もつれない患者との会話術
ポイント
インフォームドコンセントは,実は,医師自身の身を守ることにつながります。そのことを理解しつつ,説明責任を果たすべきです。
解説
外来語のわかりやすい言い換えを検討していた国立国語研究所が,平成15年4月25日に第1回分の62語について最終案を発表しました。その中で,「インフォームドコンセント」の言い換えが「納得診療」であったことをご記憶の方もいると思います。これについて,東京SP研究会の佐伯晴子氏は次のように話されています。
「以前,日本医師会が『説明と同意』と訳したが,これとどう違いがあるのか。consentは『承諾する』という動詞であり,動詞の主語は誰なのか?またinformedは『情報を与えられた』という受動態の形容詞化したものであるから『情報を与えられて承諾する』というのが本来の語義である。さらに診療するのは医療側であり,コンセントする主語の患者を医療側に置き換えることは本来の趣旨に反していないのか?この言い換えにして誰もが良かったと思えるよう,もっと議論すべきではないか」。
成城大学大学院法学研究科の伊澤 純先生は,論説「医療過誤訴訟における医師の説明義務違反」で次のように説明しています。
「米国での説明義務の履行は,現在では,きわめて詳細にわたっている。これは,これまでのインフォームドコンセントに関する訴訟の経験から,医師,医療機関がきわめて防衛的となり,後に説明不十分を理由に法的責任を追及されることのないよう,より多くの内容を詳しく説明しようとするためである。(以下略)」
要するに,本来患者のためのインフォームドコンセントが,医師の紛争回避・自己防衛の道具となってしまっているのです。
わが国も今後,法曹人口が増える中,医療訴訟を専門とする弁護士の数も増え,それに伴って医療訴訟が増加すると見込まれています。このことから,ますますインフォームドコンセントの重要性は増すと思います。
医療機関の対応
アメリカ病院協会の「患者の権利章典」では次のように謳っています。
「患者は,思いやりのある,[人格を]尊重したケアを受ける権利がある」「患者は,自分の診断,治療,予後について完全な新しい情報を,自分に十分理解できる言葉で伝えられる権利がある」「患者は,何らかの処置や治療を始める前に,インフォームドコンセントを与えるのに必要な情報を医師から受ける権利がある」。
一方,国内の報道では「手術の際の説明不足で賠償命令」や「説明不足で不信生む」といった記事見出しが多く見受けられ,医療訴訟のほとんどは医師の説明不足が原因で起きていることを伺わせます。
筆者も,医療訴訟の公判を傍聴したことがありますが,原告である医療過誤被害者の言葉を聞く中で,もう少し医師が患者の立場になって親身に説明していたなら訴訟にならなかったであろうと思われる場面に直面することがありました。
また以前聴いた,ささえあい医療人権センターCOML理事長の故・辻本好子氏の講演では,「患者の知る権利を尊重してくれる,わかりやすい説明に努力されている医療者(医療機関)に出会いたい」ということと,「安全で,安心と納得できる医療を患者が望んでいる」ことが強調されていました。
多忙な医師にとって,専門用語や隠語,省略したフレーズを駆使したほうが説明しやすいとは思います。ただ,患者の立場からすれば,本当に知りたいと思っていることを平易な言葉で理解させてくれる,そうした丁寧な説明を心から望んでいるわけです。そのことを肝に銘じて,日頃から患者への説明を実践するよう心がけなければなりません。
医師の説明義務は“診療契約”の中にも盛り込まれており,その説明範囲は患者の同意に対応するものであることから,患者の病状,それに対する診療方法及び診療内容,予想される効果と副作用,危険性などについて,患者が理解できるレベルでの説明が求められているのです。
同時に,一般論としても不確定要素の多い医療は,不測の事態が起こりうることを説明する必要があります。
参考文献
- 佐伯晴子:あなたの患者になりたい─患者の視点で語る医療コミュニケーション. 医学書院, 2003.
- 伊澤 純:成城法学. 2000-07;62:41-123.