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専門用語で診断結果を説明したほうが医師としては楽ですが,患者に理解してもらうには,わかりやすい言葉を使用するなり,工夫が求められます。
国立国語研究所の「病院の言葉」委員会が,平成20年10月21日に難しい医療用語を患者にわかりやすく説明するための手引の中間報告を発表しました。この中で140語の医療用語が取り上げられ,そのうち57語については「簡単な説明」から「時間があるときの詳しい説明」まで,3種類の説明を提案しています。
例を挙げると,日常用語に言い換えるべき言葉として「寛解」があります。この言葉の認知率は13.9%と低く,このまま使用しても8割以上の人が理解しがたいということになります。確かに医療機関に勤務する職員でさえ,勤務する部署によっては,この用語自体まったく知らない場合もあります。ちなみに「寛解」とは,症状が落ちついて安定した状態を言います。要するに,病気が一時的に寛(ゆる)くなり解(と)けたような状態,つまり,このまま治る可能性もあるし,再発する可能性もあることを意味します。
治った状態のときに使う「治癒」とは異なります。
ちょっと気になって,健診結果の報告書から不可解な用語をピックアップしてみたところ,「動脈管開存」「化生性胃炎」「心血管イベント発生」「左上葉舌区肺炎」「右肺尖小結節」などの用語がありました。このような専門的な医療用語が混じった報告書を渡されても,患者には意味不明で何のことかわからないのは当然で,後から問い合わせが来てもやむをえないでしょう。似たような出来事は,どの医療機関でもあるのではないでしょうか。専門用語というのは業界の中において使用するには非常に便利ですが,あくまでも業界内だけの話です。第三者にとっては意味不明,理解不能な言葉であることを心得ておくべきです。
数年前,某週刊誌のあるページに「今週のブーイング」と題して,調剤薬局での薬剤師と患者のやり取りが紹介されていました。薬剤交付時の薬剤師の説明は「点鼻は1日2噴霧まで可。眼球瘙痒時に随時点眼可です」という内容だったのですが,これを聞かされた患者の頭の中は「テンビワイチニチニフンムマデカ。ガンキュウソ~ヨ~ジニズイジテンガンカデス」となってしまったわけです。
コラムの中で筆者は,「この説明では,何回聞いても理解することは困難であろう。『眼球瘙痒時随時点眼可』は,『目がかゆいときはいつでも差してください』とわかりやすく言えばいい」と憤慨し,心がこもらない慣用語,専門用語の氾濫に対して「専門家よ,誰を相手に仕事をしてるんだ?」と叫んでいました。この叫び声は,医療従事者,特に医師に対して言っているものと受け止め,わかりやすい説明に徹するよう取り組んでいただきたいものです。
国立国語研究所の「病院の言葉」委員会の委員の1人,矢吹清人氏は「患者には,医学用語はすべてわからないものだということから始めないと,医療の内容を易しく伝えることは不可能だ」と指摘しています。そして,「患者に対する『易しさ』は『優しさ』に通じる。易しく伝えることが,優しい医療を実現するということを強調したい」とも述べておられます。まさにその通りだと思います。
また,同じ国立国語研究所の吉岡泰夫上席研究員は「医療用語は専門家同士では非常に便利で能率的ではあるが,一般の方にとってはコミュニケーションの壁になりうる」と指摘しています。
『あなたの患者になりたい―患者の視点で語る医療コミュニケーション』の著者である佐伯晴子氏は,OSCEにおける医療面接試験の模擬患者役として参加している立場から,著書の中で「医療用語は医療従事者以外の人にとっては外国語に等しいくらい耳慣れないものが少なくない」と語っています。そして,「日本語の熟語や漢語は発音だけでは同音異義語が多くて区別がつかない。患者はカタカナの音で受け取り,頭の中で漢字に組み立てる作業をするが,ここで医師と同じ漢字にならないと通じたことにはならない。ましてや,耳慣れない言葉を聴いても音声からでは漢字に変換できない。だから,医師の言葉が耳に入っても意味不明では相互理解ができないのである」とも分析しています。
参考
医療面接の実習などで,医療者(学生)に症状を話したり,質問に答えたりする患者役を務める人のことを言う。SP(simulated patient)とも言う。
通称「オスキー」と呼ばれ,日本語では「客観的臨床能力試験」と訳されている。医療面接や身体診察などの実技試験により,医療者としての態度やコミュニケーション能力,診察能力など,ペーパーテストでは評価できない能力を評価する。
参考文献
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
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