しくじり症例から学ぶ総合診療
事例 利用する患者のいないマッサージ器を購入してしまった
新規開業の準備を行っており,開業する物件も決まり内装工事のため間取りを決める段階となった。医療機器の選定も同時に進めており,各機器の見積もりや価格交渉など同時並行で慌ただしく進めていたが,内装業者から「早く医療機器を決めてもらわないと間取りや配管などが決定ができず,工期が遅れる」と急かされた。
コンサルタントと相談して購入する医療機器を次々決定していったが,その中でコンサルタントからウォーターベッド式のマッサージ器の購入を勧められた。理学療法として保険点数の算定ができ,高齢患者の集患にも効果的であるとの理由だった。高額な機器ではあったが,患者サービスとして新規開業時にアピールできる点を考慮し購入を決定した。処置台を1つ減らしてウォーターベッドを設置した。内覧会で訪れた地域住民にも目をひく機器としてアピールできたと感じていた。
しかし,実際に開院してから利用する患者はほとんどおらず,設備投資として回収する目処もまったくたっていない。院長が診療終了後に疲れた心と身体を癒すため,誰もいなくなった処置室で毎日使用しているのみである。
しくじり事例の過程の考察
開業前は様々なことの決定,決裁を同時進行で行う必要があり,最終決裁はすべて自分で行わなければならないのが勤務医時代との大きな違いである。開業が迫ってくるにつれて急ぎ決定しなければならないことも多く,気持ちが焦る中,コンサルタントからの勧めを十分に吟味せずに決裁を急いでしまったことが,しくじりにつながった。
こうすればよかった,その後自分はこうしている
投資する医療機器の採算性について,保険点数と実施頻度などから想定することは高額な機器の購入にあたり大切である。損益分岐点売上高から損益分岐点患者数を計算する方法もある(表1)1)。事業計画の面で考察した場合,診療圏調査や周辺地域の情報などから開院当初にどのような患者層の来院が多くなるかを予想しておくことも重要となる。新規開業では,地域によって高齢者は既に競合する医療機関に通院しており,リハビリテーション,理学療法が必要な患者も他院に通院している可能性がある。開業当初から当該医療機器が地域のニーズに応えるものか,また,集患としてのインパクトを持つかどうかも十分に検討しておく必要がある。開業時から受診患者層がしだいに変わってくることもあるので,高齢患者など適応患者が増え,ニーズが高まったときに購入を検討しても遅くないこともある。
しかし,最も大切なことは,「患者や地域にどのような医療を提供したいか」「この診療所で何を成したいか」という診療所運営の根幹となるビジョンに沿った投資であるかどうかということであろう。目先の集患,投資ありきで自院のビジョンに沿わない高額な医療機器を購入してしまった場合,診療スタイルの変更を余儀なくされ,患者,地域,自院スタッフにクリニックの診療方針として誤ったメッセージを伝えてしまうリスクが生じる。開院前はとても忙しく,来院患者数が十分にあるかどうかという不安も強くなり,判断が鈍りがちになりやすい。焦るときほど,また,額の大きな投資を決定するときほど,いったん落ち着いて冷静に自分の足元(自己資金)と自分の行き先(ビジョン)を見直すことが肝要かと考える。
最初に白状しておきますと,実は筆者も開業したての頃に「ウォーターベッド式のマッサージ器」を買ってしまいました。業者の巧みな弁舌と返済のシミュレーションを見て,高齢患者へのサービスと集患にもなるかという甘い考えでした。それまで自分が行ってきた診療スタイルにはないことでもあり,またなんとなく後ろめたさもあり患者に勧めるのも気がひけて,結局利用する人は限られてしまいました。最終的には事例の先生と同じように,筆者か職員が休憩時間に利用するのみで,場所を占拠しただけの存在になりました。リースが終了し機械を撤去するのにも,小さい部屋に無理に押し込んでいたために部屋を一部壊して出さなければいけなかったという,とんでもないしくじりになってしまいました。
開業間もないときは金銭的に余裕もなく,「集客できる」という業者の甘い言葉に乗ってしまいがちです。「日に何人が利用すれば回収できる」というのは,あとから思えば実に甘い計算でした。それまでの自分の診療行為を変えてまで誘導するということに何ら疑いを持たないような方には可能なのかもしれませんが,筆者や先生のような,金銭勘定を優先できない良心的な総合診療医には難しいことのように思います。
開業当初は特に,高額な医療機器の購入は非常に負担になります。少なくとも,これまでの自分の診療スタイルを変えてまでいろんな機器を購入するのは非常に危険です。月何人,1日何人利用しなければいけないというような心理的な負担は,決して良いものではありません。できるだけこれまでの自分の診療行為を変えずに,地道にやっていくのが最良の方法かと思っています。
本項の執筆に際し,Facebookで友人たちに「診療所で購入前に十分検討しなければ後悔する可能性の高い医療機器」を募り,結果は以下のようになりました。
- ①ウォーターベッド型マッサージ器:死蔵することが多い
- ②CT:とてもペイできるほど利用できなかった
- ③スパイロメーター:患者にうまく検査してもらえなかった
- ④ABI:とてもペイできるほど利用できなかった
- ⑤生化学検査器:維持できなかった,外注のほうが楽である
- ⑥迅速検査キット:期限内に利用できることが少なかった(インフルエンザ,溶連菌以外)
みなさんも実に多くのしくじりをされていることがわかりました。ご参考にして頂ければ幸いです。
文献
- 小松大介: 医療機器の投資判断. 診療所経営の教科書. 第2版. 大石佳能子, 監. 日本医事新報社, 2017, p181-3.
しくじり症例から学ぶ総合診療
「しくじり症例から学ぶ総合診療」
編者: 雨森正記(弓削メディカルクリニック院長)
監修: 西村真紀(川崎セツルメント診療所所長)
提供/発行所: 日本医事新報社