もつれない患者との会話術
ポイント
トラブルを避けたいとか,高額でないとの理由で安易に診断書交付に応じるべきではありません。民法第533条の「同時履行の抗弁権」の主旨を理解し,あくまで診断書作成料と引き換えに診断書を交付しましょう。
解説
●診断書の作成・交付義務と作成料支払い義務は双方の債務
患者から医療機関が依頼を受ける文書の種類・数は多く,かつ生活していく上で必要な文書です。そのために医師法において文書の交付義務を規定しているわけですが,文書料の支払い拒否をしている患者に対してまでも交付すべきとは規定していません。
文書料の交付について説明すると,患者から「診断書を作成してください」と申し込まれ,医師(医療機関)が承諾し,診断書を作成して,その後,患者が受け取りに来院した際に,医師(医療機関)には診断書を交付する義務(債務)が,患者には文書料を支払う義務(債務)が生じます。したがって,医師(医療機関)側が診断書を作成し交付に応じて(債務履行)いるのに,患者が文書料の支払いを拒否(債務不履行)していることは契約違反となります。民法でも「双務契約には当事者の片方が債務を履行するまで,債務履行を拒否できる」という「同時履行の抗弁権」があるとしています。
●どんな患者であっても文書料の請求は正当な行為
医師が作成する診断書等は虚偽記載すれば法律で罰せられることから,多忙を極める中,持てる技量を総動員し,かつ慎重に診断結果を記載しています。したがって,診療に不満があって診療費の支払いを拒否している患者からの求めであっても,料金と引き換えに交付すべきです。たとえ,所持金がないからと言われた場合であっても,料金と引き換えでなければ交付できないと拒否すべきです。
診療に不満がある患者の場合には,「しょうがないか」で済ませて交付に応じてしまうこともあるでしょう。また,文書料ごときで患者とトラブルになるよりは未収金額も少ないから交付してしまおうと考える医師もいるでしょう。しかし,診療に不満を持ちかつ診療費未払いの患者であっても,文書料の請求は正当な行為であり,料金引き換え以外に応じる必要はないのです。
●診療費未払いの実態
数年前のデータになりますが,産労総合研究所で「未収金実態に関するアンケート調査」を実施し,その結果を公表しています。
調査対象医療機関は全国の公的・私的病院280施設であり,1件当たりの入院未収金額は10万8,286円,同じく1件当たりの外来未収金額は6,381円です。1施設当たりで見ると,入院未収金額は1,127万3,265円,外来未収金額は185万9,261円となっており,病床規模が大きくなるにつれて未収金額が顕著となる傾向を示しています。未収金となる理由は,不況を反映してか,支払い困難な生活困窮者の受診による場合が多いということです。
中には診療トラブルや治療上の不満を理由に支払いを拒否する患者もいます。また,時間外等の救急受診の場合には所持金を持たずに来院し,明らかに医療費の踏み倒しをしようと考えている患者もいます。
飲食店での飲み食いに関しては,まずくても従業員の態度が悪くてもほとんどの客が支払いに応じているという状況なのに,なぜ医療費の場合だけ診療に不満だから支払いを拒否するなどという態度がとれるのか,まったく不思議というほかありません。
医療機関の対応
医師には応招義務(医師法第19条)があります。また,たとえ診療費が不払いであっても診療を拒むことはできないという昭和24年の厚生省(現厚生労働省)通知があり,未払い分の診療費を受け取ってから診療を行うということはできません。
しかし,患者の言いなりになっていては,ますます医療機関の未収金が増えるばかりです。医療機関側の対応等に不満があって支払い拒否している患者に対しては,何ら怯むことなく,正当に請求していくべきです。それでも支払い拒否の態度を示す患者には督促命令など裁判上の請求によって積極的に回収に努めてもいい時期に来ていると思います。
《注》同時履行の抗弁権
相手が履行を請求してきたときには,相手の債務の履行と引き換えでなければ履行しないと拒否する権利。つまり,文書と引き換えに患者が代金を支払わなければ交付を拒否できるということになる。
関係法令など
- 民法第533条(同時履行の抗弁)
双務契約の当事者の一方は,相手方がその債務の履行を提供するまでは,自己の債務の履行を拒むことができる。ただし,相手方の債務が弁済期にないときは,この限りでない。
- 医師法第19条(応招義務等)
診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。
- 2.診察若しくは検案をし,又は出産に立ち会つた医師は,診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。
- 病院診療所の診療に関する件(昭和24年9月10日医発第752号)(各都道府県知事宛厚生省医務局長通知)
- 2.診療に従事する医師又は歯科医師は医師法第19条及び歯科医師法第19条に規定してあるように,正当な事由がなければ患者からの診療のもとめを拒んではならない。而して何が正当な事由であるかは,それぞれの具体的な場合において社会通念上健全と認められる道徳的な判断によるべきであるが,今ここに1,2例をあげてみると,
- (1)医業報酬が不払であっても直ちにこれを理由として診療を拒むことはできない。
- (2)(以下略)
参考文献
- 前田和彦:医事法セミナー(上)医療・患者編. 医療科学社, 2000.
- 石田喜久夫:消費者民法のすすめ. 法律文化社, 2008.
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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