もつれない患者との会話術
ポイント
療養担当規則により,医療機関はケンカでの傷害に対する治療について保険者に報告する義務があります。これは,保険給付を制限するかどうか判断する権限が保険者にあるためです。
解説
●療養担当規則第10条(通知)の主旨は「保険財政の無駄遣い防止」
療養担当規則第10条に保険者への通知義務が規定されており,その中で保険医療機関は「闘争,泥酔又は著しい不行跡によって事故を起したと認められたとき」には「全国健康保険協会又は当該健康保険組合に通知しなければならない」とされています。
この規定は誤解されて解釈されているところがあり,医療機関によって対応がまちまちです。この規定の主旨は「保険財政の無駄遣いの防止を図ること」を目的としているのです。
●保険給付を制限できる権限は保険者のみ
受診した患者が療養担当規則第10条に該当した場合,健康保険法第117条により保険者は保険給付の全部または一部の給付制限を行うことになります。保険医療機関が,この条文の項目に該当する患者と知りつつ保険者に通知せずに診療を続けているような場合には,当該診療に関する保険請求が認められない場合が生じ,取消,返還措置命令等の処分対象となることもありますので,十分注意を要します。この規定による取り扱いでしっかり理解していただきたいのは,保険給付の全部または一部の給付制限ができる決定権があるのは保険者(全国健康保険協会または当該健康保険組合)であって,保険医療機関ではないということです。
したがって,保険医療機関としては保険証を提出して保険診療を求められた場合,まず,それに応じる義務を負います。そして,その後,保険者に通知することによって,保険者が被保険者から保険給付分を直接徴収することになるのです。この条文を誤解している保険医療機関も多く見受けられ,ケンカや泥酔で来院した患者に対して「健康保険での給付はできない」と言って自費診療を行っているところもあるようです。
医療機関の対応
ケンカで来院した場合などは,このケースのように,患者から「被害者であり,治療費を加害者に請求してほしい」などと申し出がある場合もあります。しかし,保険医療機関は,治療を行った患者に対して請求を行い,支払っていただくのが筋です。
なぜなら,ケンカは被害者と加害者双方の問題であり,保険医療機関はまったく関係ないからです。
通常であれば,治療費を加害者に請求せずに,治療を受けた患者へ請求するのが当然です。しかし,患者に自費診療として請求するという原理を貫いた結果,未収金が発生する可能性もなくはありません。医療機関としては未収金発生を防ぐ対策を講じることも必要かと思います。
一方,加害者側から患者の医療費支払いの申し出があった場合には,柔軟に対応してよいと思われます。なぜなら,保険医療機関としては,最終的に治療費が支払われれば問題ないと考えられるからです。
加害者による支払いの場合の重要なポイントは,必ず患者に支払い状況を報告し,加害者からの支払いが滞った場合には患者(被害者)に支払ってもらうことを説明しておくことです。こうした事務手続きが面倒というときには,原則を貫き通し,あくまで患者からの支払いを求めたほうがよいでしょう。
ちなみに,療養担当規則第10条第2項の「著しい不行跡」とは,たとえば婚姻外において頻回に性病に罹患し,それが原因で症状を悪化させるといったような場合を指します。
関係法令など
- 保険医療機関及び保険医療養担当規則第10条(通知)
保険医療機関は,患者が次の各号の一に該当する場合には,遅滞なく,意見を付して,その旨を全国健康保険協会又は当該健康保険組合に通知しなければならない。
- 1.家庭事情等のために退院が困難であると認められたとき
- 2.闘争,泥酔又は著しい不行跡によつて事故を起したと認められたとき
- 3.正当な理由がなくて,療養に関する指揮に従わないとき
- 4.詐欺その他不正な行為により,療養の給付を受け,又は受けようとしたとき
被保険者が闘争,泥酔又は著しい不行跡によって給付事由を生じさせたときは,当該給付事由に係る保険給付は,その全部又は一部を行わないことができる。