しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Uくん,2歳5カ月,男児
3日前から鼻汁があり,2日前に咳が出はじめ,前日の夕方から38.0℃の発熱があるということで来院した。保育園に通園しており,インフルエンザが大流行しているという。5歳の兄が一昨日インフルエンザと診断されている。普段からときどき鼻汁,咳などの症状で来院しており,上気道炎と診断し去痰薬などを処方することがあった。
受診時は37.9℃。全身状態は良好で,咽頭に軽度発赤があった。呼吸音に異常はなかった。待ち時間や診察時にときどき咳をしていた。周囲の流行状況などから,臨床的にインフルエンザと診断し,年齢を考慮してオセルタミビルを処方し,帰宅とした。
後日,「兄の登園許可書を記載してほしい」と保護者が来院した際に,Uくんが受診当日の夜に激しい咳で病院の夜間救急外来を受診し,クループと診断されたということを聞いた。
インフルエンザ流行期の発熱ということで,診断が惑わされたと感じた。後から母親に聞くと,受診前夜の咳は少し苦しそうだったものの,朝になったら少し落ち着いていた上,診察時には特に時間経過による症状の変化について問われなかったために,夜間の咳については伝えなかったということだった。
しくじり診療の過程の考察
Uくんは,今までにも何度も上気道炎で来院している児であり,普段の様子を比較的よく知っているという慢心があった。インフルエンザ流行に伴い混雑した外来,濃厚な接触歴などから,症状の経過を詳細に聞かずに診断してしまったことがしくじりにつながった。
基本に立ち戻り,病歴の詳細な聴取,全身の診察・観察を行うことで,クループの可能性を想起することは可能だったと考えた。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
予防接種や急性疾患でよく来院する児であっても,また,数日前の受診の「続き」であっても,経時的に病歴を聴取し,必ず全身の診察をするようにしている。また,診察前に看護師が予診をとっている場合でも,経過を改めて聞くようにしている。snap diagnosisが重要であることは確かだが,それにとらわれないように心がけている。また,患児が自宅でどのように過ごしているか(熱があっても楽しく遊んでいるのか,夜に咳や熱などで起きることがないかなど)も必ず聞くようにしている。
保護者には,帰宅してからの観察ポイントを細かく伝えたり,熱型表を渡したりするとともに,今後起こりうる症状変化についても伝えている。必要時はプリントを渡すこともある。
まず,この症例は「避けようがなかった」と言ってよいと思います。クループ症候群は,昼には特有の咳はみられないことが多く,日中の診察時にクループ症候群だと気づかないことはありえます。小児科診療のレベルをさらに上げるために,この症例から以下のことを学んでほしいと思います。
インフルエンザの合併症に気をつける
クループ症候群は自然軽快しますが,インフルエンザの合併症には見逃すと致命的になるものあるため,心筋炎,脳症に特に気をつけます。多数の患者が受診するインフルエンザ流行期の診療では,バイタルサインがとりにくい小児であっても最低限,脈拍数と呼吸数はチェックします。特に体温に似つかわしくない徐脈があった場合には,ていねいに心筋炎の除外をします。脳症は痙攣で受診することが多いですが,「なんとなく変な感じがする」という保護者の訴えを軽く扱わないように慎重に意識状態を評価しましょう。
クループ症候群の診断と治療を知る
クループ症候群は,「犬が吠えるような(犬吠様:bark-like)咳,あるいはオットセイ(一部ではアザラシとも)が鳴くような咳を特徴とする急性症状で,嗄声や喘鳴を伴うことがある状態」をもって臨床的に判断し,検査は通常不要です。原因は,ウイルス性の上気道感染に続発するもの(仮性クループ)のほか,アレルギー性のもの(痙性クループ)があります。真性クループとはジフテリアのことです。さらに,犬吠様咳嗽の小児をみたら異物誤嚥やアナフィラキシーを除外することを忘れてはなりません。仮性クループの原因はパラインフルエンザウイルスがほとんどですが,RSウイルスやアデノウイルス,インフルエンザウイルスでもクループ症候群を起こしますし,麻疹ウイルスが原因のこともあります。インフルエンザウイルスのクループ症候群はパラインフルエンザより重症度が高いという報告もあります1)。
犬吠様咳嗽は1~2日続き,夜間に悪化します。日中の外来で診察したときには,stridorがないか,少しでも特徴的な咳がないかに注目します。
安静時にstridorと陥没呼吸があれば中等症以上ですので,ステロイド全身投与に加えてエピネフリン吸入を行い,3~4時間院内で経過観察します。特に,日中に症状が強いときは要注意です。特徴的な咳だけの軽症例であれば内服ステロイドを処方して帰宅可能です。
日中の軽微な症状を見逃さず「今は大丈夫そうに見えても,夜間に悪化するかもしれないよ」とひと言声をかけることができる医者がプロフェッショナルです。
文献
- Peltola V, et al:Pediatr Infect Dis J. 2002;21(1):76-8.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社