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2日前から鼻先に発疹が出ていた。かゆみが強く,ぼりぼりとかいている。もともと乾燥肌があり,よく湿疹ができるがステロイド軟膏を塗ると治る。最近は薬を切らしていた。
「いつもの湿疹が悪くなったものだと思うので,ステロイドを処方してほしい」という保護者の主訴で受診した。視診では,鼻腔の周囲にびらんを伴う紅斑が数個ある。いつもの湿疹と考えて,ウィーククラスのステロイド軟膏を処方した。
3日後,悪化したため他院皮膚科を受診した(図1はイメージ)。さらに皮疹がひろがっており,伝染性膿痂疹の診断で,抗菌薬治療が開始となった。その後,治癒したとのことである。
鑑別診断を考えずに短絡的に処方してしまったことで,「しくじり」を自覚した。
もともと乾燥肌があり,過去にもステロイド軟膏で改善する湿疹を繰り返していたことで,今回も同じ経過であろうという“利用可能性バイアス”が働いた。
ステロイド軟膏を処方するときに悪化する可能性がある疾患を鑑別に挙げることを忘れていた。また,びらんがある場合に伝染性膿痂疹と湿疹をどう見わけるのかを知らなかったため,しくじりにつながった。
湿疹にステロイドを処方するときには,最低限,「伝染性膿痂疹と単純ヘルペスの可能性がないと言えるか」と自問している。
その後,先輩医師から,「鼻孔周囲の皮疹は膿痂疹の可能性が高い」と教えてもらい,鼻孔にかかるびらんや紅斑をみたときには,まず,抗菌薬を処方して,数日後にフォローして改善を確認している。
その他の部位などで診断に迷うときは,専門家にコンサルトするか,「間違えるなら安全なほうに間違える(最初からステロイド軟膏は処方しない)」ようにしている。目の周りのヘルペスを湿疹と間違えてステロイド軟膏を処方しかけたときには,このときのしくじりを思い起こして,ヘルペスの治療を優先することができた。
小児科では発疹性疾患を診るケースがとても多いです。本症例のような感染性の発疹もあれば,アトピー性皮膚炎,虫刺されや草にかぶれたブツブツ,そして原因不明の発疹,いろいろな疾患があります。それを一瞬で判断できることはそれほど多くはありません。
それでは筆者はどうしているかと言うと,まずは発疹が出る前後の経緯を詳しく聞き取ります。このとき役立つのが小児二次救命処置(pediatric advanced life support:PALS)で用いられるSAMPLE聴取です。Signs and symptoms(自他覚症状=発疹以外の症状も含めて,あとは患児の訴え),Allergies(アレルギー=薬物,食物に対して),Medications(薬物=今回の発疹に使用した薬物),Past medical history(病歴=既往歴),Last meal(最後の食事),Events(イベント=発症につながる出来事,たとえば草むらで遊んだなど),この6つのポイントは必ずチェックします。それと患児の生活環境(幼稚園や保育所に通っているか,周りに同じような発疹が出ている子どもがいるかなど)も忘れてはいけません。これらの情報と実際の発疹の性状から,感染性疾患なのかそうでないのかが浮かび上がってきます。
しかし,これだけで100%診断がつくことは残念ながらありません。その場合,筆者ははっきりと,今の段階ではきちんとした診断がついていないことを保護者に伝えています。「○○ちゃんのブツブツはとびひ(伝染性膿痂疹)の可能性が高いと思います。しかしそれ以外の病気もあるかもしれません」。ただこれだけでは保護者は不安になりますよね,ですから次のように続けます。「そのためにきちんと検査をしておきましょう。ブツブツのところに伝染性膿痂疹の菌がいるかどうかを調べておくと,今回の病気のことがはっきりします」。そう言って必ず培養検査を行っています。特に伝染性膿痂疹は,昨今薬剤耐性菌の割合が高まっています。抗菌薬適正使用の観点からも治療開始前の培養検査はとても大事ですし,また培養検査は患児本人の負担にまったくならないので,躊躇なく行うべきだと考えています。そして最後に,「検査結果が出るのに数日かかるので,もし良くならないようであればその頃に受診して下さい。そのときは今日の検査結果を見て治療を見直します」と伝えます。症状が良くならないときの具体的指示を出すことで,保護者に安心してもらえます。
発疹性疾患は治療の効果判定が明らかです。そのため,つい医療者側が焦って安易な方向に走りがちです。筆者も若い頃にステロイドを安易に使ったこともあります。しかし,それで病状が悪化したとき保護者との信頼関係にヒビが入ってしまいました。それからは,「最善を尽くしてもわからないときはそれを正直に伝える勇気を持つ」ことにしました。
「たかがとびひ,されどとびひ」。common disease の伝染性膿痂疹からも学ぶことは多いです。
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社