しくじり症例から学ぶ総合診療
症例 患者:Aさん,70歳,男性
国民健康保険2割負担の患者。喫煙歴20本/日,20~65歳。機会飲酒は多い。X年の6年前,健診で心電図異常のため近隣B病院循環器内科を受診した。冠動脈硬化症・高血圧・脂質異常症として内服加療が開始され,安定していたために筆者が勤めるC診療所へX年の前年6月,逆紹介となった。その他特記すべき既往歴なし。アトルバスタチンカルシウム(リピトールⓇ)10mg/日,テルミサルタン・アムロジピン配合錠(ミカムロⓇ配合錠AP)1錠/日が処方されていた。紹介元のB病院では3カ月に1回のペースで受診をしていた。そのため,当院でも同ペースでの診療を希望した。初回血液検査では血算を含め大きな異常所見はなく,診察室血圧も良好であったことから,家庭血圧を確認してもらいながら,C診療所でも3カ月に1回の定期受診を了承した。
X年3月,これまで3年に1回行われていた冠動脈CTを撮像した(B病院の放射線科医師も読影)。CT結果は,冠動脈硬化の進行を認めず,その他評価できる胸部~上腹部にも明らかな異常所見を認めなかったため,X年4月の定期外来で説明し,X年7月の予約を取得しその日の外来を終了した。この間,筆者が定期外来で診療したのは5回であった。
X年7月の予約日,外来キャンセルの電話が入った。「現在がんで治療中のため倦怠感で行けない,薬はB病院で処方してもらう」とのことだったが,当院で診療していた病名には「がん」とついていなかったために,電話をとった事務員が気になり筆者に報告した。筆者が患者の自宅に電話をすると,X年6月初旬,胃重感で当院とは別のD診療所を受診し,胃内視鏡検査で胃がんを疑われ,再度B病院を紹介され,受診。B病院で胃がんとして術前化学療法中とのことであった。後日,B病院主治医に情報提供を依頼したところ,診断名は「高度なリンパ節転移を伴う進行胃がん」と判明した。
しくじり診療の過程の考察
患者のカルテを読み返すと,X年3月には,月に2回ほど腰痛があるという訴えがあったが,経時変化や診察所見からは筋骨格由来と判断していた。
X年4月には,特定健診について相談があったため,特定健診とがん検診受診を勧め,国保からの案内を確認するように伝えていた。その2カ月後にはがんが症状を伴って診断されている。外来受診時の体重に減少はなかった(図1)。
①胃がんを疑うべき状態・症状とは
体重減少・腹痛・消化器症状(悪心・食欲不振・嚥下障害・黒色便)の頻度が高い(図2)1)。早期満腹感は胃がんを積極的に疑う症状である。また,上部消化管悪性腫瘍の診断における感度・特異度,尤度比を表12)に示す。
②胃がんの早期発見,二次予防とは
わが国の胃がん対策型検診は,胃X線検査と胃内視鏡検査が該当する。50歳以上に対して,胃X線検査は1~3年に1回,胃内視鏡検査は2~3年に1回の受診間隔が推奨されている。胃X線検査は以前より対策型胃がん検診として用いられてきたが,その根拠は,症例対照研究とそのメタ解析で男女ともに死亡率の減少がみられたことである3)。
2014年度版のガイドラインでは,死亡率減少を示した症例対照研究をふまえて胃内視鏡検査も加えられた4)5)。だが,いずれの研究も小規模でありバイアスの懸念も残るため,死亡率減少効果の再検討が必要であるとガイドラインに明記された状態である。
胃がんの罹患率は東アジアで高率であり,逆に北米・豪州・北欧では低率である(米国の胃がんの死亡率は日本の1/10程度)6)。米国ではスクリーニング介入の費用対効果の検証結果と罹患率から,米国での対策型検診による死亡率減少効果はないとしている。対策型検診を実施しているのは日本と韓国だけであり,国内からの大規模研究による有効性評価が待たれる。
③胃がんのリスク因子
男性,喫煙,飲酒,H.pylori感染,萎縮性胃炎,胃部分切除後,放射線治療後,高塩分食,野菜・果物の摂取不足,人種(アジア系),低所得者などが挙げられている7)。
H.pylori感染は,非噴門部胃がんの発症リスクが(報告により幅はあるが)3~20倍と推測され,最大のリスク因子8)とされている。無症候性のH.pylori感染者に対して,除菌群と対照群で胃がん発症を比較した無作為比較試験では,メタ解析で初めて除菌が有効であるとされている。つまり,除菌をすれば必ずしも胃がんが発症しないわけではない。また,萎縮性胃炎や腸上皮化生が起こる前の早期に除菌するほうが,より有効である点にも注意が必要である。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
当院の外来では,機を見てヘルス・メンテナンスとして検診受診チェックをしている。またその備忘録をカルテに記載している。
図1の経過からは,積極的に胃がんを疑えるような症状の訴えや検査結果は認められなかった。つまり,がん検診の受診を確認し胃がん検診未受診を拾い上げ,受診を推奨し促すことが,無症状に経過している段階でできる数少ない方法だと思われる。筆者はわが国の対策型検診の種類・推奨年齢・推奨間隔などを確認し,その地域における受診の仕方も含めて患者に案内するようにしている。また検診は,無症状の人に行う点ではエビデンスが重視されるため,エビデンスも含めて検討し,任意検診での受診も含めて患者指導ができることが理想だと思われる。そのためには,海外のデータが主にはなるが,USPSTF(米国予防医学作業部会)で元論文とその評価を含めた推奨の検討過程が示されているため,これを参考にして個々の患者への適応を検討する必要がある。この作業は1人の医師で行うのはかなり骨の折れる作業であるため,医師でチームとなり情報共有・意見交換をする場も非常に有用である。
最後に
無症状に進行し,命に関わる病であるがんは,がん検診で早期発見できるものばかりではない。そんな中で,胃がんについてはわが国においてある程度妥当と考えられる検診方法がある。早期対応には,医師の情報提供と患者の実際の受診,またその後の適切な介入が必要になる。知識はあっても,「多忙な毎日の診療の中でどうヘルス・メンテナンスを提供するか」も課題であり,備忘録やアラートシステムなどの必要性を感じている。
まず,通院間隔・回数についてですが,3カ月に1回となりますと年4回(ワンシーズン1回)です。この回数では,患者は貴診療所をかかりつけ医とは認識しにくいのではないでしょうか?
病状が安定していても最低2カ月に1回(年6回)の受診とし,「通院日以外でも調子が悪いときは自院へ相談して下さい」と付け加えます(共助)。そして,自院への受診(年6回)のうちの1回を市区町村での健診に当てます(もし職場で健診を行っている場合は結果を持参してもらいます)。また,健診では必ず腹部の触診も行います。そして,健診日に肺がん検診と大腸がん検診も勧めています。こうすることで患者の負担も減り,かかりつけ医として認知してもらえるように思います。
本症例が高度なリンパ節転移を伴う進行胃がんであったなら,腹部触診で心窩部に所見があった可能性もあります。また,出血を伴う進行胃がんであれば,大腸がん検診でも要精査となったのかもしれません。
胃がんについてですが,H.pylori感染が何よりのリスクです。感染経路は明らかにされていないものの,幼児・小児期に保護者からの経口感染があるのではないかと言われています。両親や兄弟に胃・十二指腸潰瘍や胃がんの既往がないかの確認も大切ですし,既に家族(子ども含め)がH.pyloriの除菌治療をしているかもしれません。また,H.pylori活動性胃炎に対する除菌治療が適応となった2013年2月頃より,胃部X線検査による胃がん検診(職場の検診含め)においても,胃がんだけでなく,胃背景粘膜から慢性胃炎を読影することが推奨され,慢性胃炎と診断された患者は,内視鏡検査を勧められるようになってきています。内視鏡観察の胃背景粘膜所見より,H.pyloriの未感染,現感染,既感染が推測され,血液・便・尿などで確定診断後の除菌治療が行われ,胃がんのリスクが軽減されます。
我々の地域では,これ以外に対策型健診として,胃がん検診(X線・内視鏡),乳がん検診,子宮頸がん検診と,肝炎ウイルス検診,胃がんリスク検診を受診することができます(公助)。こちらについては,年度替わりの4月と初診時に啓発するとともに,診療所の待合室にポスターを掲示するなど急性疾患で受診する患者にも見てもらえるように工夫し,慢性疾患で通院する患者が,自身の家族や知人に見せるために持ち帰れるリーフレットも用意しています(自助・互助)。地域包括ケアシステムの中,共助や公助に頼るだけではなく,自助や互助が必要であると考えます。
文献
- Fuchs CS, et al:N Engl J Med. 1995;333(1):32-41.
- Fransen GA, et al:Aliment Pharmacol Ther. 2004;20(10):1045-52.
- 坪野吉孝, 他: 日消集検誌. 1999;37:182-5.
- Hamashima C, et al:PLoS One. 2013;8(11):e79088.
- Matsumoto S, et al:Indian J Gastroenterol. 2014;33(1):46-9.
- Siegel R, et al:CA Cancer J Clin. 2014:64(1):9-29.
- Karimi P, et al:Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 2014;23(5):700-13.
- Malfertheiner P, et al:Gut. 2012;61(5):646-64.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社