日本の多発性硬化症患者さんの予後をどう考えるか
取材日:2024年5月15日、場所:TKPガーデンシティPREMIUM仙台西口
2023年9月に「多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023」が発表されました。多発性硬化症(MS)患者さんの予後は、High efficacy treatment(HET)によって変わりつつありますが、長期の予後は今後の報告が待たれる状況です。
そんな中、MS患者さんの予後を考えるうえで重要な3つのポイントについて、東北医科薬科大学 医学部 脳神経内科学 教授の中島 一郎先生にお話をお聞きしました。
中島先生には、NEDA(no evidence of disease activity)の定義や日常診療における評価、臨床で注意が必要な予後不良因子となる状態、さらに脳萎縮の評価の現状についてご解説いただきました。
Question 1
MSの疾患活動性の評価、特にNEDAの指標は、日常診療でどのように活用すればよいのでしょうか?
【Answer】
- ガイドライン注にNEDAについて掲載したのは、再発抑制だけではなく、障害進行、MRI活動性、脳萎縮といった疾患活動性について説明することを意図しています。
- すべてのMS患者さんの治療の最適化のため、NEDA-4、PIRA、予後不良因子といったトピックスへの理解を深めることが重要と考えます。
- 一見、疾患活動性が低く見える場合も、疾患活動性をきちんと評価し、長期の予後を見据えた早期介入が大切だと考えます。
注:多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン20231)
NEDAは近年まで、再発、障害進行(3ヵ月以上持続するEDSSの悪化)、MRI活動性(新規T2病変の出現もしくは病変拡大)の3つが認められない状態[NEDA-3]として、疾患活動性の指標に用いられてきました。NEDA-4は、これらに脳萎縮の進行(年間0.4%以上の脳容積の変化)が認められない状態を加えたものです。現在、脳容積の評価方法の確立や、脳萎縮の進行解明のための研究が進められています。
NEDA-4は疾患活動性の指標であると同時に治療のゴールでもあります。今回、ガイドライン注「MSの診断基準」の中でNEDAを掲載したのは、改めて疾患活動性について説明することを意図しています。以前は疾患活動性の指標として再発抑制が重視されましたが、現在ではそれに加え障害進行、MRI活動性、脳萎縮の進行もないことが重要と考えられています。
NEDAを語るうえでの課題として、本来、治療が必要とされる患者さんに治療が行き届いていないケースなどが挙げられます。NEDAという疾患活動性の捉え方をMS診療に関わる先生方に知っていただき、治療介入の指標として活用いただくことで治療の最適化ができると考えています。
ガイドライン注には「CQおよびQ&AをもとにしたRRMSの治療アルゴリズム」が掲載され、様々な病態を有するMS患者さんに適した治療についてわかりやすく解説されています。この治療アルゴリズムと先述のNEDA-4に加え、PIRA(progression independent of relapse activity、再発活動性と無関係な症状進行)、予後不良因子といった解説もご一読いただければと思います。
また、欧米の方よりも比較的軽症といわれている日本のMS患者さんですが、実際には日常生活でMSの影響を受けている患者さんが意外と多いかもしれないと思っています。私の経験した事例を紹介します。この患者さんは50代の女性で、長年未診断のまま過ごされ、顔のしびれがきっかけでMSと診断されました。以前から歩くのが少し不自由でしたが、長距離の歩行もできましたし、感覚障害もないため患者さん側としては、生活上、全く困っていないようでした。しかし、詳しく生活についてお聞きすると、新しいことを覚えづらく仕事に支障があったり、もの忘れが多かったりと認知機能の低下が疑われる症状がありました。疾患活動性の経過などから発症は30歳ごろと推定されますが、軽い症状の発現を繰り返しながらも数ヵ月で治まるためMSと診断されず、約20年後に認知機能の低下が明らかになったというケースです。日本人ではこのような患者さんは多いのではないかと感じます。ですから、疾患活動性が一見低いように見える患者さんでも、疾患活動性をきちんと評価し、長期予後を見据えた早期介入が大切だと考えています。
1)日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』 医学書院
Question 2
MSの予後不良因子で、特に臨床で注意が必要な状態(因子)について教えてください。 また、診療に活かすにはどのような点に注意すればよいでしょうか?
【Answer】
- ガイドライン注に記載されているすべての予後不良因子に目を配る必要があると考えます。
- MSと診断された時点で予後不良という視点をもち、すべての患者さんに適切な治療を行い、長期予後を改善していくことが重要です。
注:多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン20231)
まず、ガイドライン注に取り上げられている予後不良因子の科学的根拠は、主に1990年以前の海外文献に基づきます。現在の日本ではMSの診断後、基本的には早期に治療が開始されます。予後不良因子を検討する観察研究は、未治療の患者さんの予後の検討という性質を有するため、臨床的、倫理的に難しいのが現状です。また、日本のMS患者さんの臨床像は海外の臨床像とは異なるため、海外の報告をもとにした予後不良因子は実態に合致しない部分もあります。
例えば、高齢・男性といった予後不良因子について取り上げてみます。MS患者さんは女性かつ20~30代での発症が典型的ですので、「男性」や「高齢」といった要素はMSの診断の再検討を示唆するレッド・フラッグともいえます。MSではない患者さんがMSと診断されて治療が行われると、本来その患者さんが受けるべき治療を受けられず予後に悪影響を及ぼす可能性もあり得ます。ですから診断の見直しを要する可能性も含めて、「こういった要素があれば注意してみましょう」というのが予後不良因子といえるかもしれません。
予後不良因子については一言で表すことが難しいですが、結論としていえることは、ガイドライン注に記載されているすべての予後不良因子に注意を払っていただきたいということです。MSは原因不明の疾患で、おそらく症候群であると考えられます。発症の原因は一つではなく、遺伝的要因、喫煙、居住地域、感染を含む環境因子など複数の因子が複雑に重なり発症に至ります。そういった中で予後不良因子とは、「疾患活動性が高く進行が早まる可能性の高いMS患者さんの臨床像」を示しているといえるのではないでしょうか。
さらにいうと、MSの予後良好となる因子はなく、MSと診断されること自体が予後不良なのだともいえます。したがって、MSと診断されたすべての患者さんには適切な治療を行い、長期予後を改善していくことが重要です。
1)日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』 医学書院
多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023
第Ⅰ章 2. A. MSの診断基準
再発活動性と無関係な症状進行(progression independent of relapse activity:PIRA)
MSの慢性進行を定義するのは困難であるが、その病態を臨床的に捉えるための概念としてPIRAが提唱されている。PIRAはRRMSに対するocrelizumab※の2つの臨床試験(OPERA ⅠとⅡ)に参加した典型的RRMSで解析され、再発と無関係にEDSS、T25FW、9HPTのいずれかの数値が悪化したものをPIRAとした1)。悪化の定義としては、EDSSはベースラインが5.5以下の場合は1.0以上の増加、ベースラインが5.5より大きい場合は0.5以上の増加、T25FWと9HPTはそれぞれ20%以上の増加とされた。その後、バイオマーカーを含むさまざまな評価法でPIRAを同定する試みがなされている。
疾患活動性が認められない状態(no evidence of disease activity:NEDA)
MSの活動性の指標の1つで、NEDA-4がよく用いられる。NEDA-4は再発、障害進行(3カ月以上持続するEDSSの悪化)、MRI活動性(新規T2病変の出現もしくは病変拡大)、脳萎縮の進行(年間0.4%以上の脳容積の変化)のいずれもが認められない状態を指す2)。DMDによる炎症抑制と神経保護効果の両方を測るのに有用とされ、治療ゴールとして達成した患者の割合が評価されることがある。
1)Kappos L, et al. JAMA Neurol. 2020;77:1132-1140.
2)Kappos L, et al. Mult Scler. 2016;22:1297-1305.
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.21
※本邦未承認薬
第Ⅲ章 5. フォローアップのQ&A
Q5-2MSの予後不良因子は何か?
【回答】
- 自然経過における予後不良因子としては、PPMS、SPMSなどの進行型MSがある。
- 人口統計学的および環境的要因として、高年齢、男性、血中ビタミンD濃度低値、喫煙などがある。
- 臨床的要因として、初発時に複数の症状がある、脳幹・小脳・脊髄での発症、初発からの回復が悪い、初発から2回目の再発までの期間が短い、MS診断時のEDSSが高い、再発頻度が高い、発症5年後の障害度が高い、早期に認知機能障害を認める、などが挙げられる。
- MRI所見としては、T2病変が多い、T2病変の容積が大きい、造影病変が存在する、テント下病変や脊髄病変がある、脳萎縮があるなどが挙げられる。
- バイオマーカーとしては、脳脊髄液OB陽性、脳脊髄液・血液でのニューロフィラメント軽鎖高値、光干渉断層計(optical coherence tomography:OCT)での網膜神経線維層(retinal nerve fiber layer:RNFL)の菲薄化などがある。
【背景・目的】
MSの経過は多様であり、発症後の経過を予測することは困難であるが、予後不良因子を把握することは患者の治療選択に重要である。
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』 医学書院 p.206
MS:多発性硬化症、RRMS:再発寛解型多発性硬化症、EDSS:Kurtzke総合障害度スケール、T25FW:25フィート歩行時間検査、9HPT:9-hole peg test、DMD:疾患修飾薬、PPMS:一次性進行型多発性硬化症、SPMS:二次性進行型多発性硬化症、OB:オリゴクローナルIgGバンド
Question 3
脳萎縮の評価は重要でしょうか?
中島先生は実際に脳容積をどのように評価し、診療に活かされているのでしょうか?
【Answer】
- 脳容積の変化(脳萎縮)は、すべてのMS患者さんで評価すべき重要な疾患活動性の指標です。
- 発症時に脳萎縮が推定された場合や診断時の検査で脳萎縮が認められた場合は、診断早期にHigh efficacy treatment(HET)による治療開始を推奨※します。
※ | ガイドライン「CQ1 RRMS患者の診断早期にナタリズマブないしオファツムマブで治療を開始するのは推奨されるか?」では 【推奨】診断早期に再発頻度やMRI活動性が高い,さらにはEDSSが高い,脳萎縮が強いなどのRRMS患者においては,ナタリズマブないしオファツムマブで治療を開始することを推奨する(条件付き)。推奨の強さ:2 弱い エビデンスの確実性:C 弱い 【注記】予後不良因子,PMLの発症リスク,患者の生活背景や価値観などを十分勘案する。と記載されています1)。 |
1)日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』医学書院 p.114
PML:進行性多巣性白質脳症
予後不良因子の中でも脳萎縮は最も留意すべきものだと考えます。しかし、現在のMS治療環境においては脳容積の経時変化は微細なため、われわれが行っている半年毎のルーチン検査でも変化率を捉えるのは難しいのが実感です。そのため、ある時点の脳容積を、すべてのMS患者さんで評価してはどうかと考えます。MS患者さんの脳容積は、未治療の場合、再発にかかわらず基本的に、一定の速度で萎縮していきます。測定時の脳容積からMS発症時の脳容積を逆算し、発症時にすでに脳萎縮があったと推定したら、診断早期にHETを行って脳萎縮を抑制することが推奨されます※。不可逆性の脳萎縮は起こさないことが重要です。
一方、現在の脳容積測定はMRI検査の3D画像を解析するもので、手間や費用がかかるため多くの施設では実施が難しいこともあるでしょう。将来的な医療機器による定量化の保険適用を見据えて、今回敢えてガイドライン注に記載しています。
また、理想的には先述のようにある時点で測定した脳容積から発症時の脳容積を推定できればいいのですが、現実にはMS発症時の脳容積の推定が難しい場合もあります。しかしMSと診断された時にはすでに脳萎縮がみられる患者さんもいるため、診断時に脳容積を測定し、脳萎縮の有無を確認することが重要です。脳萎縮のある患者さんには診断早期に適切な治療(HET)※を行って、障害進行抑制を目指す必要があるでしょう。
多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023
第Ⅲ章 5. フォローアップのQ&A
Q5-5脳萎縮の評価はどのように行うか?
【回答】
- MRIを用いて徒手的に脳梁インデックスや第三脳室幅を計測して脳萎縮の程度を推測する。
- MRIで取得したmagnetization-prepared rapid gradient echo(MPRAGE)などのDigital Imaging and Communications in Medicine(DICOM)データを用いて専用のソフトウェアで脳容積、脳容積変化率などを測定する(保険適用外)。
- 血清あるいは脳脊髄液中のニューロフィラメント軽鎖を測定する(保険適用外)。
【背景・目的】
MSは臨床症候の再発と寛解を繰り返すのが特徴で、病初期から脳萎縮が認められ、進行期には脳萎縮の程度と歩行障害や認知機能障害進行の程度に関連がみられる。すなわち、MSの予後因子として脳萎縮は非常に重要であり、病初期から脳容積の変化に注意する必要がある。
日本神経学会 監修『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン2023』 医学書院 p.217
MS:多発性硬化症
Column
二次元(2D)撮影像パラメータによるMS患者の脳容積評価
日本では近年、MS患者の脳容積や障害の予測におけるMRI検査の有用性を探索する研究が行われています1-3)。
最近、日本のMS患者の脳萎縮の重症度を反映する二次元(2D)測定値のカットオフ値が検討されました1)のでご紹介します。
対象は、MS患者(CISを含む)91例と健康対照41例です。まず、MRIの三次元(3D)撮影像に基づいて階層的クラスター解析を実施し、脳萎縮のパターンから対象を脳容積減少(BVL)が軽度なクラスター(CL)1と、全脳およびテント上領域のBVLが急激に減少するCL2に分類しました。次に、2D撮影像上のパラメータからMS患者を同様の2クラスターに分類するために、第三脳室幅、側脳室幅、尾状核比および脳梁インデックス(CCI)を図の方法で算出し、ROC解析により2クラスター間のカットオフ値を同定しました。その結果、2クラスター間の2D測定値のカットオフ値として、第三脳室幅では5.56、側脳室幅では30、尾状核比では0.1627907、CCIでは0.3166667が同定されました(表)。
上記の第三脳室幅、側脳室幅、尾状核比およびCCIのカットオフ値を用いて、対象を軽度または重度のBVLサブグループに分けた場合に、全脳および灰白質の容積は、重度グループで軽度グループよりも有意に減少していました(各p<0.0001※)。また、重度グループでは、軽度グループよりもEDSSスコアがそれぞれ有意に高値となりました(p=0.0002※、p=0.0011※、p=0.0009※およびp=0.0009※)。
※Mann-Whitney U検定またはSteel-Dwass検定
MRI検査でMS患者の脳容積を評価する際、諸条件が整えば3D撮影像で評価するのが理想的ですが、ルーチンでの実施は難しいこともあります。そのような場合には本研究1)が示したように、より簡便に2D撮影像から脳容積減少の程度を推定する方法があります。普段のMRIの2D撮影像で評価した第三脳室幅、側脳室幅、尾状核比、CCIは、MS患者の脳萎縮の評価や、EDSS等を推定するのに有用であると考えられます。
図 脳萎縮の評価のためのMRI検査2D撮影像の測定方法
A 第三脳室幅:第三脳室の前後方向の中間地点の幅を測定した。
B 側脳室幅:解剖学的レベルで、透明中隔が薄く残存する軸位断画から、脳室の前後方向の中間地点の幅を測定した。
C 尾状核比:尾状核の頭部が最も観察しやすく、互いに接近しているFLAIR軸位断画において、尾状核間の最小距離(実線部分)を同一直線上の脳幅(破線両端間の距離)で除した。
D 脳梁インデックス(CCI):画像上の(aaʼ+bbʼ+ccʼ)/abから算出した。画像上の点a、aʼ、b、bʼ、およびc、cʼは、T1強調矢状断画像上で脳梁の最大の前後方向の軸に沿って直線を引き、その中間地点から頭尾軸を横切るもう1本の直線を引いて得た。
表 MS患者をCL1、CL2に分類するための各2D測定値のカットオフ値
Nishizawa K et al:Mult Scler Relat Disord 59:103543, 2022
1)Nishizawa K et al:Mult Scler Relat Disord 59:103543, 2022
2)Fujimori J et al:Mult Scler Relat Disord 45:102388, 2020
3)Ajitomi S et al:Mult Scler J Exp Transl Clin 8(1):20552173211070749, 2022
MS:多発性硬化症、CIS:clinically isolated syndrome、EDSS:総合障害度スケール