もつれない患者との会話術
ポイント
医師法第23条に保健指導を行う医師の義務が規定されていますが,これは性質上,訓示規定です。一般に療養指導は,当面の症状と相当関連するものを説明し,その遵守を促さなければなりませんが,それに伴う結果の責任は問われません。基本的には,自分が指導に従わなければならないことを患者に理解させることが重要です。
解説
●療養指導の結果に医師は責任を負う必要はない
療養指導について,浦和地裁は1998年7月17日,「療養指導は医師が患者に強いることができるものではなく,医師として患者に対して必要な知識を与えた上,患者自ら実行するよう促すしかないのであって,結果的にこれが実行されなかったことについて被告が責任を負ういわれはない」として医師に無罪の判決を下しました。
すなわち,患者に対して必要な療養指導を具体的に告げ,その遵守を促すまでが医師の義務であって,患者が指導に背いたからといって,それに伴う結果まで帰責されることはないということになります。
●当面の症状と相当に関連するものについて指導・説明すればよい
診療報酬のうち指導(管理)料は,医師などが行う疾患に対する療養指導や計画的な治療管理を評価したものですが,療養指導には促進すべき指導と禁止すべき指導の2種類があります。促進すべき指導とは,たとえば安静の保持や適度な運動の指示などであり,禁止すべき指導とは,禁煙や禁酒の指示や外出・入浴の禁止の指示などです。
一般に療養指導は「当面の症状と相当に関連するものについて指導・説明すればよい」と解されています。つまり,診療当時の医療水準において相当程度の蓋然性をもって発生が予見できる疾患や,有効かつ安全で一般的に求められている予防や治療,検査方法について指導・説明すればよいわけです。
●説明しにくく,納得してもらうのが難しい指導(管理)料の算定
療養指導の義務については,医師法第23条に「医師は,診療をしたときは,本人又はその保護者に対し,療養の方法その他保健の向上に必要な事項の指導をしなければならない」と規定されています。この規定は性質上,訓示規定であって違反に対する罰則はありません。また,どの程度の指導を行わなければならないかなどの具体的な項目も定めていません。しかし,傷病の治癒および軽減という医療行為の目的を達成するには医師と患者が一体的に相互協力することが必要不可欠なことから,医師が尽くすべき義務と解されています。
実際,指導(管理)料の診療報酬の算定は,トラブルの原因の1つです。支払い時に「指導らしき内容のものは受けていない」「どこからどこまでが指導(管理)料算定の対象なのか」といった質問を受けることが多いのですが,説明しにくく,納得してもらうのが難しいところでもあります。
よくカルテ記載の際,「療養指導実施済」というような印鑑で済ませている医療機関もありますが,印鑑だけでは療養指導を行ったとは認識されません。しっかり内容を書き留めておくことが不可欠です。
なお,患者は自分の身体の処遇について最終的な決定権を有し,この決定権を保障するものとして説明義務があると言われています〔上田智司著『医療事故の知識とQ&A』(法学書院)〕。このように療養指導は説明義務の一形態と考えてよいかと思います。
●療養指導に関する別の判例
1994年3月24日の神戸地裁の判決では,通院中の慢性肝炎患者が肝硬変,食道静脈瘤破裂により死亡した事案について「肝硬変への移行を診断して絶対的禁酒の警告等の療養指導を行い,専門病院への転院をさせて患者の死亡を防止することができたのに,これを怠った」として,医療機関の過失を認定しています。こうした判例もありますので,注意を要します。
参考
規定に違反しても,その違反行為の効力には影響がなく,また違反行為に対する罰則等の制裁措置も伴わないような規定を指し,一定の「義務づけ」は課しているが,「義務違反」に対する法的な効果が発生しない規定を指します。
蓋然性とは,「ある事柄が起こる確実性やある事柄が真実として認められる確実性の度合い。確からしさ」(広辞苑)を意味しており,訴訟では事実認定を行う際に必要とされる証明の程度を指します。
医療訴訟において,医療者・医療機関(被告)側に責任がないことを主張しようとする場合,「高度の蓋然性」の証明が求められます。この「高度の蓋然性」とは,「通常,人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるもの」(最高裁第二小法廷昭和50年10月24日判決。民集29巻9号1417頁)とされています。言い換えれば,大多数の人が経験則に照らして納得しうる治療行為であれば,医療機関は責任を問われないということです。