もつれない患者との会話術
ポイント
金額の高い安いにかかわらず,他人から申し出があり医療機関が預かった場合には,紛失したり,傷つけたりしないようにして,引き取りに来たときに渡さなければなりません。
解説
●よくある傘の紛失事件
どの医療機関でも雨の中,来院していただいた患者のために玄関に傘立てを用意したり,傘を収納するビニール袋を用意したりしていると思われます。ビニール袋に入れて持ち歩くには患者自身が肌身離さず持っていれば紛失するということもありませんが,傘立ての場合は施錠型かそうではないかによって紛失する度合いも違ってきます。特に施錠型でない場合には,間違えて持って帰院することも考えられますが,意図的に自分のものよりもよい傘を持って帰る場合もありえます。最近の患者の権利意識の高揚を考えた場合,弁償を要請されることもありえます。場合によっては,お気に入りの傘だったということで同じ物を要求されることもあります。極端な場合には新品の物を既に購入してその代金を請求する方もいらっしゃるかもしれません。このように請求されたら,応じなければならないのでしょうか?
●関連した事例
傘の紛失のほかに医療機関で考えられる同様のケースに何があるでしょうか?最近は,ちょっとした医療機関なら身の回りの品を一時預けられるようにコイン式ロッカーを設置しているところも多くなってきました。確かに手荷物を持ったまま,やれ検査だ,やれ処置だと言われても手荷物が気になり落ちついて受診できません。患者サービスの一環ということで,預ける際に硬貨を投入して,取り出す際に硬貨が戻ってくる方式を採用している医療機関もあると思います。また,病棟では同じくコイン式冷蔵庫を共有スペースに設置している医療機関もあります。こちらのほうは,有料のケースが多いと思います。
このようにコイン式ロッカーを設置している医療機関も増えてきていますが,駅や遊園地同様コイン式ロッカー荒らしなどが出現し,ロッカーが壊され,中の荷物が盗まれるという事件が発生する可能性があります。
医療機関において,盗難で頻度が高いのが床頭台の現金抜き取り事件です。鍵が付いているにもかかわらず,ちょっとトイレに行った隙に盗難に遭うというケースも多々あります。被害額も,多い場合には何十万円ということもあり,極力大金を所持しないように注意を促してはいますが,なかなか守られていないのが現状です。
●寄託契約と傘の保管
物の保管を委託する契約を「寄託契約」と言います。この寄託契約は物の保管という他人の労務を利用する契約であり,保管すべき物も動産・不動産を問いません。それでは,前述のような「傘の紛失」や「コイン式ロッカー荒らしによる盗難」「床頭台の現金抜き取り事件」などは,寄託契約となるのでしょうか。
寄託契約については「case05 寄託契約ではないもの」で説明していますのでご覧いただくとして,受寄者(物を預かる者)の支配下に物を置くということは,自分の管理する場所を提供して物を預かることを言います。
したがって,銀行の貸し金庫や貸し駐車場などは,単に物を保管するための場所を他人に提供するだけであり,積極的な労務の提供がないので寄託契約ではなく,貸し金庫や貸し駐車場の賃貸借と解されています。この解釈から言えば,傘立てやコイン式ロッカー,床頭台などは,患者の便宜を図って設置しており,そこには病院職員の労務提供もなく,要するに単に保管場所を提供しているにすぎないと言うことになります。有料によるコイン式冷蔵庫においても保管料ではなく,物を保管するための賃借料と解されることになります。
医療機関の対応
今までの説明の通り,単に物を保管するための場所を他人に提供するだけでしたら,何ら法的責任を負うことはありませんが,預かる意思を示し預かった場合には寄託契約が成立し,返却するまで滅失毀損(紛失したり,傷つけたり)することなく保管することを義務づけられることになります。金額の高い安いにかかわらず,患者から預かった場合には引き取りに来るまで大事に保管しなければなりません。
関係法令など
寄託は,当事者の一方が相手方のために保管をすることを約して,ある物を受け取ることによって,その効力を生ずる。
参考文献
- 遠藤 浩, 編:基本法コンメンタール. 債権各論Ⅰ. 第4版. 新条文対照補訂版. 日本評論社, 2005.