もつれない患者との会話術
ポイント
仮に患者の意識がなくても,医療機関には応招義務があり,必要な診療を行った場合,患者には診療費の支払い義務が生じます。未払い患者に対しては,督促命令など裁判上の請求も念頭に,正当な手段で支払いを催促するしかないと思います。
解説
●準委任契約と緊急事務管理
診療を巡り医師と患者の間には,委任契約に準ずる「準委任契約」が締結されていると言われています。つまり,外来窓口で通常の「診てもらいたい」という患者の意思表示に対して,医療機関側の「診ましょう」という対応で契約が成立するとされているわけです。実際には,診察申込書に患者が記入し,それを医療機関側が受理することによって成立します。
一方,契約を締結しない診療行為も認められています。たとえば,重症で意識不明の場合や,精神科系の疾患で適切な判断ができないような場合です。一刻を争うため,診療契約の締結のないまま開始しなければならない診療行為を「緊急事務管理」(民法第698条)と言います。「緊急事務管理」の場合においても医師は,①最善を尽くさなければならない義務,②診療行為を継続的に管理する義務,③診療について患者に報告する義務があり,一方の患者は診療費の支払い義務があるとされています。
●医師の応招義務に基づき,患者は診療費を支払う義務を負う
応招義務を定めた医師法第19条では「診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない」と規定されており,医師は,患者自身の意思に関係なく,「診察治療の求め」があった場合にはこれに応じなければなりません。たとえ搬送されてきた人が酩酊状態の場合でもです。故に,診療に要した費用が正当に請求できるわけです。この診療費の支払いは成功報酬を意味するものではなく,治療の結果如何を問うものではありません。繰り返しになりますが,体調不良を訴えて来院し,諸々の検査を施行し,結果的に異常が認められなくても医療機関側には診療費を請求する権利があり,患者には支払う義務が生ずるのです。
医療機関の対応
酩酊状態から覚醒しても,正常な状態ではないので,当日は説明するにとどめ,後日改めて冷静に説明することが望ましいと思います。
それでも支払い拒否する場合は正当な手段で支払いを催促するしかないと思います。
●こんな対応も
三重県病院事業庁は2005年10月,裁判所から医療費の支払い命令を受けているのに応じない未払い患者10人に対して,資産の差し押さえを裁判所に申し立てたという報道がありました。未払い額は合計330万円で,最高額は1人50万円だそうです。このように,医療機関として当然請求できるものは臆することなく督促命令など裁判上の請求によって,積極的に回収に努めてもいい時期に来ていると思います。
関係法令など
委任は,当事者の一方が法律行為をすることを相手方に委託し,相手方がこれを承諾することによって,その効力を生ずる。
この節(注:第10節 委任)の規定は,法律行為でない事務の委託について準用する。
義務なく他人のために事務の管理を始めた者(以下この章において「管理者」という。)は,その事務の性質に従い,最も本人の利益に適合する方法によって,その事務の管理(以下「事務管理」という。)をしなければならない。
- 2.管理者は,本人の意思を知っているとき,又はこれを推知することができるときは,その意思に従って事務管理をしなければならない。
管理者は,本人の身体,名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは,悪意又は重大な過失があるのでなければ,これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。