もつれない患者との会話術
ポイント
時効となった診療費は,以後一切請求できないわけでないことを,窓口では理解しておく必要があります。通常業務として,督促状を送付したり,後日来院した機会を捉えて患者に理解を得るよう説得するなど,未収金対策に積極的に取り組むべきです。なお,窓口での対応は,未払い当時の状況(トラブル,クレームの有無)が重要になることもありますので,丁寧な対応を心がけましょう。
解説
どの医療機関でも最近では未払い患者が増加し,その未収金処理に頭を痛めていることと思います。経理上,2年間経過した未収金は損金処理している医療機関もあるかと思われますが,その時点で回収の業務を終了したり,引き続き回収に努めるところもあり,様々です。
未払いの診療費については,「時効」の期間が経過した場合に債権が直ちに消滅すると思っている方もいるかと思います。
時効には2通りあります。1つは一定期間権利を行使しなかったことによって権利が消滅してしまう消滅時効,もう1つは時効によって権利が取得される取得時効です。医療機関における時効は消滅時効であり,権利を行使しないことで消滅します。時効期間が満了し,時効の援用により時効が完成することになります。時効が完成するということは,債権が消滅することを意味します。
「時効」は,時効によって利益を受ける者が,「時効が成立した」と主張しなければ効果が生じません。「時効が成立した」と主張することを「援用」といいます。この「援用」がなければ「時効が成立した」とは言えないのです。したがって,時効期間を過ぎたからと言って請求を諦めるのではなく,相手方からの「援用」がない限り,請求し続けることが肝心です。なぜなら,中には時効によって利益を受ける(=医療機関が未払い分の請求を諦めたため患者が得をする)ことを不満とする患者もいるでしょうし,法律は時効の利益を受けるか否かは利益を受ける者の選択に任せているからです。
また,民法第146条では,時効完成後の利益放棄を認めています。つまり,時効が完成した後に債務の一部を弁済した場合には時効の利益を放棄したものとみなされ,その後,たとえ時効の完成を知らなかったからと言って援用しても認められません。と言うことは,時効完成後の弁済は通常の弁済と同様に扱われ,時効の援用をしたとしてもお金を返してもらえない(=未払い金の一部を受領した医療機関は,その後に患者が援用しても,払い戻す必要はない)ということです。
時効完成後の弁済については,「時効完成の知・不知に関わらず,援用権を失う」(最高裁大法廷昭和41年4月20日判決「時効援用権の喪失」)という判例があります。
医療機関の対応
時効が迫っている場合に「時効の中断」を行うことがあります。時効の中断とは時効の進行を止め,時効期間の進行を振り出しに戻すことを言います。「配達証明付き書留内容証明郵便」を送付することで時効が中断されると思っている方もいますが,これは一般で言うところの「催告」です。催告では6カ月間,時効中断の効力が生じるだけで,この6カ月間に裁判上の請求を行わないと効力を失うことになります。判例においても,「何回も催告したというだけでは中断は確定せず,承認にもあたらないことからそのままで終われば時効は中断されない」(最高裁大法廷大正8年6月30日判決)とされています。
注意すべきことは,6カ月の起算日が,催告書(例:配達証明付き書留内容証明郵便など)が相手方に届いた時からということ,また催告による時効の期間延長は1回限りであり,2回,3回送付したからといって,さらに6カ月間の延長とはならないことです。
いずれにしても,未収金が時効となった場合でも,「援用」がない限り諦めず,督促状を送付したり来院するたびに催促したりして,回収するよう努めましょう。
関係法令など
時効の効力は,その起算日にさかのぼる。
時効は,当事者が援用しなければ,裁判所がこれによって裁判をすることができない。
時効の利益は,あらかじめ放棄することができない。
参考文献
- 長戸路政行:時効. 全訂版. 自由国民社, 2009.
- 法学教室. 1999;225.
- 山田卓生, 他:民法Ⅰ 総則. 第3版補訂. 有斐閣, 2007.