もつれない患者との会話術
ポイント
病室に居座る患者に退院を求めていく場合,医療機関側は病室明け渡しの仮処分申請にまで至る可能性があることも想定します。同じく,患者がエスカレートして損害賠償請求にまで至ることも念頭に置きます。仮にそのような事態に至った場合でも,手続きがスムーズに行われるよう,入院治療が不要である事実をきちんと押さえ,医療機関側が適切な説明を行った経緯を記録するなど,十分な準備を重ねておくことが重要です。
解説
退院できる状態になっても,いろいろな事情でなかなか退院したがらない患者もいます。しかし,医療機関は入院待ち患者をたくさん抱えており,治療の必要のない患者を入院させておくことはできません。退院可能な患者には入院治療の必要性がないことを説明し,退院を促すことになります。ただ,中にはおいそれと同意しない患者や家族もいます。
強い調子で退院を勧告するような場合,改めて患者に対して入院治療の必要性がないことを,時間をかけてじっくり説明しなければなりません。その上で,患者の理解を得る手順を踏むという経緯が必要です。そして,ここまでして患者の理解が得られなければ,病室明け渡しの仮処分申請を行うことになります。
入院治療を必要としない患者に対して,再三再四勧告を行ったにもかかわらず,患者がこれに応じず,患者に病室明け渡しの仮処分が認められた判例(東京地裁昭和44年2月20日)を紹介します。
「入院契約の目的は,病院側において,入院患者の病状を診察し,右症状が通院可能な程度にまで回復するような治療をなすことにあり,入院治療の必要の有無は医師の医学的,合理的な判断に委ねられ,患者の訴える自覚症状はその判断の一資料にすぎないもので,医師が当該患者に対して入院治療を必要としない旨の診断をなし,右診断に基づき病院から患者に対し退院すべき旨の意思表示があったときは,特段の事由が認められない限り,占有使用に係る病床を病院に返還して病室を退去し退院すべき義務があるものと解すべきである。(中略)これにより右入院契約は目的の到達により,終了し,債務者(患者)は,同契約上債権者(病院)に対して占有使用中の病床を返還し,病室を退去して退院すべき義務があるといわなければならない」。
医療機関の対応
退院可能だからといって,即刻,強制退院させることには問題があります。診療契約は準委任契約(113頁参照)であることから,患者・病院,いずれか一方から解除できますが,病院側の「解除権の濫用」に当たると考えられる場合には解除は許されません。
逆に,患者の不利益な時期に解除しようものなら,病院に損害賠償の支払いが生じかねないので,判断には十分注意が必要です。