もつれない患者との会話術
ポイント
言葉ひとつでも,使われる場面,使われ方,受け手の性別,年齢,立場,性格などによってその理解に相当の開きがあります。このため,重要な場面では相手がきちんと理解しているか確認し,あいまいな表現を避けるよう心がけるべきです。
解説
あいまいな表現は日本語の特徴のひとつと考えられ,厚生労働省の通知文などにも,よく用いられています。たとえば,「直ちに提出してください」「遅滞なく届けてください」という表現も,これに該当します。「直ちに」とは「その日のうちに」,「遅滞なく」は「2~3日以内に」と解することができます。他に,「速やかに」という表現もよく使用されていますが,これは「事態発生後から4~5日以内」と考えられています。
一方,診察の現場でも,あいまい語は頻繁に使用されています。たとえば,診察後の「たいしたことはありません」という言葉や,「様子を見ましょう」といった言葉です。「様子を見ましょう」という言葉には「経過観察」という意味が含まれており,その時点では,患者の納得のいく合理的な説明が医師にできない場合,間をつないでおくという意味合いもあります。
「様子を見ましょう」と言われたほうの患者の心理としては大変心許ないと思いますが,医学は自然科学の中で合理的に説明できる部分が最も少ない分野であり,病気に関して実は解明されている部分が驚くほど少ないというのが現実の姿です。したがって,医師が慎重に対応しようとすればするほど,「様子を見ましょう」という言葉を多用するのは無理からぬことと言えます。
医療機関の対応
ある時計メーカーがビジネスマン400人を対象にしたアンケート調査によると,「ちょっと打ち合わせ」の「ちょっと」の時間の長さを尋ねたところ,「30分」が41%と最多で,平均では「24分」だったそうです。また,「折り返し電話します」の「折り返し」の時間は「10分後」と受け止める人が最も多く,平均は「15分」でした。
同じアンケートを,学生や主婦,高齢者を対象に行った場合,それぞれ異なる結果が出てくることは容易に予想できますし,土地柄や風土によっても違いは現れるでしょう。
このことから,あいまいな言葉・言い回しは,特に重要な期日に関係する場合には使用すべきではないと思います。
日本人は「察するという気持ち」を持っていると言われていますが,それは昔のことであり,今の若い世代には通用しない面が多分にあります。要は,具体的に相手がきちんとわかるまで説明し,確認することが肝心だと考えます。
コラムあいまい表現の受け止め方
あいまい語で有名になった言葉の1つに,衆議院の解散時期を追求された民主党の野田佳彦前首相が発した「近いうちに国民に信を問う」というフレーズがあります。この「近いうち解散」の時期がいつなのかを巡って,マスコミが大いに騒いだことが記憶にあると思います。
当時,政治学の専門家はこの「近いうち」を「永田町用語として2~3カ月後を指すことが多い」と指摘し,言語学の専門家は「近い将来よりは近い」と説明していました。また,前述の時計メーカーがビジネスマン400人を対象に調査した結果では,「1カ月後」と受け止めた人が43%,「1週間後」が25%,「実際にはしない。社交辞令」と考えた人が18%もいたということです。これは,あいまいな表現の受け止め方は人それぞれであるということの好例でしょう。