多発性硬化症について:
多発性硬化症 ガイドラインの最新情報
「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」
MS診療における改訂ポイント
監修・解説:東北医科薬科大学医学部 脳神経内科学 教授 中島 一郎 先生
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「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」
MS診療における3つの改訂ポイント【まとめ】
監修・解説:東北医科薬科大学医学部 脳神経内科学 教授 中島 一郎 先生
動画でもご紹介していた「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」3つの改訂ポイントについてご説明します。
ポイント①:新たなRRMSの治療アルゴリズムの発表
診断早期のRRMSに対する個別化診療
まずは、CQおよびQ&Aをもとにした「RRMSの治療アルゴリズム」が新たに発表された点です。
これまでも薬剤の有効性と安全性、また個々の患者の疾患活動性を考慮しながら病態に応じて治療を行うことが推奨されてきました。
今回の改訂により、診断早期のRRMSにおいては、個々の患者で再発頻度、MRI活動性、診断時のEDSSや脳萎縮を含む予後不良因子、PML(進行性多巣性白質脳症)の発症リスク、生活背景や価値観などを考慮してDMDを選択することが明記されました。
第Ⅲ章 中枢神経系炎症性脱髄疾患診療におけるQ&A
資料 CQおよびQ&AをもとにしたRRMSの治療アルゴリズム
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.194-195
本アルゴリズムではまず、再発頻度・MRI活動性・EDSSが高くない、脳萎縮が強くない場合は、インターフェロンβ(A/B)、グラチラマー酢酸塩(C)、フマル酸ジメチル(D)といった「A/B/C/D」を第一選択薬とします。
一方で、再発頻度・MRI活動性・EDSSが高く、脳萎縮が強い場合はオファツムマブ(O)やナタリズマブ(N)を第一選択薬として治療を開始することが明記されています。
ただし、再発頻度・MRI活動性・EDSSが高くない、脳萎縮が強くない場合であっても、予後不良因子やPMLのリスク、患者さんの生活背景や価値観、QOL、有効性を勘案して、オファツムマブやナタリズマブも最初から考慮できることが明記されています。
つまり、疾患活動性が低い場合でも、状況によってはオファツムマブやナタリズマブを最初から使用することも可能となります。
また、「A/B/C/D」で治療後も、治療効果が不十分と考えられた場合に、フマル酸ジメチル、または、オファツムマブやナタリズマブへの切り替えも考慮できることが明記されています。
RRMS:再発寛解型多発性硬化症、DMD:疾患修飾薬、EDSS:総合障害度スケール
ポイント②:MSの疾患活動性の正確な評価
次に、本ガイドラインの冒頭、概要部分(p.Ⅻ)に、MSの疾患活動性の定義について記載され、より正確な評価が求められるようになりました(「疾患活動性」は特に断りがない場合は、「再発」「MRI活動性」「障害進行/増悪」「脳萎縮進行/増悪」などの項目で評価するものとし、そのうちどれが重要であるか明記する必要がある場合は具体的な項目名を記載することとした)。こちらに付随して、NEDA、PIRA、予後不良因子について説明します。
NEDA
MSの疾患活動性を評価する指標の1つとして、再発・障害進行・MRI活動性・脳萎縮の4項目が認められない状態である「NEDA-4」の概念が日常診療で提唱されています。
MSの疾患活動性を評価する指標の1つ
Kappos L et al: Mult Scler 22(10): 1297-1305, 2016より作図
ノバルティスは、本研究に資金提供を行いました。
本論文の著者には、ノバルティスが、講演料、研究支援金、助成金、コンサルタント料、謝礼金、旅費、アドバイザリーボード料を支払った者や過去に
ノバルティスのアドバイザリーボード、コンサルタント等を務めた者が含まれています。
本論文の著者のうち、3名はノバルティスの社員です。
本ガイドラインにおいても、「NEDA」が、MSの診断基準の項に掲載されました。
MSの疾患活動性の指標の1つとして「NEDA-4」がよく用いられること、そして、この指標がDMDによる炎症抑制と神経保護効果の両方を測るのに有用であると掲載されたことは大変意義深いものと考えています。
今後、MS治療を行う際はガイドラインに準じ、NEDAを指標としながら、疾患活動性を定期的に確認することが重要と考えています。
第Ⅰ章 中枢神経系炎症性脱髄疾患診療における基本情報
2. 診断基準の概説と中枢神経系炎症性脱髄疾患診断アルゴリズム
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.21
PIRA
また、再発が認められなくても症状進行がある状態として、「PIRA(progression independent of relapse activity)」の概念も注目されています。
「PIRA(再発活動性と無関係の症状進行)」の概念図 海外データ
Tur C et al: JAMA Neurol 80(2): 151-160, 2023より作図
著者には、過去にノバルティスが講演料、報酬、助成金、アドバイザリーボード料、旅費等を支払った者やノバルティスのアドバイザリーボードを務めた者が含まれています。
本ガイドラインにおいて、「PIRA」も、MSの診断基準の項に掲載されました。
PIRAとは、再発と無関係にEDSS、25フィート歩行時間、9ホールペグテストのいずれかの数値が悪化したものであり、その悪化についてもそれぞれの指標ごとに数値が定義されています。
第Ⅰ章 中枢神経系炎症性脱髄疾患診療における基本情報
2. 診断基準の概説と中枢神経系炎症性脱髄疾患診断アルゴリズム
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.21
実際にPIRAを有する患者さんは、PIRAがない患者さんと比べてEDSS 6.0への到達リスクが7.93倍増加すること、さらに、発症早期からPIRAの存在を確認できる患者さんではEDSS 6.0への到達リスクが26.21倍増加することが報告されています。
すなわち、PIRAを有することで、進行リスクが高まることが懸念されます。
PIRA★の有無別またはPIRA★の発症時期別にみた、EDSS 6.0到達までのリスク 海外データ
★:本試験におけるPIRAの定義、早期/後期PIRAの定義
PIRA:再発がない期間(初回脱髄発作の6ヵ月後もしくは再発の3ヵ月後から、連続して2回の再発を繰り返す間の期間)の6ヵ月時点において、EDSSによる障害蓄積§が確認されること。
§:ベースライン時のEDSSが0、1.0~5.0、5.0超の場合、それぞれEDSSが1.5、1.0、0.5増加
早期PIRA:初回脱髄発作から5年以内にPIRAの発現が認められること。
後期PIRA:初回脱髄発作から5年以降にPIRAの発現が認められること。
【対象】 | 1994年1月~2021年7月に実施された単施設コホート研究に登録された、初回脱髄発作を起こした患者1,128例 |
【方法】 | 対象患者を、PIRAを有する患者群とPIRAのない患者群、さらに、PIRAの発現時期によって早期PIRA患者群(初回脱髄発作から5年以内)と後期PIRA患者群(初回脱髄発作から5年以降)に分け、初回脱髄発作から6ヵ月以降にEDSS 6.0に達するリスクを検討した。 |
【リミテーション】 | ①長期間の追跡調査により、時間経過とともに異なる診断方法を受けたことから、測定値に影響を与えた可能性がある。 ②治療による潜在的な影響がある。 ③プロトコールとは別に、症状や治療変更のためにMRIを受けたことから、活動性PIRA患者の割合に影響を与えた可能性がある。 |
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Tur C et al: JAMA Neurol 80(2): 151-160, 2023より作図
本論文の著者には、過去にノバルティスが講演料、報酬、助成金、アドバイザリーボード料、旅費等を支払った者やノバルティスのアドバイザリーボードを務めた者が含まれています。
予後不良因子
MSの予後不良因子としては様々なエビデンスが集積しており、欧米では患者背景・環境因子、臨床的特徴、MRI画像、バイオマーカーといったそれぞれの項目における予後不良因子が報告されてきました。この予後不良因子は、患者さんの適切な治療選択においてますます重要となっています。
MSの予後不良因子 海外データ
Rotstein D, et al: Nat Rev Neurol 15(5): 287-300, 2019より改変
著者には、過去にノバルティスの講演者、コンサルタント、臨床試験運営委員、臨床試験のアドバイザリーボード(過去3年間)等を務めた者、ノバルティスが講演料、学会参加旅費などを支払った者が含まれています。
本ガイドラインでは、予後不良因子の具体的な項目について記載されました。MSの予後不良因子を把握し、個別化診療、長期的な障害対策に役立てていく必要があります。
第Ⅲ章 中枢神経系炎症性脱髄疾患診療におけるQ&A
5. フォローアップのQ&A
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.206-208
MS:多発性硬化症、DMD:疾患修飾薬、NEDA:疾患活動性が認められない状態、PIRA:再発活動性と無関係の症状進行、EDSS:総合障害度スケール
ポイント③:早期からのDMD治療の重要性
最後に、早期からのDMD治療の重要性についてご紹介します。
開始時期について
DMDの開始時期別に障害進行リスクを比較した研究によると、MS発症2年以内の“早期”から治療を開始した患者さんのほうが、4~6年経過してから開始した患者さんと比べて、障害進行リスクが有意に減少したことが報告されており、DMDは“早期”からの開始が有用である可能性が示唆されました。
DMDによるMS治療の開始時期別にみた障害進行のリスク 海外データ
【対象】 | MSBase registryおよびSwedish MS registryに登録され、有効性を優先したDMDによる治療(ナタリズマブ、ミトキサントロン★、アレムツズマブ★、リツキシマブ★、ocrelizumab★)を6ヵ月以上受けている18歳以上の再発寛解型MS患者544例 |
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【方法】 | 対象患者を後ろ向きに、早期開始群(MS発症後2年以内にDMDで治療開始)と遅延開始群(MS発症後4~6年経過してからDMDで治療開始)に分け、障害進行※の推移を比較した。 ※:「EDSS 1以上の増加」と定義(ベースライン時のEDSSが0の場合は「EDSS 1.5の増加」、ベースライン時のEDSSが5.5超の場合は「EDSS 0.5の増加」) |
★:日本語表記:MS治療薬としては本邦未承認
英語表記:本邦未承認薬
He A et al: Lancet Neurol 19(4): 307-316, 2020
著者には、過去にノバルティスが個人的な報酬、研究助成金などを支払った者が含まれています
そして本ガイドラインにおいても、MSの診断後速やかにDMDを開始することと記載され、冒頭のポイント①で紹介した治療アルゴリズムにおいても、治療の始点は「診断早期」のRRMSとされています。
(⇒ ポイント①:RRMSの治療アルゴリズム参照)
開始方法について
さらに、DMDの開始方法についても、再発頻度、MRI活動性、予後不良因子などに配慮してDMDを選択すること、特に予後不良と考えられる患者さんには有効性の高いDMDから開始することが望ましいと明記されました。
今後、MS診断後はガイドラインに沿い、患者さんの背景に応じて、適切なDMDの投与を速やかに開始することが重要となります。
第Ⅲ章 中枢神経系炎症性脱髄疾患診療におけるQ&A
2. MSの再発予防・進行抑制治療のQ&A
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.158-160
DMD:疾患修飾薬、MS:多発性硬化症、RRMS:再発寛解型多発性硬化症、EDSS:総合障害度スケール
【まとめ】
改訂ポイントとして、①新たなRRMSの治療アルゴリズムの発表、② MSの疾患活動性の正確な評価、③ 早期からのDMD治療の重要性、について説明しました。
予後不良と考えられる患者では、発症初期から有効性の高いDMD(high efficacyの薬剤)を使用することにメリットがあると言及されている点は、大きな改訂点です。
本ガイドラインが、MSの治療開始時やDMDの切り替え時など、治療方針を決める上での一助となれば幸いです。
掲載されている薬剤の使用にあたっては、各薬剤の電子添文をご参照ください。