しくじり症例から学ぶ総合診療
事例 高齢者向け出張健康教室の開催依頼
A病院総合診療科に勤務時,高齢住民向けの健康教室の開催を地区老人会から依頼された。平日午後の1時間程度,地区公民館で行う参加者20人程度の小規模な出張健康教室で,生活習慣病に関わる内容を希望されていた。構成など詳細は一任された。「高血圧症と減塩」をテーマとした講話を30分で行うこととした。資料をPowerPointで作成し,当日はプロジェクターで映しながら話すこととした。また,会場で参加者1人ひとりの血圧測定を行うこととした。A病院からの参加は,医師のほか,看護師1名とした。
当日,地区の高齢住民約20人が参加した。最初に参加者全員の血圧測定を行った。その後,予定通り健康講話「高血圧症と減塩」を約30分行った。血圧の意味や高血圧症の疫学,減塩を含む食生活上の注意点などを盛り込んだ。質疑応答を含めて約1時間で予定通り終了した。
参加者には,医師と身近に話ができるということもあり喜んでもらえた。しかし,その後に引き続きの開催依頼はなかった。日常診療業務の多忙も重なり,こちらから開催を持ちかけることもなく一度きりの健康教室で終わってしまった。
依頼を受けたことは一通り行ったが,生活習慣改善,疾患予防の啓蒙,地域との交流には継続性が重要である。継続的な事業にすることができず「しくじり」を自覚した。しくじり事例の過程の考察
健康教室の開催の目的として,①健康教育,地域予防活動,②住民と地域医療従事者らの交流が挙げられる。健康教育活動は,知識の習得,態度の変容(健康活動を起こそうとする気になること),行動の変容(健康生活の実践と習慣化)につながっていくことが重要である。一度の講話ではわずかな知識の習得程度にしかならず,継続して学習していく必要がある。また,その地域の地域医療を担う医師や医療従事者,住民スタッフなどが交流を深めることで地域ネットワークづくりにも役立つが,これも一度きりでは不十分である。これらの理由から継続性が重要となる。
前述の事例でしくじった原因を,①依頼者,②参加者,③医師の視点から考察する。
①依頼者の視点
地区住民の代表者として健康教室の開催を依頼するが,理由は様々である。自身に関心がある場合もあるし,一時的な思いつきや義務的に行われている場合もある。一方で,代表者が他にも役割を持っていることも多く,健康教室の準備,再度の依頼まで手がまわらない場合もある。1~2年で代表者が改選される場合,きちんと申し送りされていないこともある。このため,事務的な日程調整や準備は医療機関の事務職員に関わってもらうとよいかもしれない。
過疎地域では,住民が集まる機会自体が少なくなっていると聞く。健康教室を住民に外出を促す1つの機会として提案できるとよいかもしれない。
②参加者の視点
健康教室の内容が第一である。関心を持てるテーマか,話は理解しやすいか,すぐに生活に反映できるか,自分の疑問が解決するかなどが重要となる。健康教室に良い印象が残ると,健康意欲が増し,引き続き参加したいと思えるであろう。そのためには,内容の工夫が必要である。ただ聞くだけの講話ではなく,できるだけ五感を活かしたものがよい。これは,学校の授業と共通する話かもしれない。
③医師の視点
健康教室の重要性は理解できるが,事前資料の準備などは日常診療業務の負担になりやすい。医師によって話の得手不得手もある。話だけの時間は短めにし,他の要素も組み込むとよい。その際,医師だけではなく看護師や住民ボランティア,行政の保健スタッフなど協力の得られる人を見つけると,1人に負担が集中しなくてすむ。それだけでなく,多職種が参加することで健康教室の内容に幅が出るメリットも生まれる。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
現在はB診療所に勤務し,地域健康活動として地区巡回型健康教室を展開している。地区の高齢者対象の健康教室で,診療圏内の約20地区の公民館などを巡回し,出張健康教室を開催している。
健康教室の構成は,①医師による健康講話(20分),②看護師によるロコモ体操(20分),③食生活改善推進員による減塩料理の試食(20分)とし,おおむね1時間の内容である(図1)。
①健康講話
健康講話の内容は,「減塩」「ロコモ」「脳卒中」など,参加者からの関心が高いテーマで開催回ごとに変えているが,最終的には食生活,生活習慣上でどのようなことに気をつければよいかという話をしている。内容はできるだけ平易にし,細部に深入りせず,ゆっくりと話すよう心がけている。聞くだけではなく,クイズを入れることで参加者に考えてもらったり,食塩6gの実物を触ってもらったりするなど,メリハリを出す工夫をしている。
②ロコモ体操
既存の体操を参考にしながら,関節痛などのある高齢者でも実施可能なオリジナルのロコモ体操を考案し,楽しい曲に合わせて行っている。看護師2~3人が参加者の前で見本を示しながら,参加者全員で体操をする。これは健康教室以外の地区老人会の集まりでも自主的に取り組まれているほど好評である。
③減塩料理の試食
地区の食生活改善推進員が担当している。季節の地元野菜を用いた減塩一品料理を試食してもらう。その際,レシピだけではなく,減塩の工夫の仕方,野菜摂取の目標量などの解説,わが家のみそ汁塩分濃度測定の実演なども行っている。この食生活改善推進員は,子どもから高齢者までの食育や食生活からの健康づくりに関して市町村の開催する養成講座を修了し,地域において食育推進の担い手として活動する住民ボランティアである。以前から独自に地域の減塩活動に取り組んでいたが,その延長で健康教室にも加わってもらった。食生活改善推進員は意欲的に活動している方が多いが,医療の専門家ではないことから単独での活動に限界を感じておられた。医療従事者とともに活動することで,これらの地域活動をバックアップできるメリットもある。
以上の構成により,「見て,聞いて,考えて,動いて,味わう」健康教室を展開でき,参加者の関心も生まれ,また参加したいという意識を持ってもらうことにつながっている。また,この健康教室を地域内のあちこちで開催することにより,活動の広がりも実感でき,開催側のモチベーションの維持につながっている。
開催にあたっては,診療所医師,看護師,事務職員,住民ボランティアの食生活改善推進員がチームとして関わるようにしている。テーマや内容はチームで検討した上で役割分担している。事務職員には,各地区代表者に対し年度初めに健康教室の開催を打診し,年間予定の中で日程調整を進めてもらっている。効率良く動けるチームをつくって活動することで,1人ひとりの負担を減らしながら,より良い健康教室を継続性のあるものにできると考えている。
この事例は,筆者が今でもやらかしてしまうしくじりです。伝えたい・知ってほしいという気持ちが強く,ついついボリュームが膨らんでしまったり,このチャンスを逃すものかと,しゃべることに必死になってしまったり……。
この改善事例のように,工夫して五感に訴えかける参加型の企画にするというのは非常に重要な留意点です。参加したときに「楽しさ」「役立ち感」がないと,満足してもらいにくく,次へと繋がりませんよね。もう少し地域へのアプローチについて踏み込んでみましょう。総合診療医として患者,家族,地域に関われることは,その中心的なコンピテンシーですが,我々総合診療医は,地域にどのように関わるべきなのでしょうか?このしくじり事例のように,声をかけてもらうまでじっと待っているしかないのでしょうか。また,改善後では住民ボランティアと協働されていますが,どのようにその関係を築いたのでしょうか。
みなさんお気づきの通り,要は,声をかけてもらえる・声をかけられる関係づくりこそが,地域志向アプローチの最も重要な成功の秘訣だと感じています。そのためには,「身近さ」が不可欠で,まずは相手に信頼してもらい,「医師」という垣根を取っ払ってもらう必要があります。診療の場面だけではおそらく不十分で,地域の集まりやイベント,奉仕活動等で交流する中で築かれるものなのでしょう(筆者は福井県高浜町のご当地ゆるキャラ「赤ふん坊や」の着ぐるみを多用,もとい,一緒に仕事をしているのですが,「医師が着ぐるみを!?」という意外性で,医師という垣根を取り払う一助となっています)。それに,地域に出て行くことで,協働できる仲間を見つけることもできます。
さらに踏み込んでみると,元来地域におけるあらゆる活動は,専門職が主体とならずに地域主体に発生し発展するほうが,継続性の面でも理想的なのかもしれません。専門職としては,住民のみなさんに気づきと出会いを与えるようなきっかけづくりに専念する,という方法もあると考えます。当方では,地域課題をあぶりだす地域診断の取り組みを,誰でも参加しやすいクイズ大会風に開催しています(図2)。専門職から少額のカンパを集め,成績優秀者には賞品も! 賞品が出るとなると,参加者のみなさんの目は一気に真剣に(汗)。
それから,実際に地域主体に取り組んでもらうことを期待した地域社会参加型研究(Community-Based Participatory Research:CBPR)的なきっかけも,奏効すると考えます。当方では,「けっこう健康!高浜☆わいわいカフェ」と題して,月1回まちなかコミュニティスペースにて話題提供+自由なおしゃべりの会合を持っています(図3)。大小様々な施策が実現するため,地域全体のヘルス・メンテナンスが向上しています。
最後に,この事例でも気づかれているように,地域では継続性が非常に重要ですので,我々総合診療医を含めた地域のあらゆる主体が,みんな「楽しく」地域に向き合うことが大事です。ぜひみなさんも地域志向アプローチを「楽しんで」頂きたいと思います!
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社