もつれない患者との会話術
ポイント
医療機関によっては,クレーム処理業務を警察OBを雇用して担当させているところもありますが,どの医療機関でもできるものではありません。キレル患者は自己抑制ができない人です。とにかく,まずは落ちつくまで,相手の言い分を冷静に聞いてあげましょう。話すことで相手は落ちつくはずです。
解説
医療機関の場合,医師法第19条の応招義務があり,正当な理由がない限り,診療を拒否できないことになっています。したがって,キレル患者がいても,このキレル患者の診療を拒否し他院への受診を勧めようものなら,医師法違反となる可能性もあります。このため,結局はキレまくっている患者に対して強い態度で臨めないのが実情なのではないでしょうか。
医療機関の対応
このようなキレル患者が多くなると医療機関側としても対処しきれませんが,まずは落ちつくまで,とにかく相手の聴き手になることです。話を聞いてあげることで患者は落ちつくはずです。
某病院の医事課長によると,最近の医事課長の仕事は「朝から患者クレーム対応をすること」が日課となっているそうです。連日,患者のクレームに対応するだけで精神的に参ってしまうそうですが,どの医療機関も多かれ少なかれ同じような状況ではないかと推察します。
従来の窓口業務は医事担当職員がすべて対応してきました。しかし,未集金回収には回収業務経験者を配置したり,クレーム処理には民間企業で経験を積んだ方に担当させるなりして,業務を見直す時期にきているのではないでしょうか。
関係法令など
診療に従事する医師は,診察治療の求があつた場合には,正当な事由がなければ,これを拒んではならない。
- 2.診察若しくは検案をし,又は出産に立ち会つた医師は,診断書若しくは検案書又は出生証明書若しくは死産証書の交付の求があつた場合には, 正当の事由がなければ,これを拒んではならない。
コラム時代がつくったキレル患者
キレル患者が増加したのは,過去20年の間にバブル経済が崩壊し,デフレ社会においてリストラが進み,経済・地域格差が増大したことなどが背景にあります。こうした社会環境の大きな変化が国民に不安・ストレスを与え,多くの人々の心をすさんだものにしてきました。電車内や航空機内での乗客の乗務員に対する暴言・暴力も,こうしたすさんだ現代社会が背景にあると言えるでしょう。
医療機関におけるキレル利用者(患者)の増大の背景には,さらに別の理由を挙げることができます。まずは,1999年に横浜市立大学医学部附属病院で起こった患者取り違え事故です。患者の権利意識の目覚め・高揚はこれ以前からもありましたが,この事件を契機に,医療機関に対する社会および国民の関心が非常に高まったのは間違いありません。この結果,従来の医師の立場に患者が追いつき,そして対等となり,物言う患者が増加しはじめたと思います。
もう1つは,インターネットの普及です。インターネットは必要な医療情報の収集を容易なものとし,短期間で国民が高度な医学的知識を持つようになりました。この結果,医師に対して納得ずくの治療を求める患者が増え,さらには,インターネット上で病院や医師の評判などを患者同士で情報交換するようになりました。今後,医師と患者の情報格差はますます縮まっていくと思われ,医療を取り巻く環境はさらに変化していくでしょう。
少し古いデータになりますが,2004年7月の内閣府政府広報室「安全・安心に関する特別世論調査」(全国の20歳以上の国民3,000人を対象に調査,回収率71.2%)によると,「今の日本は安全・安心な国か」との問いに,「そう思わない」との回答が55.9%を占め,その理由として「医療事故の発生など医療に信頼がおけない」との回答が43.0%を占めていました。
また,同調査では「身の回りで増えたこと」という問いに対して「情緒不安定な人,すぐキレル人(怒りっぽい人)」と回答した人が41.0%もいました。この調査で「おやっ」と思ったのは「人間関係が難しくなった」と回答した人が63.9%もいたことです。そして,その原因として「人々のモラルの低下」を挙げた人が55.6%もいました。これらの数値は現在はもっと高くなっていると思われます。