もつれない患者との会話術
ポイント
治療に対する患者の自己決定権を尊重しなければなりませんが,説明義務違反を問われる判例もあります。後々トラブルとならないよう,再三にわたり医療行為を受けるように説得していたと客観的に判断できる証拠を残しておくことが普段から必要です。こうした備えがあってこそ,遺族にも堂々と向き合えるというものです。
解説
●実際の裁判例では医師に過失なし
酒気帯び運転で事故を起こして搬送された患者が,検査を勧める医師の説得に応じず,病院を出たあとに急死し,訴訟となった事件がありました。当時,担当した医師は検査の必要性を繰り返し,説明し説得に努めましたが,患者は応じなかったとのことです。
裁判では,「必要な説明,説得をしても,なお患者が医療行為を受けることを拒む場合には,それでも担当医師らに診察・検査を続行し,経過を観察すべき義務があったということはできない。なぜなら,医療行為を受けるか否かの意思決定は患者の人格権の一内容として尊重されなければならないのであり,最終的に医療行為を行うか否かを患者の意思決定に委ねるべきだからである」とし,担当医師に過失なしとの判決を言い渡しています(札幌地裁平成13年4月19日判決)。
●患者の自己決定権を尊重しつつ,医療行為の必要性を判断する
医師には患者に適切な説明と助言を行う義務がありますが,検査や処置を受けるか否かは患者の自己決定権を尊重しなければならないとされています。このため,医師は患者の状態を把握した上で治療の必要性を説くことが求められます。気をつけなければならないのは,拒否する患者がその時の気まぐれで拒否しているのか,熟慮した上なのかを十分見極めなければならないという点です。
また,往々にして,後日トラブルになることが多いので,経緯をしっかりと書き留め,医療機関側の正当性を主張できるようにしておくことが重要です。繰り返しになりますが,結局はその時の医療行為の必要性と説得の度合い,そして患者の意思決定の強弱で医療機関側の対応の正当性が判断されることになります。
医療機関の対応
今回のケースのように,何かと理由をつけては診療拒否する患者もいます。
ただ,検査の必要性を説明したものの患者が拒否したのだから検査を実施しなくても正当であると簡単に結論づけるべきではありません。なぜなら,肝がんに進展しやすい肝硬変との疑いで,入院検査の上確定診断を得る必要があると説明していたにもかかわらず,患者が入院拒否したという案件に対し,専門病院での精密検査の必要性についての説明がなかったとして医療機関側に説明義務違反を認めた判決(東京高裁平成10年9月30日判決)があるからです。
近年,権利意識の高揚で権利を主張する患者も増えてきました。極端な場合,医師の診断を否定したり,診断根拠を根掘り葉掘り執拗に聞いたりというように,以前なら考えられない権利意識のはき違えを示す患者もいます。
通り一遍の説明で良しとするのではなく,再三にわたり医療行為を受けるように説得していたと明らかに客観的に判断できる文書を残すことを心がけるべきです。
関係法令など
受任者は,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務の処理の状況を報告し,委任が終了した後は,遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。
参考文献
- 長野県弁護士会,編:説明責任─その理論と実務. ぎょうせい, 2005.