的理由を述べる必要性がないとしています。要するに,不開示条項を示すのみで十分であるという扱いとなっているのです。ただ,国民全員が個人情報保護法の内容を理解しているなら,該当条項を示すだけで十分でしょうが,現実には患者からすれば「なぜ」ということになるわけです。
●本人または第三者の生命,利益等を害する場合
個人情報保護法第25条第1項第1号の例としては,「個人情報の中に,第三者による本人の情報提供が含まれており,それが本人に開示されることにより,本人の怒りをかうおそれがある場合」があります。
たとえば,精神科で治療を行っている患者の場合,第三者からの情報(親や配偶者からの本人に関する情報提供等があり,それらの情報の中に今後の治療上に影響を及ぼす恐れのある情報が含まれている場合)の記載があり,情報を提供してくれた第三者(親や配偶者等)の同意を得ずに本人に情報開示することで,第三者との信頼関係が損なわれる場合です。
この場合には第三者に同意を得ることなく開示に応じたことで,不法行為責任を負うことも考えられることから,判断に迷う場合には第三者の意見を聴取する必要があります。また,同じく同条同項同号の例として「本人に関する個人情報の中に,第三者のプライバシーが記録されている場合」も不開示とすることができます。つまり,患者の診療録に他の患者の個人情報が記載されており,開示によりプライバシーが知られること,ならびに当該患者に対する影響が懸念される場合です。このような場合にも,第三者の意見を聴取して対応することが求められます。
もう1例挙げますと,「不治の病を本人が知ることで,精神的・身体的状況を悪化させる恐れがある場合」があります。医療現場においては,このケースが最も多いものと考えられます。特に末期がんに侵され,余命いくばくもないという患者に対し,開示することで精神的にショックを受け,自殺しかねない状況が予想される場合,絶対開示すべきではありません。しかし,本人には開示しなくても患者の家族には告知すべきという判例もあり,病状に応じた説明責任を果たすことが求められます(最高裁第三小法廷平成14年9月24日判決)。
●業務の適正な実施に著しい支障を及ぼす場合
同法第25条第1項第2号の例では,「個人情報の中に,第三者から取得した当該本人に関する情報であって,開示することにより第三者との信頼関係が損なわれ,今後協力が得られなくなる恐れがある場合」が考えられます。
患者の治療を行っていく過程で,多くの関係者から情報提供を受けて行われる場合もありますが,それらの情報が必ずしも患者にとって好ましい情報とは限りません。したがって,開示することで提供先との信頼関係はもとより,今後の協力も望めないような状況が予想される場合には,やはり不開示とすべきです。ただし,第25条第1項第2号は,個人情報取扱事業者の権利利益を保護する規定であることから,医療機関側に不利益を被ることが予想されるにしても医療機関の判断で患者のためと思えば開示することは可能です。
医療機関の対応
個人情報保護法では「本人から求めがあった場合には原則開示」となりますが,特に医療機関で問題となるのは,「不開示」と決定した場合の本人への通知のしかたです。
法律的にみれば,日本医師会の回答書例のように,不開示理由のいずれか該当項目を示すだけで十分であると言えます。
開示を求められないようにするには,日頃からの信頼関係に努めることが大事かもしれませんが,現実には何らかの目的を持って開示の求めがあった場合,法律上の「不開示理由」の概要項目を示すだけでは納得してもらえないと思います。医療機関の担当者が患者に通知する際,何か納得させられる対応がないものでしょうか。
この件について東京大学法学部・大学院法学政治学研究科の樋口範雄教授は,あるセミナーで「不開示理由で,医師の判断として家族の意向にかかわらず本人に告げるのはよくないと判断しているケースの場合は,家族の意向を確かめる必要はあるが,その結果,家族も不開示を支持するようなら『第25条第1項第1号により不開示とする』旨の説明をするほかないと思われる。この場合,患者の納得は諦めても,なお知らせるべきでないという医師の判断だと考えるべきであり,それ以上説明はできないと言うほかない」と述べておられます。
また,同じセミナーで元判事の稲葉一人氏は,「開示しない旨を説明するには2つの場合が考えられる。①不開示条項通知説:日本医師会のように不開示条項のみを通知する方法,②実質理由通知説:より広く,なぜ不開示とするのかその理由を説明する方法,の2つである。しかし,②の説を採用すると,不開示の実質的理由を説明すると結局は開示したと同じになり不開示の理由とはならなくなる。したがって,①の説を採用することが一見患者には不親切なように思えるが,医療機関としては不開示条項のみを説明し押し通すのが最適と思える」と説明しています。
お二人の意見を紹介させていただきましたが,結局のところ,冒頭で述べた「法第25条第1項第○号により不開示とする」ということに落ちつくかと思われます。
カルテには患者の診察内容をはじめとして,他施設からの情報提供,家族構成,病気に至るまでの経緯,治療方針,予後のこと,趣味・嗜好・癖等々,実に様々な情報が書き込まれており,本当は開示したくない情報もたくさん盛り込まれています。故に,日頃から患者とコミュニケーションを図り,良好な関係を構築する必要があると思うのです。
関係法令など
- 個人情報保護法第25条(開示)
個人情報取扱事業者は,本人から,当該本人が識別される保有個人データの開示(当該本人が識別される保有個人データが存在しないときにその旨を知らせることを含む。以下同じ。)を求められたときは,本人に対し,政令で定める方法により,遅滞なく,当該保有個人データを開示しなければならない。ただし,開示することにより次の各号のいずれかに該当する場合は,その全部又は一部を開示しないことができる。
- 1.本人又は第三者の生命,身体,財産その他の権利利益を害するおそれがある場合
- 2.当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合
- 3.他の法令に違反することとなる場合
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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