もつれない患者との会話術
ポイント
生命保険会社などへの診断書までも含めて医師には交付義務があります。交付する・しないは医師の裁量ではありません。なお,必要な情報がきちんと記載されていれば自院の書式でも問題ないと考えます。また,すべての項目を埋めようとして,あいまいな内容を記載すれば,後々トラブルにつながりかねません。
解説
各法令による指定を受けた保険医療機関には依頼文書の交付義務があります。では,指定を受けていない医療機関あるいは指定とは関係ない依頼文書でも,文書の作成,交付に応じなければならないのでしょうか。
文書の交付は医師法第19条第2項でその義務が規定されています。文書交付に関する規定はこの条文だけです。同条同項の「診断書」とは,通常の診断書および死亡診断書を指します(厚生省健康政策局,編:医療法・医師法(歯科医師法)解. 第16版. 医学通信社,1994)。ただ,この「通常の診断書」とは,院内の所定様式の文書のみでよいのか,それとも外部から持ち込まれる診断書などまで及ぶのかは,明記されていません。
しかし,通例の解釈では,一般的な診断書すべてを含むと考えられています。すなわち,生命保険会社や損害保険会社からの様々な診断書類についても,医師の裁量で交付したり,しなかったりということは認められないということになります。
そもそも診断書は,社会的に必要性が高いため,医師の裁量に委ねることなく交付を義務づけていると考えられますので,依頼された医師はこの点をよく理解する必要があります。また,診断書を預かる受付担当者も交付義務規定を担当医によく説明し,依頼すべきでしょう。
医療機関の対応
医師あるいは医療機関の中には,「交付はするが,依頼された様式では作成したくない」とわがままをいって,自院備え付けの様式で患者に交付しているところがあると聞きます。このようなケースでは医師法第19条第2項との関わりが気になるところです。
依頼文書の多くが,必要な情報を処理するために作成された書式であり,個々の医療機関が独自に作成した書式の文書に記載された情報と完全に合致するわけではありません。ただ,個々の医療機関の書式を用いつつも,先方の要望にきちんと応えられるだけの内容に加筆するなどして整えられさえすれば,特段問題はないと言えます。同条同項では用紙の変更に関することまでは規定していません。
また,よく聞く医療機関側からの疑問は,「求めに応じてすべての項目を記入しなければならないのか」ということです。実際,いくつかの依頼文書の書式を見てみると,本当に細部にわたって意見を書くよう求めるものがあり,このようなスタイルが医師の作成意欲を削ぐ要因になっていると考えます。医師とてオールマイティではなく,診断結果からすべての項目が記入できるというものではありません。ましてや,医師の知らない事項や容易に診断できない事項,あるいは専門外の項目は記述できなくて当然です。
したがって,未記入の項目があったからといって,問題になることはないと考えます。
むしろ,あいまいなことを記載して,後々トラブルになるリスクを考えれば,担当医として責任の持てる範囲で,自己の技術と知識を駆使して記載できる事項のみに留めるべきと言えます。
こうして作成し,交付した文書も,後日,提出した先(保険会社など)から,内容の修正,文言の訂正,追記などを要請される場合があります。しかし,医師の責任において診断結果に基づいて作成した文書であることから,このような第三者からの干渉および制限を受けるいわれは何らありません。記載内容については医師の裁量が医師法により保証されているからです。交付後の文書内容変更などの要請に応じるか否かは,医師の裁量であり,必要と判断すれば応じればよいし,不要と思えば拒否して差し支えないわけです。
多種多様な文書が増える中,文書作成に乗り気でない医師と即刻交付を望む患者との板挟みになって,対応に苦慮している事務担当者もいることでしょう。診療には一所懸命になっても,診療以外にはまったく関心を示さない医師は少なくありません。しかし,医師が作成,交付する文書は,患者の人生計画・生活設計をも狂わせるほど社会的影響が大きいものです。このことを肝に銘じ,せっせと応えるしかないと思います。
関係法令など
診察若しくは検案をし,又は出産に立ち会った医師は,診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証明書の交付の求めがあった場合には,正当の事由がなければ,これを拒んではならない。