もつれない患者との会話術
ポイント
実際使用している書式名称と説明する際に発している言葉に相違があると,患者も戸惑うことがあります。医療機関内で統一した名称に改めることは事故防止にも繋がります。
解説
●医療機関で使用される同義語・類義語
医療機関において,診療を行う上で患者に記入して頂く書類は多種多様です。そこには似たような言葉や用語がたくさんあります。たとえば「同意書」「承諾書」「誓約書」「依頼書」といった名称の書類です。それらの書類は実施する診療内容により,それぞれの名称を用いて使用されますが,いったいどのような意味があるのでしょうか。医療機関に従事している者にとって,日常何気なく使用している言葉について,意味を考えずにかつあまり意識せず使用していることが多々あります。また,業務で使用される言葉には似たような意味合いを持つ言葉も存在しています。たとえば,「疾病と病気」や「回復と快復」「打撲傷と打撲創」「投薬と投与」「病と疾患」「傷と創」等々です。
●同義語と法令用語
「同意書」や「承諾書」「誓約書」「依頼書」といった文書は,どの医療機関にも用意されていますが,どのような場面で使用されているのでしょうか。それぞれ意味合いが違うのでしょうか。たとえば,手術の際にお願いする書類として「同意書」または「承諾書」であり,会計窓口で未払い金が発生した場合に支払い期日と金額を明記し確認した上で記入してもらう書類は「誓約書」であり,他医療機関や院内他部署に何らかのお願いをする場合には「依頼書」を用いているのではないでしょうか。しかし,法律的にみれば,これらの用語はすべて同義語であるというから驚きです。
本来の筋道から言えば,ある内容について理解し,同意をし,承諾して,その上で依頼することになります。したがって,一番ふさわしい名称としては「承諾書」となります。ではなぜ同じ意味の言葉が使い分けされているのでしょうか。前述のそれぞれの言葉が同義語とすれば,どの用語でも各人の好みで使用してもよいかというと,原則的にはどの用語を使用しても差し支えないと言えます。では,なぜこのような同義語があるのでしょうか。それは法律においては,そのときの事柄に対して最も適切な用語を使用することが肝腎とされており,あいまいな用語では相手に誤解を与えることにもなりかねないことから,簡潔明瞭で適切な用語が求められるのです。用語の意義,作用,効力を正確に表現し,正しい用法を示すことが必要です。
ほかに日常使われている言葉を法律用語で表現した場合の例を挙げると,「約束」は「契約」,「申し込み」は「申請」または「応募」,「支払い」は「弁済」,「同意または承知」は「承諾」等々に置き換えられます。これらの用語はいずれも簡潔明瞭という点で共通しています。法律用語は正確性を重視することから日常用語における修飾語を取り除いている点に特徴があります。日常用語と違う用語を使用することにより,言葉が与える理論的な意味以外の主観的な印象,すなわち「語感」によって事の本質を見誤るのを避けることが大切であるということが理由となっています。「依頼書」ではなく「誓約書」と書くことにより,「何か複雑重大な依頼でただ事ではない」ということが連想され,尋常ではないという印象を与えるように,心理的に何か重大な意味合いを持ち大事な事柄であると思わせることができます。
●医療に関わる類義語
類義語を辞書で検索すると,「同一の言語体系の中で語形は異なっても意味の似かよった2つ以上の語で,広義では『同義語』も含まれる」と説明されています。類義語も意味の関わり方によっていくつかに分類できます。①意味がほぼ重なる関係(例:おなか⇔はら,決める⇔定める等),②意味の一部が重なる関係(例:話す⇔語る,ふち⇔へり等),③一方の語の意味を他方の語が包み込む関係(例:夜⇔晩,うまい⇔上手等),④両方の語の意味がきわめて近い関係(例:いる⇔ある,踊る⇔舞う等),⑤その他:特殊な関係(敬語:あなた⇔貴殿,専門語:おたふくかぜ⇔耳下腺炎,隠語:死亡⇔ステルベン,幼児語:あんよ⇔足,等々)のように分類できます。そこで,3つだけ医療に関する類義語を紹介します。
まず,「病」と「疾患」についてですが,「病」は自分で異常を感じる状態のことを言い,「疾患」とは客観的に,たとえば医師によって診断,命名されるもののことを言います。
同じような言葉に「病気」というものがありますが,これはいろいろな疾患の寄り集まりと考えられる症候群なども含めたより広範囲な意味を持った言葉として使用されます。
「創」と「傷」は似ていますが,「創」は体表に明らかなきず,つまり連続性の離断のある場合に用い,連続性の離断のない場合に「傷」と用います。
「投薬」と「投与」はどうなのでしょうか。辞書によれば「投薬」とは「医者が患者に薬を与えること」とあります(例解新国語辞典)。つまり,投与と同じ意味になるわけで薬を投げるとは乱暴な言葉と受け止められますが,この「投」には「投げる」「投げつける」のほかに「贈る」という意味があります。人から物を贈られたことに対する敬語「恵投」という言葉があります。この場合の「投」は「贈り物」ということです。したがって,「投薬」も「薬を贈ること」と考えられるのではないかと思います。
医療機関の対応
毎日多くの患者と対応している窓口職員としては,いちいち細かいことにかかずらわっていられないという方もいると思いますが,来院する方の中には,言葉使いや用語の使い分けにうるさい方もいます。また最近は,説明している内容の一言一句聞き漏らさないように,かつ不適切な発言をしようものなら念を押すように確認を求めてくる方もいます。ここは1つ,知識として覚えておいてはいかがでしょう。
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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