Early Intensive Therapyの重要性
ガイドライン2017年版1)では、治療薬を新規に導入する場合、ベースライン薬から開始することが基本であるとされていました。そのうえで、治療効果が不十分な場合に他のベースライン薬に切り替える、または、第二選択、第三選択薬に段階的に切り替える、いわゆるescalation therapy が推奨されていました。
しかし、ガイドライン2023年版2)においては、従来のescalation therapyと比較して、early intensive therapy(EIT)のほうが、身体障害の進行を有意に抑制できることがリアルワールドエビデンスで示され、近年、MS治療の考え方は大きく変化してきたことが解説されています。
例えば、EITと、escalation therapyとで、5年後のEDSSの変化量を比較検討したHardingらの報告3)によりますと、EDSSスコアの5年平均変化率[SD]は、EIT群がescalation therapy群よりも低くなりました(0.3 [1.5] vs 1.2 [1.5])。これは、関連する共変量で調整後も有意に低値でした(β = -0.85; 95%CI、-1.38~-0.32; p = 0.002、vs. escalation therapy、線形回帰モデル、共変量:性別、DMT開始時の年齢、DMT開始時の暦年)(図1)。
有効性の高いDMDは安全性に懸念があったため、escalation therapyという治療戦略に関する概念が生まれました。しかし、本研究は、escalation therapyはMS治療の低リスク戦略であるという一般的な考えを根底から覆すものでした3)。
図1 EITによるEDSS変化量への影響 海外データ
5年後のEDSSの変化量(調整前の線形回帰モデル)海外データ
初回治療(初回DMT)と5年後のEDSSの変化量との関係(vs. escalation therapy)海外データ
【対象】 |
初回治療としてDMTが行われ、ベースライン時および治療開始5年後のEDSSが評価されているMS患者179例 |
【方法】 |
対象患者を、初回治療が中程度の有効性のDMT群(IFNβ、グラチラマー酢酸塩、フマル酸ジメチル、フィンゴリモド、teriflunomide★;escalation therapy)と、強力な有効性のDMT群(ナタリズマブ、アレムツズマブ★;early intensive therapy)に分け、5年後のEDSSの変化量を比較検討した。 |
本研究はイギリス、southeast WalesにおけるMS患者の、population-basedコホートを対象とした。すべてのモデルについて、調整前、および共変量による調整後で解析した(共変量:性別、DMT開始時の年齢、DMT開始時の暦年)。リミテーションは、臨床試験のように、対象患者群から均一に画像データや有害事象データを入手できなかったことである。
★:日本語表記:MS治療薬としては本邦未承認 英語表記:本邦未承認薬
Harding K et al:JAMA Neurol 76(5): 536-541, 2019より作図
本論文の著者には、過去にノバルティスが助成金、旅費、謝礼金等を支払った者や、教育会議出席のサポートを行った者が含まれています。
従来のescalation therapyでは、DMDの効果を最大限に発揮できる機会を逃してしまう可能性があるため、特に、予後不良と考えられる患者では、EITを行うことの重要性が示されました。
MS治療のパラダイムシフトが示されたリアルワールドエビデンスの1つであると言えます。
1) |
日本神経学会 監修 『多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017』 医学書院 p.163-165 |
2) |
日本神経学会 監修 『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』 医学書院 p.158-160 |
3) |
Harding K et al:JAMA Neurol 76(5):536-541, 2019 本論文の著者には、過去にノバルティスが助成金、旅費、謝礼金等を支払った者や、教育会議出席のサポートを行った者が含まれています。 |
MS:多発性硬化症、EDSS:総合障害度スケール、DMT:疾患修飾治療、DMD:疾患修飾薬、IFN:インターフェロン