もつれない患者との会話術
ポイント
個人情報保護法施行以降,例外規定を除き,カルテに記載されている内容はすべて原則として開示することになりました。カルテ開示を求められない最善の策は,日頃から信頼関係を構築,維持することです。
解説
カルテはかつて「医師の備忘録,メモにすぎない」と言われてきましたが,その後,保険診療に関しては請求の根拠となる資料,医療行為に関しては正当な理由の下で行われたことを証明する資料,また患者のプライバシーに属する個人的な情報を記録した資料として扱われ,単なる医師のメモとは言えない状況となってきました。
また,2005年4月の個人情報保護法全面施行により,従来の「患者情報は医療機関のもの」という認識ではなく,「患者情報は患者からの預かり物」というような解釈がなされたことにより,不開示事項に該当しない限り,患者からカルテ開示の求めがあった場合には原則開示となりました。
●どこまで開示するのか,医師の同意は必要か
そこで生じるのが,「カルテには医師の情報も含まれており,記載した医師の同意を得ないで患者が第三者に写しやコピーを渡すことは,個人情報保護法に触れるのではないか」という疑問です。
この疑問に対して,宇賀克也東京大学法学部・大学院法学政治学研究科教授は,同法に基づくガイドライン策定を検討した厚生労働省の「医療機関等における個人情報保護のあり方に関する検討会」で,以下のような発言をしています。
「カルテには客観的な検査のデータもあるし,それに対する医師の診断も記載されており,全体が患者の個人情報であることには疑いがないところである。つまり,個人情報というのは個人の様々な属性と個人に対する評価などをすべて含んでおり,これら全体が個人情報である。一方,カルテ作成を行う医師からすれば,医師が診断したという行為のもとに診断内容を記載しているわけであるから,医師個人の情報とも言える。そういう面からすれば,カルテは二面性を持っていると言える。だとすると,医師の個人情報の部分に関して第三者提供する場合には医師本人の同意を得なければならないという問題が生じてくる。それでは,患者本人が個人情報保護法に基づいて自分自身のカルテ開示を求めてきた場合にはどうなるのか。第23条第1項では本人の同意を要しない場合として第1号から第4号まで規定している。第1号の『法令に基づく場合』とは,他の法令に基づく場合ということではなく,単に『法令に基づく場合』とだけ書かれている。
ということは,第23条第1項第1号の場合には『個人情報保護法』自身も含んでいると解されることになり,患者が当該個人情報保護法に基づいて開示を求めてくる場合,第23条第1項第1号の『法令に基づく場合』が根拠となる。そうなると,医師の個人情報に関する箇所についても,医師の同意を得る必要はまったくないということになる。また,医師の評価部分も開示の対象となるかどうかという点については,第26条の訂正等の求めでは事実だけが対象となっており,評価の部分の訂正までは求めていない規定となっている。第26条と対比していただければわかると思うが,第25条の開示の規定では,事実だけとは書かれていない。したがって,評価の部分も含めて開示の対象にしていると解される。個人情報保護法では医師には開示の義務が課されていると解釈されており,医師から開示しないということはできない。以上により,医師の記載部分も個人情報となりうることから,本人が第三者に渡すことは法に反しない」。
医療機関の対応
個人情報保護法第25条により本人から開示を求められた場合には,「遅滞なく,当該保有個人データを開示しなければならない」と規定されており,開示は事業者の義務となっていることを認識しなければなりません。それでは,すべての保有個人データを開示しなければならないかと言いますと,但し書きの各号(①本人又は第三者の生命,身体,財産その他の権利利益を害するおそれがある場合②当該個人情報取扱事業者の業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合③他の法令に違反することとなる場合)に該当する場合には応じなくてもよい(「その全部又は一部を開示しないことができる」と規定されている)のです(232頁参照)。
医師においては,「医療は個人情報に基づく行為であり,個人情報は患者から管理を委託された預かり物である」ということ,そして「個人情報=私の情報であり,私以外はすべて第三者となる」ということを理解し,慎重な管理と適切な利用を図ることが求められています。
同法の施行によって容易に診療情報の閲覧・写しの求めができることになりましたが,医療機関において注意すべきなのは,信頼関係を損なった患者あるいは家族からの請求です。仄聞した範囲ですが,某病院に対して治療に不信を抱いた患者がカルテ開示を求め,それに応じたところ,その写しがそっくり報道機関の手に渡り,その後の取材でカルテ記載の不備を指摘され,医療ミスの疑いをかけられそうになったという事例があります。
制度を利用したこのような開示請求もなされるということを念頭に置いて,カルテの記載は漏れのないようにしていただく必要があります。
「医療は患者と医師との信頼関係で成り立つ」と言われているように,一度,信頼関係が損なわれると,その後の治療行為に関して,いかに懇切丁寧に説明しようとも患者には正確に伝わるどころか,むしろマイナス思考,被害者意識的な受け止め方をされることになります。このような状態にまで至ると,信頼関係の修復はきわめて困難となることは,既に皆さんも経験済みだと思います。日頃から信頼関係を構築し維持するよう努力すること,それがカルテ開示を求められない最善策と思います。
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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