もつれない患者との会話術
ポイント
総じて,患者の側からみると「様」付けで呼ばれることへの反対意見のほうが多いと思われます。患者は過剰な敬語よりも医療の中身の向上を求めていることを,医療機関側は察するべきです。ただ,患者の呼称に正解はなく,自院内で医師と患者のあり方を踏まえ,呼び方を検討するとよいでしょう。
解説
患者のことを「様」付けで呼ぶ医療機関も多いかと思います。この呼称を最初に取り入れたのは1995年,千葉県の某総合病院であったと言われています。聞くところによると,患者の呼称を「様」付けすることによって,それに続く言葉もぞんざいにできなくなり,言葉遣いが全体として丁寧になる効用があるということから使いはじめたそうです。
また,厚生労働省の医療サービス向上委員会が2001年11月に公表した「国立病院・療養所における医療サービスの質の向上に関する指針」の中で,国立病院,国立療養所において原則として患者を呼ぶ際に姓(名)に「様」を付けるよう提案しています。
実はこの当時,どの医療機関でも患者を呼ぶ際に「様」を付けなければいけないのだと医療機関側が勘違いし,そのまま普及しはじめたと言われています。
この呼称については,患者側,医療側はもちろん,マスコミや国語学者をも巻き込んで賛否両論の議論が交わされた経緯があります。賛成の立場の意見では,前述のように,「様」付けで呼ぶことで言葉遣いが全体に丁寧になる効用を挙げています。
一方,反対の立場の意見としては,「様」という言葉から「お客様」を連想してしまい,「金づるではないと反発したくなる」「病を患ってしかたなくその立場に甘んじている状態なのに『様』付けは違和感がある」「『様』付けで呼ばれることで逆に馬鹿にされているような気がする」「『様』付けで呼ばれることで病人が利益を生み出す対象とみられているようで違和感を覚える」「患者サービスを考えるなら,ほかにやらなければならないことがたくさんあるはずだ」「『様』に見合う扱いを受けていない」「形式だけ変わっても待ち時間や医療の質が変わらないのでは意味がない」などが挙げられます。
新聞の投書欄などでも「様」付け問題は時折,話題となっており,国民の強い関心事のひとつと言えるでしょう。ただ,文化庁が平成26年9月24日に公表した「平成25年度国語に関する世論調査」によると,気になる言葉の使い方で「患者様」への違和感は29.7%にとどまり,58.5%が気にならないと回答しております。消費者社会の中で,今後,気にならない方が増えていくものと思われます。
医療機関の対応
元日本医師会会長の植松治雄氏はかつて,この「様」付け論争について,「明らかに行きすぎである。『様』付けでは,かえって壁をつくっているようで病気の治療に協力して取り組もうという姿勢が感じられなくなる。大切なことは,医師と患者は互いに協力し合う平等な立場であることだと思う」と述べています。
医療現場においても,「様」付け呼称に改めた後に患者や職員の意見を踏まえて「さん」付け呼称に戻した医療機関もあります。そうした医療機関のひとつ,長野県の東御市民病院の澤田祐介元院長(現・恵仁会さなだクリニック院長)によると,「院長就任当初,『様』付け呼称を聞いて嫌だと感じた。この呼称を用いることで医師と患者が一線を画し,互いにこれ以上絶対に入り込みませんという突き放した印象を与えがちになる。そこで,患者とどう接したらよいのか考えてもらうために,呼称についての検討会を設置し,どうあるべきかを検討してきた。その結果,患者アンケートでは約6割の患者が『さん』付け呼称を希望し,職員も7割強が『さん』付け呼称に賛成の意思を表明した。この結果を踏まえて,『さん』付け呼称に戻した」のだそうです。
国語学者の金田一春彦氏は著書『日本語を反省してみませんか』の中で,言葉を丁寧な形にしても,決して丁寧な意味にならない例として,「患者様」を取り上げています。
金田一氏は「患者という言葉自体が既に悪い印象を与えているため,いくら『様』を付けてもらってもうれしくない。それは,もともと印象の良くない言葉に『様』を付けても丁寧語にはならないからである」と指摘し,代わりの呼称として「ご来院の方」「外来の方」という言い換えを提案しています。
金田一氏の話には一理あると思います。「患者」という言葉自体が悪い印象を与え,それに「様」を付けるということは,極端な例かもしれませんが,「痴漢様」「被告人様」「盗人様」と同様,おかしな日本語なのかもしれません。
大阪府摂津市でクリニックを開業している神前 格氏は「医療がサービス業であることは確かだが,最も大事なサービスの内容は何かと考えると,治療を行って健康を取り戻すこと,あるいは回復しないまでも日常生活ができる状態までに戻すことである。
『様』付けで呼んでくれる医療機関を受診するよりも,納得のできる医療を提供してもらえることのほうが,ずっと大事で本質的なことだと思う」と述べています。
前述の澤田氏は「患者の呼称に正解はない。各々の医療機関が自院の理念や地域の特性に合わせて意思の疎通がスムーズにいく呼称を選べばよい」とも言っています。
患者は過剰な敬語より医療の中身の向上を求めていることを医療機関側は察するべきであり,呼称について自院で十分検討を行い,医師と患者のあり方,治療を行っていく上での共通のパートナーとしてのあり方を踏まえ,どのような呼称を用いるか,見直してもよいのではないでしょうか。
参考文献
- 神前 格:毎日新聞. 2003年6月19日.
- 最新医療経営Phase3. 2004(8):76-7.
- 金田一春彦:日本語を反省してみませんか. 角川書店, 2002.
- 文化庁:平成25年度 国語に関する世論調査の結果の概要
もつれない患者との会話術
「もつれない 患者との会話術<第2版>」
編者: 大江和郎(東京女子医科大学附属成人医学センター 元事務長)
提供/発行所: 日本医事新報社
目次
総論 |
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窓口・待合室での会話術 |
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支払いにまつわる会話術 |
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診察室での会話術 |
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看護師・医療スタッフの会話術 |
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問い合わせでの会話術 |
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